ガードマンの食事 〜チェーン店をこよなく愛する警備員の食事〜
MINAMI
第1話 日高屋
腹が減りすぎて死にそうだった。
吉祥寺に所在する警備会社である株式会社ABSに所属する私、丸ノ内一夫43歳は、井の頭通りの片側交互通行の交通誘導警備を行なっていた。
警備員というのは所謂ブラックな仕事である。というのも現場によっては休憩時間が一切ないところもあるので、夏場なんかは特に熱中症で倒れる隊員も少なくない。
現在丸ノ内が仕事をしている現場も正にそんな感じの現場だった。
「ったく…7時間もぶっ通しだぞ…」
腹は減るわ、暑すぎるわで丸の内はイライラを募らせていた。
本当ならば現場の責任者に「一体何時になったら終わるのか」と問いただしたいところだが、これは警備会社全体か、それともうちの警備会社だけなのか知らないが、それを聞くのはタブーという暗黙の了解があるので聞くことすらできない。つまりいつ終わるか分からないマラソンを永遠に続けているような物なのだ。
「丸ノ内さん」
後輩の隊員が丸ノ内の元へやってきた。
「やっと終わりらしいので規制撤去しましょう」
「ようやくかよ…ハァ〜長かった…」
7時間ぶっ通しの交通誘導警備がようやく終わりを迎えた。規制撤去も完了し、後は下番報告をするだけだ。
「隊長、規制撤去完了しました」
「よし、じゃあ丸ノ内が会社に下番報告をしてくれ」
「了解しました」
警備員は基本的に現場へ直行直帰なので所謂タイムカード的なものがない。その為タイムカード代わりに出勤時は会社に上番報告の電話を、帰宅時には下番報告の電話をするのが警備員のルールである。
「丸ノ内です。下番報告致します。17時終了です。お疲れ様でした失礼します」
「…よし、本日の現場は終了だ。帰っていいぞ」
隊長がそう言ったので私は挨拶を済ませ、そそくさと帰るのであった。
____________
「やっと終わった…腹が減って死にそうだ…」
近くに吉祥寺駅があるので、その周辺でかなり遅い昼飯いや、夕飯を食べることにした。
「さぁ~て何を食べようかな〜」
吉祥寺駅南口に着いた私はその周辺にある飯屋を物色した。
「マックか……この時間にマックっていうのもな…お酒も呑みたいし……かと言って居酒屋っていうのも……あっ!」
ガッツリ食べたいし、お酒も呑みたい。そんな丸ノ内にピッタリな店を見つけた。
「日高屋か……その手があった!」
日高屋。手軽に中華を食べれて当然お酒も呑める。素晴らしいチェーン店だ。早速丸ノ内は店に入り、席に座った。
「さてと……飯の前にまずは……」
今はタッチパネルが出来て注文がかなり楽になった。若干の人見知りである丸ノ内にとって、わざわざ店員を呼ぶよりタッチパネルのほうが気楽でいい。注文を済ますと割りと直ぐに店員が来た。
「お待たせしました、生ビールです」
何しろ炎天下の中7時間ぶっ通しで警備をしていたのだ。飯より何よりまずコレを入れないことには話にならない。
ゴクッ……ゴクッ……ゴクッ……
(カァ〜〜このために生きてるなぁ~~!!)
流石に声に出して言うのは迷惑だし恥ずかしいから心の声で叫んだが、ともあれ7時間の疲れが一気に吹き飛んだ気がした。
「お待たせしました、そら豆です」
そら豆を単品で置いてある店って一体どのくらいあるのだろう……少なくとも丸ノ内はここ数年日高屋でしかそら豆を食べてない。
(豆の旨味とほのかな苦み……ビールにピッタリだな……)
これも心の声だが……ともあれビールとそら豆をかっ喰らった丸ノ内はいよいよメインを頼むためにタッチパネルに触れるのであった。
(日高屋と言えばこれしかないでしょ!)
丸ノ内は日高屋に来たら絶対に頼むものがある。これまで色々なチェーン店や町中華に行ってきた丸ノ内だが、日高屋のソレは日本で一番美味いと思っている。まぁあくまでも個人の感想だが……暫くすると店員が熱々のソレを持ってきた。
「お待たせしました。チャーハンです」
そうチャーハンである。卵にネギにチャーシュー。入っている具材にこれと言って特徴はないのだが、日高屋の特製のタレを使っているのか?分からないがともかくここのチャーハンは美味いのだ。
(キタキタ〜それでは早速……)
ハフッ……ハフッ……ハフッ……
(う、美味いっ……何時来ても日高屋のチャーハンはっ……)
心の中で何度もウンウンと頷きながら、丸ノ内は一心不乱にチャーハンを掻き込んだ。43歳の初老であるにも関わらず、チャーハンを数分かからずに平らげてしまった。
(ふぅ……美味かった。けど……まだ食えるな……)
大盛りにしておけばと若干後悔しながら丸ノ内はタッチパネルのメニューを見た。
(そうだなぁ…丸々一杯は多すぎるからここは……)
丸ノ内はタッチパネルで注文し、数分後店員がやってきた。
「お待たせしました、半ラーメンです」
最近のラーメンは家系だの二郎系だの色々増えてきた反面、こういうTHE・中華そばが少なくなってきた気がする。こういう中華そばはチェーン店でしか見かけなくなった。
(結局こういうラーメンが一番美味いんだよ……)
コショウをドバドバ掛けて、丸ノ内は勢いよくラーメンを啜った。
ズル……ズルル……ズズッ……
(あぁ……日高屋ありがとう……)
心の中で日高屋に感謝を述べながら、丸ノ内はコショウたっぷりの半ラーメンを食べ終えた。
「ふぅ……食った食った、ごちそうさん」
丸ノ内はタッチパネルで会計を確認した。
生ビール340円、そら豆210円、チャーハン490円、半ラーメン220円の計1260円はどう考えても安すぎる。
(値上げしてこれだもんな……改めて日高屋に感謝だな……)
プルル……プルル……
それではお会計を……ってところに会社から電話が入った。
「はい丸ノ内ですが…」
「あ、丸ノ内さん!申し訳ないですが明日出勤して頂けますか?」
「え?だけど明日は休みじゃ……」
「申し訳ない!別の現場の田中さんが熱中症で倒れちゃって……その代わりに出ていただけないですかね……」
「………………分かりました」
「本当ですか?ありがとうございます!では明日よろしくお願い致します!」
………丸ノ内は上げた腰をまたゆっくり降ろしてタッチパネルを触った。
「お待たせしました、生ビールと焼き鳥です」
せっかくの休みがチャラになり、やけ酒をかっ喰らう丸ノ内であった。
ガードマンの食事 〜チェーン店をこよなく愛する警備員の食事〜 MINAMI @minami4545
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ガードマンの食事 〜チェーン店をこよなく愛する警備員の食事〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます