After...3 未知なる人生へ





 このまま現場に居座っては、あらぬ疑いを向けられる……そう判断した私たちは、警察ギルドがやって来る前に露店の展開する街道から退散した。

 エスの【テレポート】で異次元を介して跳んできたのは、『竜呑渓谷』。

 世界を覆い尽くすほどの大きさの龍が沈んだと逸話がある、世界でも有数の巨大な渓谷を挟んで反対側の地点だ。

 ここまで来れば警察ギルドはおろか、よほどの超人でなければ追ってくることは出来ないだろう。


「ちゃんと治療しなくて大丈夫なのか、その腕は?」

「あん? ヨユーなんだが?」


 隣に立つ魔王さまことミクが、包帯でぐるぐる巻きになった右腕を大袈裟に振り回して快調ぶりをアピールする。

 一応、複雑骨折している筈なのだが……。

 彼女曰く、例の【境界線】で腕を固定することで、なんら痛みも無く正常通りに動かすことが出来るのだとか。

 だが誤解のないように敢えて言おう、これは軽傷ではなく重傷だ。

 普通ならば、その激痛に耐えられずにベッドで寝たきりになっていてもオカしくないのだが、彼女はロクな治療も受けずにむしろピンピンしている。

 それもこれも、彼女がこれまでに数多くの修羅場を潜り抜けてきた経験の賜物なのだろう。

 本当に、凄まじいまでの精神力だ。


「しかし……本当にニロを置いていっても良かったのか?」

「お前らが拾ってくれんだろ? 憧れの公認勇者の仲間になれるんだから、あいつにとっても本望だろうぜ」

「彼女のずば抜けた行動力と勇気が加わってくれるのは、私たちからすれば願ったり叶ったりだが……」

「今回の件で、あいつも嫌という程に分かった筈だ。俺と一緒に居れば、無駄に傷付くことになるし、無駄に苦しむことになるし、無駄に孤立することになる。こんなことで苦悩すんのは、あいつらしくねぇ」

「……だが、彼女本人の気持ちはどうなる?」

「俺に同情するつもりで同行してんのだとしたら、それほど目障りなこたぁねぇよ」

「……」

「それと、『彼女』じゃなくて『彼』な? 見た目はあれだが、間違えてやんなよ?」

「ん? あぁ……ん……んん?」


 彼女……いや、彼はとても愛嬌もあって可愛らしい外見だった為、自然に『少女』だと思っていたのだが…………そうか、世界は広いものだ、うむ。

 予想だにしていなかった事実の前に色々な意味で悶々としていると、いよいよミクは踵を返して立ち去ろうとする。


「そんじゃあ、そろそろ俺は行くぜ?」

「……最後に、一つだけ聞いてもいいか?」

「あん?」

「『最後の瞬間』……何故、わざわざ団長に後押しさせるような回りくどいことをしたんだ? 私の思うに……君がその気になれば、一人でもどうにか出来たようにも感じるんだが」


 ミク……彼女は、強い。

 今まで出会った誰よりも……いいや、下手をすればこの世界において最強級……と言えるかも知れない。

 その実力は、あくまで私の見る限り……もはや500年の『魔王』に扮した【遺物】でさえも見下す領域だった、ような感じがする。

 そう。

 彼女一人で、充分だったのだ。



 ────……ュ……シ…………ち……う……。



 わざわざ私たち『公認勇者』や、ニロ、オールダム団長の手を借りなくとも、事態を解決に導くだけの力を、ミクは持っている。

 少々複雑だが、ならば何故そんな手間のかかる手段を用いたのだろうか?

