Last... 【二羽の兎】




 人と物が集まる交易都市、フォーマンド交易街。

 昼時は多くの人々が往来する大きな都市だが、日が落ちて、人々が寝静まる頃になると、如何なる場においても別の側面を覗かせる。


 ────バシュッッ!!


 〔射撃魔術〕が炸裂する破裂音と共に、バタバタと『警察ギルド』の面々が慌ただしく走る音が響いていた。


「──あっちだっ!! 向こうの路地に逃げたぞっ!!」

「よし! このまま追い込め!」


 先頭を走る警察は、フードを深く被った『逃走者』の逃亡先を見逃さなかった。

 彼の先導に続いて、後続する警察たちも路地へと駆け込んでいく。

 ただ、一番後ろを着いてきた小太りの男は、一人だけ素っ頓狂なことを呟き始めた。


「……あ、あれ? こっちの路地じゃなかったっけ?」

「何をボサッとしてんだ! こっちだっ! 相手は『魔物』だぞ! 油断するなっ!」

「お、おっす……!」


 仲間に促される形で、警察たちは全員同じ路地へと入っていった。

 一方、路地の行き止まりには、壁に手を付いて苦しそうに肩で呼吸をする一人の少年が……いいや、頭に『縦長の獣耳』が生えた『魔物』が立っていた。


「はぁッ、はぁッ……」


 もう、体力の限界のようだ。

 これ以上は、走れそうもない。

 なのに、よりにもよって行き止まりに差し掛かってしまうとは……どうやら、運すらも彼を見捨ててしまったようだ。

 そこへ。

 彼の鼻先を〔炎の弾丸〕が掠め、石造りの壁を陥没させた。


「いたぞッ!! あそこだッ!!」

「ひ、ィ……ッ!」


 警察ギルドの動きは迅速だった。

 獲物を狙う狩人のように、魔物の逃げ場を肉の壁で穴無く塞ぎ、各々の手中から〔炎〕を放出しはじめる。

 多勢に無勢。

 完全に追い込まれた魔物は、涙を溢しながら、掠れた声で自身の悲運を嘆く。


「なんでだよ……なんで、俺らがこんな目に遭わなきゃならないんだよぉ……!」

「魔物の分際で一丁前に命乞いなんてしてんじゃねぇぞッ!! 精々自分が魔物に産まれちまった運命を恨むんだなッ!!」


 そう怒鳴り付けた警察の一人が前に進み出て、手中の〔魔術〕の威力を上げていく。

 明らかに危害を加える様子を見た仲間から、慌てた様子で制止の声が飛ぶ。


「お、おい、ちょっと待て! 上からは生け捕りにするように言われているだろ!?」

「うるせぇッ! 俺はなぁ、こいつらみたいな化物が俺たちと同じ姿形をしてんのが気に入らねぇんだッ! 気持ち悪ぃんだよッ!!」


 そして。

 手中で生成された『致死量』に相当する〔炎の弾丸〕が……。


 ────彼の感情に任せて発射…………されることはなかった。


 〔炎の弾丸〕はなんの脈絡も無く、彼の手中から弾け飛ぶように消失してしまったからだ。


「な、なんだ……!?」


 警察たちが動揺し始める最中、続けて地響き。

 彼らが事態を把握するより前に、建物の上から落下してきた大量の木箱や資材が、彼らの頭上に降り注いだ。




「あーらら、お兄さんたち────【運が悪い】ね」




 ダルそうに呟くのは、魔物の少年とは別の少女の声。

 辛うじて難を逃れた警察がその存在を認知するが……。


「屋根の上にもう一匹いるぞ……!? どわァッ!?」


 次は、反対側の建物が唐突に崩落。

 それは無数の瓦礫となって、残りの警察たちを一人残らず生き埋めにしてしまった。

 唐突の『事故』に見舞われてしまい、動ける者は一人もいない。

 不幸の元に沈んだ彼らの元に、先程まで震えて怯えていた魔物の少年が近付いてくと、吐き捨てるように……。


 ────まるで「思惑通り」と言わんばかりに、ニンマリとほくそ笑みながら呟いた。




「後先考えずに突っ走るのは危険だよ────たまには、【過去を振り返らなきゃ】さ?」




 奇妙、そして不可解。

 理解不能な現象に襲われた警察ギルドの面々は、状況を把握することも出来ないまま、意識を落とすのだった。









 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー









 真夜中の静寂に包まれた大通りの真ん中を、二体の【人影】が、頭頂部の『兎耳』をピョコピョコと揺らしながら並んで歩いていた。

 まるでこの街を支配していると言わんばかりに、我が物顔で人間の暮らす土地を闊歩しているかのようだ。


「また【同胞】がヤられちゃったってよ」

「ふーん、どうでもいいけど……『魔王』だっけ? 【同胞】を潰して回っているみたいだね。こりゃあ、そろそろ【私たち】も危ないかもね」


 何処か他人事の水色の少女が怠そうに呟くと、薄紅色の少年がケラケラと笑いながらそれを戒めた。


「いやいや、思ってもいないことを口にするもんじゃないよ。縁起が悪いよ、【ラビラ】?」

「油断すれば足元を掬われる……ただそれだけでしょ、【グラナム】? 【私たち】も、『魔王』とやらも、ね」


 【それ】は、『魔王』の名を冠する『異様な者』の存在を認知し始めた。

 最早、話し合いや和解の余地はとうの昔に破綻している。

 明確なまでの敵対心。

 存在を揺るがすほどの危険性。

 あとは、互いの存亡を懸けた死闘に身を委ねるしか……双方に残されている手段はなかった。

 『魔王さま』か、【魔王の遺物】か。

 生きるか、死ぬか。


 遂に事態は、とても簡潔で明晰な────『生存戦争』に突入していた。


「なら、『そいつ』の過去も、未来も、そして現在も……全てを奪い去ってやろうよ────俺たち、【二兎】の手でさ」

「……メンドクサー」

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魔王様のあとしまつ 椋之樹 @Mukkumuku

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