第4話 光と闇

 セントラルに着いたベルレとマリアーゼは本屋へと向かっていた。

 活気溢れる街並みではあるものの、当然のごとく働いている者、買い物している者、散策している者皆女ばかりであった。その女たちの中にはベルレのような愛玩人形を連れているものがいるが、男というのは皆首輪をつけていた。

 この国ではというより世界の流れとして男は人として認められず、女に従属し蹂躙される存在である。

 ただこの世界においてはそれが常識である。つまりこの現状に異変を感じているものはいない。

 ベルレとマリアーゼが歩いていると護送馬車が歩いていた。その中には憔悴しこの世に絶望したような顔の男たちが鎖に繋がれて運ばれていたのだった。


「ベルレ?どうしたんだ?」


 護送馬車を見て立ち止まったベルレをマリアーゼは呼び止めた。ベルレは考える。なぜ男たちはこのような扱い受けなくてはならないのか、一体この男達が何をしたというのか。ベルレは収容所出身だからこそわかる。彼らは悪事などしていない。ただ男として生まれてきただけでこのような扱い受けているのだと。


「あの男たちか?」


「はい」


「奴らは処分されるのだろう。もう使い道がなくなったから。生かす必要がない」


 男たちは傷だらけでまともな衣服も着せて貰えず、中には四肢を欠損しているものもいる。

 マリアーゼは淡々と話すが、同情するような顔ではなく無表情だった。

 ベルレに普段優しいマリアーゼであっても根本の考え方は他の女と同じであった。


「安心しろ。お前のことは私が大事にする」


 嬉しい言葉ではあったがベルレには複雑であった。この人はベルレを人として見ている訳では無い。あくまで愛玩人形として。

 そう考えるとベルレの表情は暗くなった。リードを引っ張られてベルレはマリアーゼに連れていかれた。


「お前は…」


「え?」


「お前は…なぜ生きている…?なんのために…?」


 馬車からこちらを見てくる男がひとりベルレに対して一言呟いた。


「なぜ……」


 その言葉に身体が固まった。なぜ。考えたことはない訳では無い。ただ今まで生きるということに必死だったため、その考えを置き去りにしてきた。


「おいベルレ!そんなやつの話など聞くな!!」


 グッと強く引っ張られてベルレはその場か立ち去ることになった。マリアーゼは護送馬車の運転手に早く行けと命令を下し運転手は慌てて従った。馬車は2人を追い越して目的地へと向かっていったのだった。


「いいかベルレ?お前の飼い主は私だ。そしてお前自身の世界だ」


 ベルレの方を捕まえて向き合い見つめあった。その目は鬼人のマリアーゼと呼ばれる軍人の目をしていた。人を威圧し恐怖を抱かせる目をベルレに向けていた。ベルレはその目を見て冷や汗が止まらなかった。


「は、はい…」


「私の命令に逆らうな。いいな?」


「申し訳ありません!ご主人様!」


 普段のベルレと接する時とは違うマリアーゼの表情や眼差しに自分はマリアーゼの所有物にしか過ぎないことを再確認したのだった。

 しかしすぐにいつもと変わらない優しい顔に変わりベルレの頭をそっと撫でた。


「ふふっ。いい子だ。よしよし」


 ベルレを優しく愛撫して抱きしめた。

 暖かい体温と柔らかい身体に包まれたベルレであった。しかし先程の男の言葉が頭に残ってしまったのだった。



 それから2人は目的地である本屋へとたどり着いた。モダンな感じの落ち着いた雰囲気の書店であった。ドアのベルが鳴り響いて、店員がこちらに気づいてやってきた。


「大佐!ご無沙汰しておりますぅ〜!」


 眼鏡をかけたボブヘアの女性がこちらへとやってきた。


「やぁフェートン。ご無沙汰だね。店長は元気か?」


「はぁい!祖母は今日も卸の方に行っていますよぅ〜」


 マリアーゼの方に挨拶をするとベルレの方に気づいた。彼女は気づくと物珍しそうにこちらの方を見てきた。


「もしかしてぇ〜!大佐の愛玩人形ちゃんですかぁ〜?かわいい〜!!」


 店員はベルレを見て楽しそうにはしゃいでいた。一方のベルレは反応に戸惑い困った表情をしていた。じっくりと見られてどこか恥ずかしそうにベルレは顔を逸らす。


「いいなぁ〜私も愛玩人形欲しいんですよぉ〜。でもぉ…お母さんがうちには飼う余裕がないってぇ〜」


「ふふっ。フェートン。いいもんだぞ。可愛くて癒してくれて最高だ」


 マリアーゼはベルレを抱き寄せて自慢げに語った。それを羨ましそうに店員のフェートンが見ていた。


「ところでぇ。今日はなにかお探し本がありますかぁ〜?」


「あぁ、ベルレ。何が欲しいんだ?」


 抱き寄せたベルレの顔を見て言った。かなりの至近距離であったためか、マリアーゼの不快感を抱くことない良い香りが漂ってきた。少しベルレは顔を赤らめて彼女を見つめる。


「じゃあ…英雄ロマーノの英雄譚3巻を…」


 英雄ロマーノとは昔実在していたロマーノと呼ばれる古代の英雄の話である。多少の脚色を加えられているがベルレはとてもお気に入りである。マリアーゼの屋敷に2巻まであったので彼女がいない時に読んでいた。


