第6話 地球は侵略されている!
恭莉はジャに言われるまま、倒した冒険者たちを運んだ。運び込んだ先の小さな部屋ををジャは『隔離室』と呼んだ。冷たい青みがかった金属の部屋の床に意識を失った冒険者を横たえると、床から拘束具が展開され、冒険者たちの自由を奪う。
(彼らから衣服や装備を貰い受ける)
ジャが言うと同時に、天井から先端に三本のマニュピレーターがついた金属製アームが何本も降りてきて、冒険者たちの衣服や所持品を剥ぎ取っていった。
(褒められた行為ではないが、ハントレスは常に物資不足だ。燃えたテントも作り変えなければならないし、船の修理材料も確保したい。彼らから没収したものは、最大限役立たせてもらう。きみたち地球人の倫理感にも配慮はしているつもりだ)
「体もばらして食っちまえばいいのに」
(恭莉)
「冗談だって」
冒険者の『解体作業』は1分もかからず終わった。下着姿になった冒険者たちは気が付くと、作業を眺めていた恭莉が近づいてくると、口々に罵倒を始めた。恭莉はため息をつきながら言った。
「あのさ。お金が欲しいのはめっっっちゃ分かるけどさ。他の方法で稼ごうとか考えなかったわけ?!」
戦闘から時間が経ち、多少、恭莉も落ち着きを取り戻していた。だからこそ、言いたいことが口からあふれ出た。彼らに考え方を変えて欲しいと思った。
「そんなに何者かになりたかったのか?! それであんなことしてるなら、その、なんか……めっちゃ悲しいことじゃないか?!」
(恭莉。戦いの中でも伝えたが、彼らはハントレス内の事情を知らない。我々のことは敵としてしか認識していない。敵対者を説得で転向させるのは容易ではない。それに……)
「なんだよ」
(今のきみは、立場と生存年数を引き合いに余計な指導を行う――)
「おっさんくさいって言いたいのか」
(そうだ)
恭莉はただ困惑して顔を見合わせる冒険者たちを見下ろして、頭を振った。なんとか自分のエゴを振り払って、目の前の冒険者たちの立場に立とうとした。そして、それは簡単にできた。
数日前の自分なら、多分彼らと同じことをした。家賃を余裕をもって払い、食事を少し豪華にできるなら、多分彼らと同じことをした。自分に彼らを責め立てる資格はないと、嫌な思いをしながら認めた恭莉はそれ以上、冒険者たちに何かを言うことはなかった。
「ジャ。こいつらはこのあとどうすんだ?」
(消毒作業の後、船外へ排出する)
天井から伸びていたノズルから、白濁したゼリー状の液体が大量に噴出し、冒険者たちの体を覆った。苦し気な呻き声を冒険者たちが上げたあと、彼らのいる床の真下に大きな穴が開き、叫び声と共に冒険者たちは落下し、消えた。
(数秒後には彼らは外界にいるはずだ。排出口付近にきみたちの国の自衛組織もいる。あとは彼らが回収するだろう)
「いつもこうしてんのか」
(ああ。冒険者たちが船内の病気に耐性があっても、彼らの近親者が罹患する可能性がある。だから撃退した冒険者にはこの処置は必須だ。過去に処置できず逃げられてしまった冒険者たちの近親者たちが無事だといいが)
「なるほどな。ようやく分かった」
(何がだ?)
「ダンジョン内でやられた冒険者たちがどうなるか、外の世界では異様にぼかされてんだよ」
恭莉は鼻で笑った。
「すっぽんぽんでグチャグチャにされての帰還、だとかっこ悪すぎて誰もやりたがらなくなるから隠してたんだな。笑えるよ」
(多少、手荒な手段で迷惑をかけていることは認める。申し訳ない)
「いや、足りないくらいだよ。で、これで仕事は全部終了か」
(ああ。でも個人的に行っておきたい所がある。転移を開始して構わないだろうか)
◆
恭莉たちは再び二層に転移し戻っていた。テント村から離れた構造物群はかつて船内での娯楽施設らしい。各種族に合わせて様々な施設があるので、見た目はバラバラだ。その内のひとつ、鉄塔のように高い飾りがついた建物があり、その飾りの上に恭莉とジャは転移した。
周囲の建造物より高いその場所は、二層の様子を見渡すことができた。
(手数をかけてすまない。被害状況を私自身の目で確認しておきたかったのだ)
恭莉はレプトスーツの優れた視力で自分が戦った場所をよく見る。テント村は一層側の方から半径50メートル程の範囲で焦土と化していた。思わず恭莉の口から言葉が漏れる。
「……酷いな」
(まだ良い方だ。一層が突破されたときはこの比ではなかった)
恭莉はジャに言いそうになった言葉を飲み込んだ。「仲間が死んだのを見て良い方だ、なんて言うな」そう言いそうになった。だが、すぐさまジャの冷たい悲しみが伝わってきた。言葉では、理性では処理できていても、隠しきれない感情がそこにはあった。恭莉が言葉を躊躇っていると、逆にジャが話した。
(恭莉。改めて質問をしてもよいだろうか)
「なんだよ」
(なぜリャを助け、そして今、我々のために戦ってくれたんだ?)