 こちらの問い掛けに、ミクは立ち止まったまま肩越しに静かに語り始めた。


「セントラル・ナバラントという権力者に抑えられて、感情を押し殺して縮こまり……犯罪者の甘い言葉にまんまと騙され……魔物という社会的弱者を非難の的にし……いざという時は、『公認勇者』という存在に全てを丸投げする……」

「それは……『人』のこと、か……?」

「情けねぇ話だ。どいつもこいつも、大多数の人間はすっかり腑抜けてやがる。まぁ、力を持たねぇ弱者の当然の帰化とも言えるかもしれねぇが……」


 ミクの視線が、晴れ渡る青空へと向けられる。

 まるで、今や遠い過去の記憶を思い出すかのように。


「この世界と人間がそうなったのは────俺のせいだ」

「……! どういうことだ?」

「500年前……俺は、世界を支配し、人々を虐げる【魔王】を倒しちまった。誰かに頼らず、誰かと手を取ろうともせず……上手いこと、俺の手だけで全部終わらせちまったんだよ」


 つまり……こういうことか?

 人は歴史から学び、未来の教訓とするものだ。

 通常ならば、500年前に起こった魔王の支配を、人々が自らの力で乗り越え、その経験を元にして二度と同じことが起こらないように工夫を凝らすものだろう。

 しかしこの世界、サクディミオンの人類は、その過程を丸々すっ飛ばしてしまったのだ。

 たった一人の、『伝説の勇者』によって。



 ────……ュウ……ン……き……て……。



 悪く言えば……この伝説的な出来事のせいで、人々は抵抗も、経験も、対策も、本来ならば学ぶべき機会を完全に奪われた、ということだ。


「周りの奴だとか、後のことなんて、なーんも考えていなかった。その結果がこれだ。この世界には【魔王の遺物】が蔓延り、それを『ナバラント』が悪用し、下々が生かさず殺されずに抑え込まれて……考えようによっちゃぁ、500年前より悪化してっかもな」

「……」


 魔王の明確な支配下で、人々が抑圧されていた時代……それを実際に目の当たりにしてきた彼女が、『むしろ現代の方が悪化している』と語っている。

 公認勇者としては、これ以上ない侮辱の言葉だ。

 だが、皮肉にも思い当たる節は……ある。



 ────……ち……が……。



 故に、私の口から反論の言葉を吐くことは出来なかった。


「だから俺は────500年前の『あとしまつ』をつけることにした。この世界から【遺物】を一つ残らず破壊して、人が意味もなく押さえ付けられる理由を取っ払う、ってな」

