After...2 踊らせていた者





 世界全体に拡散した【歪み】の影響が、何らかの要因で解消されてから数刻後。

 オールダム大商団が露店を開く街道に、警察ギルドの面々が姿を現し、団員たちへ問い掛けた。


「この場で『魔王』と名乗る者が大暴れしていると通報があったのだが、何か知らないか?」


 誰かから通報があったのか、『魔王』という名称を何処から聞いたのか……取り調べの切り出しにしても、警察ギルドの動きには不明瞭な点が幾つか見受けられる。

 対して、当事者である団員たちはこのように返答した。


「『魔王』……? お前、知っているか?」

「さぁ、私は何も」


 まるで部外者のような、素っ気ない態度だ。

 警察ギルドの予想していたよりも反応が希薄であった為、流石に違和感を感じたのか、更に問い詰めていく。


「先程、この街道を中心に何らの『力』の余波を探知した。何も知らない筈がないだろう」

「ん~……あっ、それならアレだよ。うちの団員が『魔術料理』を作ろうとして失敗しちゃったヤツ」

「あぁ! あの大迫力だったやつね! ちょっと騒ぎになっちゃったけど、何とかなって良かったよね」

「……なら、その当事者は何処にいる?」

「実はその一件で責任を感じちゃったみたいでさ……荷物まとめて出ていっちゃったんだよね」

「でも除団した訳じゃないから、戻ってきたら迎え入れる準備は出来ているよ。その頃になったらまた取り調べしに来たら? いつ戻ってくるかは分からないけどね」

「……」


 如何なる心変わりがあったのかは不明だが……少なくとも、警察ギルドの面々が真実に辿り着くのはだいぶ困難となりそうだ。

 一方、本隊とは違う立ち位置から、事態を把握しようとしている人物がいた。


「ちょっと聞きたいんですけど、この街道にチグサという女性は来ませんでしたか?」


 警察ギルドの女性、リゼだ。

 くだんの魔王さまと接触したと思われるチグサを探している彼女は、年配の団員へと所在を尋ねる。


「チグサ? あぁ、チグサちゃんね。暇潰しとか言いながら食料の搬入を手伝ってくれてねぇ、とても助かっちゃったわぁ。あら、ということは……もしかして、あなたがリゼちゃん?」

「え? えぇ、まぁ……」

「あらやだ、本当にチグサちゃんの言う通りだったわ! ちょうど良かった、あの子から伝言よっ。『当直するの面倒臭いので、代わりにやっといて下さぁい☆』って。何だか分からないけれど、お茶目な子ねぇ」

「………………チィィィグゥゥゥサァァァァァァ……」


 情報が得られるかと思ったら、面倒事を押し付けられるだけだったのである。

 リゼが鬼の形相で恨み節を滲み出す一方、そこから少し離れた物陰で一つの怒号が響き渡った。


「────おいッ!! あの魔王はどこへ行ったッ!? もういっぺんアイツとヤらせろッ!!」


 公認勇者の助太刀に馳せ参じた、エーフィー。

 戦闘態勢で吼える彼女の眼前には、口元に指先を立てて静かにするようにと促すニロの姿があった。


「しーッ! しーッ! あんまりデカイ声で話してたら見つかっちゃうでしょぉっ!?」


 そこで正気に返ったエーフィーは溜め息混じりに一旦体勢を崩して、物陰に身を潜めながら、現場聴衆を行う警察ギルドを覗き見る。


「チッ……いつもは遅いくせして、こういう時は駆け付けるのが速過ぎだっての……あいつら、さては下手な難癖付けて魔王と公認勇者を引っ捕らえるつもりだな……?」

「ナバラントの手回しってこと……?」

「ギルド連中は基本的にナバラントの言いなりだしな……というか、何でお前置き去りにされてんだ? お前ら、仲間だったんじゃないのか?」

「だ、だから今探しているんだって……! いや、まぁ、仲間というか……遡って考えれば、ボクが勝手にオヤビンに付いていっているだけなんだけどさぁ……」


 何やら一悶着あったのか……完全に親とはぐれた子供みたいな様子だ。

 ただ、置き去りにされた状況に思うところがあるのか、ガキみたいに泣き喚くことなく、少し落ち込んだ様子で暗い顔をしている。

 それを見たエーフィーは流石にばつが悪く感じたのか、あまり強い口調を使うことなく溜め息を吐いた。


「……仕方がない。連中に見つかったら、何かと面倒だ。今は、とっととこの場から離れるぞ」

「うぅぅ……分かったよぉ……」


 ひとまず、即急にこの場から退散しなければならない。

 エーフィーに促される形で、ニロもその後に続いて動き出そうとした────その時だ。



「────そこでコソコソと何をしている?」



 遂に、絶体絶命か。

 忽然と背後から声を掛けられた拍子に、ニロはすっとんきょうな悲鳴を上げ、エーフィーは反射的に臨戦態勢を取るのだった。


「ぴぃッ!?」

「チィッ……!」








 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー









 時は、少し遡り。

 オールダム大商団から出立する準備をしている最中、人目のつかないテントの裏側で、魔王さまは大きな木箱に腰掛けながら切り出す。


「────お前、難儀な性分をしているもんだな」


 その隣には、木箱に背を預けて立つチグサの姿。

 彼女は一本の串を指先で器用に回しながら、肩越しに魔王さまを見上げて言葉を返した。


「あらぁ、一体何のことでしょぉかぁ?」

「お前、最初から団長の命を奪わせるつもりなんかなかったんだろ?」

「……そういえば、結局依頼を果たすことが出来ませんでしたしねぇ。魔王さまとあろう者が、少々言い訳がましいのではないですかぁ?」

「お前は【遺物】のことを仄めかしたり、団長の出した『依頼』を見せたりして、然り気無く予防線を張っていたな? そうすることで、俺らに本当の標的は『団長ではない』と遠回しに気付かせようとしていた」