「ベルレちゃんは本を読むんですねぇ〜。しかも英雄ロマーノだなんてぇ…。私も好きなんですよぉ〜」


 フェートンは目的の図書がある所へ脚を進めて本を取ってきた。


「この本の英雄のロマーノって男なんですけどぉ〜話が面白いんですよねぇ〜」


「奇遇だな。私も意外と好きだぞ。ただ仕事が忙しくて2巻くらいでとまってるけどな」


 英雄ロマーノは帝国の前身とも言える古代の国の英雄である。ざっくり言うと暴君に支配されていた国の民を解放するために戦う男の話である。近年では有害図書として販売禁止されているらしいのだが、人気があったため裏ルートで販売されているのである。


「僕。ロマーノが好きなんですよ。

 自由に生きてて自由のために戦うってかっこよくて」


「……。そうか…」


 ベルレはフェートンから手渡された本を見てそういった。しかしその言葉を聞いたマリアーゼはどことなく歯切れの悪い返事をした。

 ベルレはしまったと心の中で思った。彼女は仮にも国に仕える軍人であり、飼い主である。

 自由という言葉愛玩人形のベルレにとってふさわしくない言葉であったのだった。

 フェートンもその言葉とマリアーゼの態度に気を使って、愛想笑いで対応をしていた。


「まぁ自由っていいですもんねぇ〜特に愛玩人形にとってぇ〜」


「………。いくらだ?」


「……。800ロズです〜」


 マリアーゼはポケットに入れていた使い込まれいい味をだした革財布から1000ロズ紙幣を出した。


「はーい。まいどありがとうございますぅ〜お釣りの200ロズですぅ〜」


 フェートンは100ロズ硬貨を2枚マリアーゼに手渡した。財布にそれをしまった。


「行くぞベルレ。それじゃフェートン。また」


「は、はい。ありがとうございます…」


「またのお越しをお待ちしておりますぅ〜」


 ベルレとマリアーゼは書店から去っていった。

 フェートンは笑顔で手を振って2人を見送った。2人を見送った後に笑顔のフェートンは営業スマイルを解除し、真顔になっていた。


「ふぁ〜。怖かった。大佐ちょっとマジな顔してたから。あの子のこと本当に好きなんだね」


 先程までくどく甘ったるい声とは違いしっかりとした口調に変わっていた。

 店の窓から見える2人の後ろ姿をフェートンはじっと見つめていた。そしてふふっと笑みがこぼれていた。


「あの子は大佐のアキレス腱なのかぁ…」


 大佐の態度でフェートンはなんとなくわかった。あのベルレに彼女は相当入れ込んでいる。態度ですぐにわかる。それに、女の勘と言うべきかマリアーゼはベルレに強い独占欲を持っている。それが彼女にとって大きな弱点にならなければいいのだが。


「まぁでも。ベルレちゃんのこと私も気に入っちゃったし。今度お屋敷に遊び行こーっと」


 フェートンは遠ざかっていく2人の背中を振り返って仕事へと戻っていった。



 本を買った後ベルレは先程のマリアーゼが気になって仕方がなかった。当の本人は何事もなく振舞っていたが、どうも引っかかるのだ。


「マリアーゼ様?」


「どうした?」


 彼女はどうかしたのかと不思議そうな顔をしていた。先程の厳しい表情とは違いどこか穏やかな感じがした。


「いえ…先程ロマーノの件で…」


「あぁ、自由に憧れてるってことか…」


 この世界において男が自由という感情を抱くことはおこがましいのである。女の下にひれ伏し従属して生きていく、それが定めである。

 街では女だけではなく男もいる。しかしそれはどれもこれも首輪をつけられて飼い犬のようにして付き従っているに過ぎない。

 この世界において男はとしての括りに入れられていない。この街がそれを明確に現していた。奴隷のように扱われる男。愛玩人形として扱われる男。女の欲の捌け口に使われる男。ゴミとして扱われる男。