「まさか……彼らに、『戦う』意志を植え付けようした……あれは、そういうことなのか?」

「奪われないようにする為には、戦い抗うしかねぇ。そうしなけりゃ、人生なんてただ搾取されるだけの餌にしかなりゃしねぇ」

「……そうした事態をもたらさない為の、『勇者』じゃないのか? 君のやっていることは、少なくとも500年前の君を否定する行為じゃないのか?」


 現代は、『戦い』とは程遠い時代だ。

 それはきっと、悪いことではないが……悲観的に捉えれば、平和ボケしているとも取れる。

 ミクは、それに対して問題提起している。

 実際に彼女が尽力しなければ、ナップス村も、オールダム大商団も……今頃、果たしてどうなっていたか分からない。

 だが、それでも尚『戦い』とは、即ち『傷付け合い』だ。

 それを促すというのは、世界に再び混沌をもたらすことに他ならない。

 彼女は自ら否定しつつも、最終的には『伝説の勇者』として、世界の混沌を打ち倒していた筈だ。


「まだ、『そんな下らない称号』にすがろうとしてんのか?」

「なんだって……?」

「そもそも。『勇者』ってのは下々の代弁者なんかじゃねぇ────弱者の都合の良いように動く傀儡であり、平和の為の生け贄だろうが」

「──!」


 これが……。

 これが、500年前と現代……二つの時代で『勇者』を見てきた彼女の総評、か……。

 それは、存在の否定。

 『勇者』などという名に、意味はない……『勇者』の持つ役割に、意味はない……むしろ、その存在こそが人に虐げられる哀れな傀儡に過ぎない、と。



 ────……リュ……シン…………れ……ちが……。



 『公認勇者』という称号を引っ提げて生きる私たちの存在意義を、真っ向から貶めるような……そんな容赦のない正論を投げ掛けられた気分だ。

 それが、『伝説の勇者』であり、『かつての魔王』をその手で打ち倒した、ミクという存在が語るからこそ絶大な説得力を秘めていた。


「俺は、俺の考える道を行く。同情も理解もしてくれなくていい。ただ、お前らがこのまま何も考えずに平和の奴隷として生きていくつもりなら────せめて、俺の邪魔はしてくれんじゃねぇ」


 そう吐き捨てて歩き出すミクの後ろ姿を見ながら、私は……何も言い返せずに、立ち尽くしていた。

 現代の世界には、『戦い』こそが必要である……。

 『勇者』とは、人々の傀儡であり、平和の贄である……。

 全てが、正しいことのように感じる。

 他でもない彼女が語るからこそ、反論の余地なんて無いように思わせる。

 そこに自分みたいな、記憶も失い、素性も知れない、ただの称号に縋るだけの小物が、議論を挟む資格は無い、と……そう思ってしまう。

 理屈では……。

 力では……。

 意義では……。

 覚悟では……。

 ミクという名の『魔王さま』に、勝るものは、私は何一つとして持ち合わせていなかった。

 そう……。

 だからこそ……。



 ────リューシン、負けちゃダメ……!!



 その時、頭の中で【何か】が響いたような気がして……それに背中を押されるように、一歩を踏み出していた。

 そうだ。

 強さの優劣で、全てが決まる訳ではない。

 例え勝ち目が無かったとしても、例え自分の存在意義が無かったとしても……私には、譲れないものがある。


「────待て、ミク」


 【能術】、と呼ばれる力。

 これまで他者に向けて使う時は、卵を扱うように相当の加減をしていた。

 いいや、きっと恐ろしかったのだろう。

 自分からしても得体の知れない【力】を、無闇に放てばどうなるのか想像がつかなかったから。

 だけど、今は違う。


「あん?」


 枷を、外す。

 自身に持てる限りの力で、全身全霊の力を振り絞り……。


 ────放つ。


 放出された【歪み】は猛獣のように大きくうねりを上げて、周囲の岩壁を消し飛ばしながら、ミクへ向かって迫っていく。

 自分でも驚愕するほどの勢力。

 普通の人間が巻き込まれようものならば、全身が木っ端微塵になってもおかしくないだろう。

 だが。


「──へぇ」


 僅かに感心したような声を漏らしたミクの目の前で、【境界線】に完璧に阻まれ、【歪み】は破裂するように四散。

 全力を、出し切った。

 ただ、こちらは既に疲労困憊状態であるに対して、彼女は息一つ乱してはいない。

 力の差は、歴然。

 敵う筈がないことは、分かっている。


「自分の生き方が、定まった訳ではない。君のように強い意志が、覚悟がある訳でもない。だが、それでも……私は、君の『戦い』を芽生えさせる、というやり方には賛同出来ない。だから……」


 分かっている。

 感情や説得では、彼女は動かない。

 分かっている。

 先の戦いで彼女におんぶでだっこだった私たちに、彼女のやり方に対してどうこう言う資格も強さもないことも。

 故に、私に残された手段は3つだけだ。

 彼女の持論に同調するか、尻尾を巻いて逃げ出すか……それか、もう一つ。


「次に会った時は────決して私たちを愚弄させはしないぞ、『魔王さま』」


 ────宣戦布告。

 一人の人間として、圧倒的覇者たる魔王を相手に、限りなく勝ち目の無い戦いに挑む。

 そうすることでしか、『戦い』の渦中に居る彼女と分かり合うことは出来ない。

 そうやって彼女という『因縁』を乗り越えることでしか、私たちは本当の意味で、現状を打破することは出来ない。

 そして、いつの日か必ず……。


「口だけなら何とでも言える────精々足掻き苦しんでみな、『勇者さん』よぉ?」


 必ずや、私の手でミクを止めてみせる。

 ニタァと邪悪な笑みを残し、歩き去っていくミクの……いいや、魔王さまの小さな後ろ姿を見送りながら、私は決意を新たにする。

 ……。

 それにしても。

 先程、頭に直接語り掛けるように聞こえた『あの声』……エスの声とは違うような気がしたが、一体何だったのだろうか……?

