After...1 『魔』の行方





 街道を一望出来る、高い木の上。

 無数の葉に紛れるように、図太い枝に腰掛け、オールダム大商団の様子を見下ろすのは……命からがら現場から逃げ出したキューネの姿。

 神妙な面持ちで現場を見つめるキューネだったが、その更に上の位置から、彼女に釘を刺すように別の者の声が投げ掛けられる。


「────無様な醜態を晒したものですにぇ、『お嬢』。他の者からも散々言われた筈……人間と魔物の共存なんぞ未来永劫有り得にゃい、と」

「……」


 枝の上に絶妙なバランスで立つのは、キューネと同じ『獣耳』が生えた『魔物』の少女。

 まるでお目付け役のような言動を見せるが、やがて我慢できないと言いたげに感情が漏れ出し始めた。


「…………つーか……ニャハッ! あの『執行官』の情けない姿見たぁっ!? あんだけ偉そうな態度取りながら、殴られた後は足腰ガクガクになってやがんのぉっ! 産まれたての小鹿かってーのッ! あぁ、小鹿と比較したら小鹿が可哀想か~……なーんつってっ! ニャハハハッ!!」

「……」

「……にぇにぇ、今笑うとこじゃにぇ? 面白くにゃかった? 笑わしてやろっか? 口を横にかっさばいてさぁ?」


 無視されたのが癪に障ったのか、鋭い目付きでキューネを見下ろす魔物の少女。

 そんな気迫も意に介さないキューネだったが……。


「…………魔王、さま」

「にゃぁ?」

「なんて、なんて────勇ましいお方なのでしょう…………あぁ……素敵……」


 恍惚、そして欲情である。

 頬を朱に染め、呼吸を乱し、恥ずかしそうにモジモジと身をくねらせていた。

 それを目撃した魔物の少女は挑発したことすら忘れ、呆れ切った様子で肩を落とす。


「あー……まーたなんか始まったんにゃけど……まぁ、いいや」


 事変が終息して早々、例の『魔王さま』とやらは姿を眩ませてしまったが……彼女らは認知している。

 それらの事変を終わらせたのは、間違いなくその人物であることを。

 これまでの常識では到底計り知れない、異次元の【力】が使われていたことを。

 そして、何よりも……あの『執行官』を殴り飛ばしていた。


「コホンっ。確かに、あの魔王さまとやらは『使える』。いずれ、力を貸して貰いましょう────我ら『魔物連合』の目的を果たす為に……ニャハッ」


 光明。

 先遣程度でしかなかった出来事の中で、彼女らは思わぬ収穫を得た。

 そして、『魔』の名の元に……。



 ────彼女らは、再び集うことになるだろう。









 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー








 森の中は、魔物の領域。

 彼らを自在に操る魔術を有する執行官クオネカは、彼らの適正を利用して森に紛れることが出来る。

 街道から逃走し、森奥に逃げ込んだ彼女は、酷く苛立った様子で頭をガシガシと掻き乱していた。


「あぁ~……ウザいウザい……まさか、ここまで滅茶苦茶にされるとは……まったく、不愉快極まりないですね……貴方たちも、そう思いませんか?」


 彼女の足元には、失態を犯した『ネクローシス』……いいや、クオネカが従える魔物たちが、酷く怯えた様子で震えていた。


「……ッ」

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……いうこと、きくから……ゆるして、ください……ッ」


 つたない言葉で命乞いをする魔物たちを、クオネカは一切の温情を感じさせない鋭い目付きで睨み下ろすと、それを踏ん付けようとして脚を上げた。

 魔物たちからすれば、日常の光景だ。

 彼女の気分を損ねれば、『調教』が始まる。

 ネクローシスの命は彼女が握っている……魔物たちは、襲い掛かる暴風雨を怯えてやり過ごすしか方法はなかった。


「メソメソと五月蝿いですよ。黙りなさい、役立たずども。さもなくば────殺す」

「ひッ──!」


 魔物が頭を抱え、悲鳴を漏らす。

 しかし。

 クオネカは靴底は落とされることなく、彼女は脚を上げた姿勢のまま硬直。

 その顔は微かに強張り、一筋の汗が滴り落ちた。


「…………ぐ……ッ」


 彼女は、『調教』の先に……先程の光景を顧みていた。

 キューネを足蹴にして、意気揚々と勝ち誇っていた最中……走り迫ってくる一つの人影。

 まるで、暴力を楽しむ悪魔染みた不敵な笑みを浮かべながら、人間離れした力で、一切の容赦なく襲い掛かってくる怪物────『魔王さま』の姿が。



 ────てめぇらを、ぶっ壊してやる。



 それは、悪夢そのもの。

 暴力を起こせば、『あの理不尽』が返ってくる、かも知れない……その一連の出来事は一種のトラウマとなって、しっかりとクオネカの脳裏に焼き付いていた。

 彼女は音を立てないようにゆっくりと脚を地面に下ろし、それを頭の中から振り払うように、首を横に振った。


「……ま、まぁ、散々ではありましたが────それに見合うだけの『収穫』はありましたし、良しとしましょうか」


 そう呟きながらネクローシスにそっぽを向き、お得意の〖魔術〗を発動。

 主にナバラントが使用する〖超遠距離通信魔術《テレパシー》〗で、『中枢本部』と連絡を取り始めた。


「あぁ、『報道官』ですか? お疲れ様です。今から言う『事実』を即急に各ギルドに通達と、全世界の民衆に周知をお願いします」


 通信の向こう側ではゴチャゴチャと悪態をつく声が響くが、クオネカは一切気にも止めてない様子で続ける。

 これから出す言葉を聞けば、ナバラントの人間であるならば……例え、どれだけ多忙であろうとも、尻尾を振って飛び付いてくる筈だからだ。


「公認勇者のリューシンは────500年前に世界を支配していた【魔王】の生まれ変わり……人類の害敵であった、と」


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