 男にとって自由とはあまりに程遠いものであった。


「自由という言葉。私も嫌いじゃない」


 マリアーゼは言った。ベルレを見つめる瞳にには嘘偽りがない真っ直ぐな瞳をしていた。


「私は自由に憧れてるんだ。軍人なる前から」


「そ、そうなんですか?」


「あぁ、自由に世界を見て、色んなものを知って…そんな生活がしたかったのさ…」


 マリアーゼはベルレの頭を撫でてそう言った。真っ直ぐに見つめる目にはどこか切なさが感じられる。


「軍人になったのは、世界を見ることができるかもしれないと思っていたからだ」


 彼女の言った言葉とその表情からベルレは察したのだった。それ以上の言葉は要らなかった。ベルレはマリアーゼから買ってもらったロマーノの冒険を両手で強く握りしめて帰路へ進んだ。





 マグリサス城城内。女王の玉座のある大聖堂には左右にずらりと宦官達が並んでいた。

 そして中央の玉座にはふてぶてしく座った20代後半位の容姿の美しい赤髪をさげた女帝がいた。彼女の名前はリオムルド・ヴィルヘルム・ディアナト3世。現在ディアナト帝国をまとめる皇帝の地位につく女であった。


「どうだ北部紛争の戦局は?」


 女帝はすぐ横にいた参謀らしき女性に話を振った。


「はい陛下。現在こちらがやや不利です。死者は今のところ累計で1万7000人というところでしょうか」


「ふーん…。そうか…」


 部下たちは冷や汗をかきながら皆女帝の目を見ないように俯いたり顔を逸らすものばかりであった。


「相手はテロ組織だろ?数はそこまでいないはずだ…。どいうことだ?」


「陛下よろしいですか?」


 ひとりの軍服と軍帽を着用した女が列から抜け出し皇帝の玉座前に現れて片膝をついていた。


「なんだ?ヴェルフェノート総督?」


「今回の北部紛争についてですが、敵には明らかに巨大な後ろ盾あるようです」


「そんなことわかっている。我が軍が正規の軍隊でもないものに、これほどまでにやられるのはおかしいからな」


 ディアナト帝国は五大国のひとつの大陸屈指の国である。当然戦力というのはかなりの規模を誇り練度も高いのである。一介のテロ組織程度が相手にできるものでは無い。


「相手方のテロ組織である解放派リベレイションズのリーダーはベイランという女。そしてやつはのシスターであるということです」


 デュオニール教という言葉聞いた瞬間にリオムルドは眉をピクリと動かし、他のものはざわつき始めていた。

 デュオニール教とはディアナト帝国から異教として認定されている宗教であり、禁教令が出されている宗教だった。


「あぁ、貴様ら…少し黙れ」


 リオムルドは低くドスの効いた声でその場を一気に沈黙へと変えた。


「それで総督何が言いたい?」


「おそらくはデュオニール教のシスターがいるということは、裏でゼナート第3共和国が手を引いているかと…」


 ゼナート第3共和国。それはディアナト帝国同様に五大国に君臨する国家であり数十年前に封建制が打ち倒されて共和制へと以降した国家である。ちなみに第3というのは3度目の共和制という意味である。簡単に言うと2度共和制を失敗しているということである。現在はこれまでの反省を活かした盤石なシステム敷いているとのことでかなりの成長力を持った国家である。


「ゼナートですって!?ふざけるのもの大概にしなさいヴェルフェノート!!!そんなことあるはずない!」


「そうよ!ゼナートは同盟国よありえないわ!」


「全く適当なことを言って困るよ!」


 宦官たちはヴェルフェノート総督の言葉に罵詈雑言を浴びせてきた。ただ彼女は他からの声に一切答えることなく女帝リオムルドの顔を見ていた。


「そうか…ゼナートが引いている可能性があるか…」


「ゼナートはおそらく大陸でも唯一国教を持たない国です。つまりはデュオニール教徒が活動しやすい唯一の場所になります」


 ゼナート第3共和国は国教を定めていない宗教の自由を掲げている国である。世界的にはアルテナ教が圧倒的な信者数を誇るが、デュオニール教はここ最近で信者数を増やしてきている宗教である。


「まぁ…とりあえず確たる証拠が欲しい。メルスキュラを動かして探れ」


「御意」


 ヴェルフェノートは立ち上がるリオムルドに一礼した。そして先程まで彼女に罵詈雑言を浴びせていた宦官達に対してひと睨みをして玉座の間から立ち去っていった。



「デュオニール教か…。あんなふざけた教えの宗教なぞ私は認めないぞ」







…」


 リオムルドは混乱している宦官達を尻目にそう呟いていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

偏革のベルレ〜女尊男卑の世界に生まれし少年〜 石田未来 @IshidaMirai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