 まるで、私のことを知っているようだったが……。

 








 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー









 自分でも、不思議な感覚だ。

 かつてはあれだけ嫌って、あれだけ憎んでいた『魔王』を前にして……恐怖も、憤怒も、緊張も……思ったよりも、感情が振り切れることはなかった。

 あの時は、本当に余裕が無かったから?

 目の前で『お前』が殺されて、何か感じることがあったから?

 それとも、これだけの戦いを経て、これだけの【力】を得たことによって……『人としての心』が死んでしまったのだろうか?

 此度の戦いの中で、そう強く感じるようになっていた。

 ……。

 …………。

 ………………いや。

 だとしたら、むしろ好都合だろう。

 俺は、この世界に『戦い』の意志を植え付け、既存の世界をぶち壊したい。

 その為には、明確な『敵』が必要だ。

 例えあの勇者でも、ナバラントでも、世界中の人々が束になっても敵わないような『敵』が。

 そうした点を考えた時に────『魔王』という立場は、とても都合が良かった。

 かつての人類の敵であり、『勇者』の宿敵……それは、世界に混沌と危機をもたらす存在である、と人々は知っている。

 ナバラントの支配や、歴史隠蔽によって、500年前の認知度がここまで低下しているとは思わなかったが……それも、時間の問題だろう。

 人々は、『勇者』とは相対的に『魔王さま』を強く認知するようになる。

 支配と平和の中で、別種の危機感を明確に覚えるようになる。

 そうして、現状を打ち破ろうとする動きへと繋がっていく筈だ。

 つまり────。

 その戦いに、理解者は必要ない。

 それは、嫌われる為の戦いであり、敵を作り出す為の戦いであり……孤立と、暴力と、苦痛だけで構成された旅路だ。

 そんなものを経験するのは、500年前の亡霊である俺だけでいい。

 俺だけで……。


「…………ッッッだァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!?」


 けたたましい悲鳴と共に、空から飛来した『モノ』が俺の目の前に落下。

 衝突と共に勢いよく土煙が立ち上がり、壮大な渓谷の光景を曇らせる。やがて土煙が晴れていくと、そこには地面に上半身がめり込んだ小柄な人物の姿が……。

 こんなギャグ漫画みたいな状況に陥ってもピンピンしていられる者は……生憎、俺は一人しか知らない。


「……ィッ、たいィィ……ッ」

「いや、何をしてんだお前は……?」


 ニロ。

 俺が密かに置き去りにしてきた同行者が、自力で地面から脱出すると、頬をプーッと膨らませながら俺に掴み掛かってきた。


「酷いよオヤビンっ! ボクを置いて行っちゃうなんてさっ!」

「……はぁ……『公認勇者』の連中と会わなかったのか? あいつらもお前のことは一目置いていた。俺を追い掛けてくる暇があったら、あいつらと一緒に行った方が良かったんじゃねぇか?」