すっと、恭莉の体から出てくるようにジャの姿が現れ、彼の傍らに立った。
(私はきみを巻き込んでしまった責任感と罪悪感からきみを助けた。職務上の癖という側面もある。だが恭莉。きみがこうまでして我々を助ける理由が、私には未だに分からない)
恭莉は仮面の中で少し目を閉じ、記憶を遡りながら答えた。
「俺さ……親がいないんだ。ガキの頃から」
(孤児か)
「そういうのとはちょっと違うと思う。親が蒸発……つって分かるかな」
(きみを置き去りにして姿をくらました、であっているか)
「そう。でさ、しばらく頼れる人がいなくて、家の中にも食えそうなものがなくて、公園に並んだんだよ。いわゆる炊き出しってやつに。丁度今みたいな時期にな」
(きみの話を聞いていると、我々の船内での生活を想起させる。我々が降り立ったこの地域はそれほどまでに生活環境が厳しいエリアだったのか)
「そうじゃない。けど、まぁ日本のどこでもあり得る話なんだ。で、並んだんだけど飯はもらえなかった」
(……酷いな)
「普通だよ。周りは大人ばっかで、そこに子供がいたらイタズラかなんかしに来たと思われる。でもその時……」
恭莉は一瞬言葉を詰まらせた。この時のことを思い出すと涙が出そうになるからだ。吐き出しそうになる感情を必死に飲み込んで、なんでもないように続けた。
「その時、俺の後ろに並んでたおっさんが、俺に自分の分の飯をくれたんだ『自分はズルして二回並んだから、全部お前にやる』って」
(その者は英雄だな)
恭莉は頷く。その時にもらったおにぎりと、具の少ない豚汁以上に美味いものを、恭莉は未だに知らなかった。
「俺もこうありたいと思った。困った誰かに手を差し伸べられるやつになりたいと思った。だから、妹さんを助けちまったし、あんたらのために戦うって言っちまったんだ」
恭莉は自嘲した。
「多分、あの日の俺と妹さんや焼かれた誰かの姿が重なって、過去の自分を助けるつもりで手を出したんだ。とんだ偽善者だよ。俺は」
ジャは否定も肯定もしなかった。だが、目の前の青年の危うさを警告しようとした。
(我々が同情を引くために嘘をついていた、とは考えなかったのか。本当は野心ある侵略者だと)
「でも、困ってたことは事実だろ?」
恭莉がジャの方へ顔を向けると、スーツの頭部のみ装備が解除され、恭莉の素顔が露わになった。言葉をしっかりと伝えたいという意志に、スーツが反応したからだ。
「困ってたなら、助けるよ。俺に話したことが、嘘だったとしても」
ジャは恭莉の言葉を聞くと少し目を伏せ考え、そして心を決めた。
(恭莉。私はきみの気高い志に敬意を表する)
「やめてくれよ。照れくさい」
(煌めく恒星のような精神を持つきみと、私は対等な立場で歩みたいと思う。だからこそ、隠し事はせず今から辛いことを伝える。ショックを受けるかもしれないが知っておいて欲しい)
恭莉はジャの真剣なまなざしに思わず姿勢を正した。
(そもそも冒険者とはなんだ。なぜ現れた)
「それはあんたたちを倒す存在として覚醒した――」
恭莉は自分の発した言葉に違和感を覚えた。
(そう、我々を倒す存在として現れた。だが、我々はあくまで難民の寄せ集めだ。ハントレスも難民収容と星間航行の機能以外は有しない非武装船だ)
「……つまり、冒険者たちはあんたたちの来訪がきっかけで能力に覚醒したわけじゃない」
(いかにも。では彼らはなぜ超常の力に目覚めた? しかもダンジョン、このハントレスの中だけで使える力を。地球には該当するテクノロジーは存在するか?)
「いや、ない。あったら日本だけじゃない。世界中が軍事利用してる」
ふと、恭莉は変身を解除していない、地球外のテクノロジーに覆われた自分の体を見下ろす。そして悟った。
「冒険者は、誰かから――地球外の存在から力を与えられた?」
(恐らくそうだ。彼らは自分たちが知らぬ間に、地球外の力を与えられ、何某かの目的のためハントレス攻略の尖兵とされている)
恭莉は体が揺らぐような不安と恐怖を覚えた。
(地球は侵略されている。ただし、我々以外の地球外生命体に)
俺が現代ダンジョンで魔王になるんですか?!~ダンジョン『星間棄民船ハントレス』防衛戦線~ 習合異式 @hive_mind_kp
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