「ふむふむ……? だったら、最初からそう言えば済む話ですよねぇ? 団長は被害者であり、殺すべき人物ではない……と。何故、私がそんな回りくどいことをしなくちゃならないんですかぁ?」

「お前は最初、俺のことを『思った通りの人だった』って漏らしていたろ? そん時から、ずっと引っ掛かっていた。そんで、団長と顔を合わせて、【魔王の遺物】の正体が分かった時、確信に変わった訳だ」

「……」

「嘗めてくれたもんだ────お前、俺のことを『試していた』んだろ? 俺がどんな人物なのか、問い掛けの裏を読み、その真意を見破る力があるのかどうかを、お前の物差しで図る為に……違うか?」


 チグサの目的は、オールダム団長の殺害ではなかった。

 オールダム大商団の闇を暴き、その裏に潜むナバラントや【遺物】の悪意と真意に辿り着き、そしてそれを解決する……魔王さまという存在が、果たしてそこに至れるかどうかを見定める為だった、というわけだ。

 つまり、此度の事変はチグサの手のひらの上であり、彼女は一種のゲームマスターみたいなものだったのかも知れない。


「……想像力が豊かですねぇ。本当にそんなことを考えている人が居るとしたらぁ……ぅふふっ、きっと私、人間不信になっちゃいますねぇ」

「いけしゃあしゃあと、この野郎め。なら、俺もお前に倣ってあくまで遠回しに一つ、問い掛けてみるとすっか」

「あらぁ、怖いですねぇ。一体何を────」


 チグサは余裕たっぷりにほくそ笑んでみせる。

 そんな彼女に、魔王さまはハッキリとした口調で、短い言葉を投げ掛けた。



「────お前、『人間』じゃねぇな?」



 瞬間、時間が止まる。

 突拍子もなく飛び出した意味不明な『発言』に、チグサは一言も発せず、微塵にも表情を動かさなかった。

 だが。

 その一瞬の内に、ほんの少しだけ顔を覗かせた『可能性』を、みすみす見逃すような魔王さまではなかった。


「………………」

「……大したもんだぜ、ここまで顔に感情が出ないとはな。だが、いきなり核心を突かれて流石に動揺したか? それはちょいと感情を殺し過ぎだ」

「………………」

「心配すんな、まだ確信までは至ってねぇ。ただ、今回の一件でそう推理するだけの要素があった……それだけのことだ。図星だったみてぇだがな」


 意趣返しとまでは言えないが……魔王さまは自らの言葉の圧と洞察力で『チグサの正体』へとメスをいれることで、掌の上で踊らされた借りを返した。

 『正体』がハッキリした訳ではない。

 だが、これで魔王さまは『チグサは純粋な人間ではない』というカードを手に入れた。その『情報』を脅しとして使うか、交渉に使うか……全ては魔王さまの采配次第という訳だ。


「…………魔王さん」

「あ?」

「私と、本格的に手を組みませんかぁ? 私は警察ギルドに所属している……世界各地に点在する【遺物】の情報も容易に手に入れられますぅ。悪い話じゃないと思うんですけどぉ?」


 それはきっと、口をついて出た言葉。

 魔王さまは当然ながら、チグサですら自分の口からこんな提案が飛び出そうなど、予想だにしていなかったことだろう。

 それ程までに、期待以上だった。

 一件の始まりから解決に至るまで、魔王さまの奮闘ぶりはチグサの予想を遥かに越えていた。

 合格なんて言葉では収まらない。

 『欲しい』と、思わず喉から手が出てしまう程までに。

 だが。


「────断る」


 魔王さまは、さして考える素振りも見せずにそれを拒否。

 チグサの淡い期待、そして僅かに滲み出した甘えは、魔王さまの手でアッサリと振り払われてしまった。


「そもそもの話、お前みてぇに────『他人を一切信じていない』奴を手放しで信じることは出来ねぇ。それは多分、お前も痛いほどに分かってる筈じゃねぇか?」

「……」


 魔王さまは、あくまで冷静だった。

 手を組むには、『隠し事』が多過ぎる……まるで、深い渓谷の向こう側から手を差し出しているも同義。

 それすら分からず手を伸ばせば、手を取ることもなく破滅へと真っ逆さまだ。

 魔王さまも、チグサも、それを理解している。

 このまま手を組むなんて夢物語に過ぎない、と。

 魔王さまは木箱から飛び降り、チグサに背を向けて歩き出す。


「これはただの俺の勘だがよ……少なくとも、お前は悪い奴なんかじゃねぇ」

「…………何故、そんな……」

「だってそうだろ? 最早『生きてすらいない赤の他人』の為に、人様の事情に足を突っ込むなんざ……そんな面倒なこと、よっぽどの馬鹿か、相当のお人好しぐれぇにしか出来ねぇだろうからな」

「──!!」

「俺は聖人じゃねぇからな、面倒なだけの腹の探り合いにダラダラと付き合うのは趣味じゃねぇ。だが、腹割って話すつもりがあんなら、いつでも来い。気の済むまで付き合ってやっからよ」


 ヒラヒラと手を振りながら、その場をゆっくり立ち去る魔王さま。

 その後ろ姿をチグサはジッと見つめていたが、やがて……。


「……それでも、私は…………誰も、信じる訳にはいかないんですよ……」


 孤独の空間の中で、まるで自分に言い聞かせるように、悔しげにそう呟くのだった。





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