 なんせ、その為にニロを置いていったのだから。

 『勇者』への憧れが強い彼からしても、願ったり叶ったりだった筈だ。

 しかし。

 彼はとても不思議そうな表情で首を傾げ、サラッと疑問を投げ返してきた。


「──なんで?」

「なんでって、あのな……折角お前の大好きな『公認勇者』に会えたんだぞ? 一時とはいえ仲良しこよしした今しか、あいつらの仲間になれる機会はねぇんだぞ?」

「いいよ、別に。だってボクはとっくに、オヤビンに付いていくって決めているから」

「……これから先、『公認勇者』と味方になれることはねぇ……明確に敵としてやり合うことになるんだぞ?」

「うぇぇ!? ほんとに!? これは、一層険しい旅になる気がしますなぁ……」

「ニロ、お前な……」

「そんなことはともかく、せめて旅立ちを見送りたいって人が一緒に来ているよ」

「あ?」


 そんなことって……。

 ニロが嬉しそうな顔をしながら指差したのは、深い渓谷の反対側。

 そういえば、こいつが飛んできたのは向こう側だった気がするが、一体どうやって……そんなことを考えながら彼の指を追うと……。


「────友人よッッ!!」


 そこには、仁王立ちのまま肩で呼吸をする大男……オールダム団長の姿があった。

 結構距離が離れている筈だが、相変わらず声がデカイ…………あ?

 というか、ちょっと待て……。

 あのジジイ、まさか……大商団の拠点からここまで、自力で追い付いてきた上に……ニロを素手でここまで、投げ飛ばした……とか言わねぇよな……?


「お前は私たちオールダム大商団の秘密を暴露しッッ!! 全てを滅茶苦茶にしてくれたッッ!! 例え偽物であれ私の妻を蔑みッッ!! 我らの居場所をぶち壊したお前をッッ!! 私たちは決して許すことはないだろうッッ!!」

「……」


 これは……まぁ、当然ながら相当恨まれているようだ。

 かくいう俺も、そういう形になるようにズケズケと彼らの事情に首を突っ込んだのだから。彼らからすれば、「余計なことをしやがって!」そんな想いにあるのは考えるまでもない。


「────だがッッ!! 私たちをこれしきのことで潰せると思うなッッ!!」

「……!」

「もうナバラントなどに屈しはしないッッ!! お前にも負けたりはしないッッ!! 私たちはッッ!! 再び私たちだけの大商団を作り上げてみせるッッ!! 『魔王さま』よ────首を洗って待つがいいッッ!!」

「……」


 これは……。

 正直……。

 そう、予想外……不覚にも、驚いてしまった。

 ナバラントを退け、【遺物】を破壊し……大商団の闇を暴き、彼らの守りたかった理想をぶち壊した。

 そして。

 被害者である彼らに恨まれ、蔑まれる……筈だった。

 ……。

 ……。

 ……失敗、か。

 どうやら、目的だけを考えれば……今回、俺は上手に事態を転がすことは出来なかったようだ。

 あんなに……。

 あんなに生き生きとしたオールダム団長を見ることが出来るなんて……想像、していなかった。


「──初めて出会った時から、ボクは信じている」

「……ぁ……?」


 渓谷の反対側でニカッと笑って見せる団長。

 そして、彼の隣には……深々と頭を下げる女性の姿が……朧気ながらも、見えたような気がした。

 まぁ、多分……うん、気のせい、だろうが……。

 その姿を眺めるニロは、嬉しそうに笑みを溢しながら続ける。


「例えどんな立場であってもオヤビンなら、『魔王さま』なら、この窮屈な世界を変えてくれるって……ボクは、ずっと信じている」

「──!」









 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー







 


 今から500年前。

 俺が歩む復讐の旅路に付きまとう者たちが居た。


「────いい加減に鬱陶しいんだよ、てめぇら! 仲間なんぞ要らねぇ、俺に付き纏ってくんなッ!」


 お願いした訳じゃない。

 味方だと思っていた訳じゃない。

 だから、事あるごとに俺は彼女らを拒絶していた。

 俺の個人的かつ狂気的な旅路に、彼女らを巻き込むことなんて出来ないと思っていたからだ。

 いいや……当時の俺にとっては、ただ単に目障りだったからかも知れない。

 そんな横暴な物言いの俺に対して、同行者の一人はこう切り出した。


「──やはり貴方は優しいですね、ミクさん」

「あァ……? うっ、ぜぇんだよ、ラヴィシュー……お前みたいなエセ祈祷師ごときがッ!! 俺のこと、分かったような口を効いてんじゃねぇッ!!」

「きっと、これから先も貴方には数多の苦難と衝突が待ち受けていることでしょう。簡単には、理解されないかも知れない……むしろ、非難されるばかりかも知れません」

「……だからなんだ? 愚民どもやてめぇらの理解なんざ要らねぇよ……俺はそんな下らねぇもんの為に、『あの一族』を殺してきた訳じゃねぇッ!! 俺はッッ────」


 ウザい、しつこい、うるさい……。

 俺の復讐の邪魔をするな……。

 俺みたいなクズを相手に、そんな気遣うような言葉を投げ掛けるな……。

 どうせ俺なんか……。

 ずっと、孤独のままだ……ずっと、悪者のままだ……そのままで良いって……覚悟を決めて、ウンザリするほどに、この手を血に染めてきたのに……。


「────いいえ、そんなことにはなりません」

「…………はぁァ?」

「例え今は理解されなくても……貴方の尽力と信念は、間違いなくこのサクディミオンに平和をもたらすでしょう。私も、ゼトも、マジェンタも、そう信じている……貴方の持つ想いを、ずっと信じています」

「……こんな殺人鬼の、何を信じるってんだ。迷惑なんだよ、そんな期待」


 期待とか、下らない……。

 信頼とか、どうでもいい……。

 そんなもの、復讐の前では雑音でしかない……当時は、ずっとそう思っていた。

 彼女も、そんな俺の独りよがりな考えを知っていた筈なのに……一体、何を確信していたのだろう?


「いいですか、ミクさん。例え私たちが居なくなったとしても……どうか、貴方だけは歩みを止めないで下さい。貴方の行いは、貴方の想いは────必ず報われ、受け入れられる時が来る」

「……適当なことほざいてんじゃねぇよ」


 結局、500年前の俺は最後まで受け入れることは出来なかった。

 最後まで、彼女らの存在を拒絶し続けて……そして、俺は命を落とした。

 あの時の言葉に、答えを見出だせないまま……。








 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー








 どうして、信じてくれるのだろう?

 俺は、信じるに値する人間なんかじゃないのに……俺を付き纏ったところで、自分が苦労するのは分かっている筈なのに……。


「だから、これからもとことん付いていっちゃうんだからねっ!」


 ニロの優しい笑顔を向けられながら、俺は口を開こうとして……留める。

 「馬鹿野郎!」「要らねぇよ、仲間なんざ」「何が信じるだ……うぜぇ」と……喉にまで出かけた言葉が、寸前のところで引っ込む。

 500年前だったら、俺は確実にそう言って他人を遠ざけていた。

 今も、そうした気持ちがないと言えば嘘になる。

 ……だけど。

 ……いい、のか?

 俺みたいな奴でも……あの時と同じじゃなくて……いい、のだろうか……。

 少しだけ、ほんの少しだけ……そう、思うようになっていた。


「…………はぁ……何でもかんでも思い通りにはいかねぇもんだ……俺に、こんなに粘着してきやがったのはお前で二人目だ」

「えっ、えぇ~、史上二人目って……なんか照れちゃうなぁ~、えへへぇ~」

「はた迷惑だっつーの、バカタレが」

「えぇ~? もうオヤビンってば照れちゃってぇ~、このこのぉ~」

「お? そのよく動く口、一生開かねぇようにしてやろうか?」

「ギャァァッ!? げんろんとうせい、ってヤツだぁッ!! オヤビンの人でなしぃぃッ!!」


 俺は、未知へと足を踏み入れた。

 人生とは、予想外の連続だと聞いたことがある。

 それが醍醐味だとするならば……俺も、逆らうばかりではなく……その流れに身を委ねてみるのも……もしかすると、悪くないのかも知れない。





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