25、例え、二人を別つとも
足元には既に何十本ものの矢の残骸が突き刺さり、矢畑のようになっている。
そのど真ん中で、私は尚も一歩も動かずに魔王さんと【魔王】の……なんともまぁ人間離れした、つばぜり合いを睨み付けていた。
その最中、激闘の渦中から大慌てで逃げ帰ってきたニロさんが、足元の矢に躓いて盛大にずっこける。
「ァッ────いだァッ!?」
「あらぁ、ニロさん。お帰りなさぁい」
「ぃッ、つつ……って、君まだやってたの!?」
「結構負けず嫌いなんですよぉ、私ぃ」
「よくやるよぉ……それに、【魔王】相手にそんな何も変哲もない矢を一本当てたところでどうしようも……」
「あっ。『そこ』、ちょっと横にズレた方がいいですよぉ?」
「えっ────」
私が忠告を言い終わるや否や。
【歪み】の荒波に煽られて戻ってきた一本の矢が……。
────ニロさんの頭を、ズポーンッと見事に貫通。
頭に矢が突き刺さったニロさんは、勢いに押されてそのまま倒れてしまった。
「…………さて。なるほどですねぇ」
「────いや重傷ッ!! 見てこれッ!! 刺さってるッ!! 脳天直撃ィッ!!」
「そんなに綺麗に頭に刺さっているのは中々見ないですねぇ」
「ケラケラしてんじゃないよコリャァッ!!」
ガバッと身体を起こしてガミガミと悪態をつくニロさんを横目に、私は小さく笑いながら、視線を【魔王】へと向けた。
絶えず変化し続ける【歪み】とやらの軌道……。
そこへ『公認勇者』の常軌を逸した『術』の勢いが加わり、最早周辺の大気の流れはメチャクチャ……。
風の影響をモロに受ける矢を放てば、簡単に煽られて見当違いの方向へ飛んでいくのは必至だ。
だが。
「それはともかく────少々風向きが変わりましたねぇ」
きっと、公認勇者やニロさんが尽力してくれたお蔭だろう。
ここまで、『試し射ち』として数十本の矢を無駄にしてしまったが……その甲斐があったというもの。
ようやく……。
────道筋が、見えた。
私は最後の矢を素早く弦にかけ、一切の迷いもなく────『ある一点』を目掛けて放射した。
「────さぁ、行ってらっしゃい」
それは、まるで一つの流星。
私の手を離れた矢は半透明に煌めくオーラを纏いながら宙を駆け、【歪み】が荒れ狂う空間へと突入していった。
「今の矢、なに? なんか凄く……キレイ……」
「キレイ、ですかぁ……ぅふふ。そうですねぇ、敢えて名付けるとするなら────〖魂の一矢(スピリット・アロー)〗といったところでしょうかぁ?」
さて。
これにて、全ての『お膳立て』は済んだ。
あとは、生きるも死ぬも、世界が壊れるのも存続するのも、『当事者たち』次第。
それしか出来ないのは、少々不本意ではあるが……今は、委ねるしかないだろう。
「……ねぇ」
「はい?」
「これっ、んぐっ、抜けないんだけどっ……ちょっ、抜くの手伝っ……んぐぅゥっ!!」
「あらぁ、世話がやけますねぇ」
「誰のせいだとッ!?」
ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー
片腕を失くし、片腕を再起不能にさせられながら……【境界線】と『力』を相手に……気迫だけで押し返そうとしている。
それは、【魔王】の底力か……。
もしくは、【遺物】の執念か……。
どちらにせよ、それに圧倒されて……オールダム団長の心と身体は、今にも圧し殺されそうになっていた。
「自惚れるなゴミがァァッ!! こうなればッ、お前たちモロともッ!! 全てを破壊して────ッ!!」
最後の反撃。
「勝てる」と踏んだか、【魔王】が渾身の【歪み】を込める。
魔王さまごとオールダム団長を押し返そうとした……その矢先のことだった。
────ズブッ!
それは、何処からともなく飛来した『一本の矢』。
まるでそれ自体が意志でも持っているかのように、【歪み】の荒波の中を掻い潜るように飛び、狙いすました動きで……。
────【魔王】の背中から、その胸に突き刺さったのだ。
「────ご……ッ!?」
「……ハッ、来たかよ。待ってたぜ」
待ち望んでいたかのように、魔王さまがほくそ笑む。
同時に、オールダム団長は気付いた。
その『矢』の意志の正体を……いいや、正確には────『矢に宿っている者』の魂を。
「────ハル?」
ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー
目の前の視界には、何も見えない。
だが、不思議なことに……私には、そこにとても『馴染みのある』存在を感じていた。
目に見えなくても……。
言葉を交わせなくても……。
私には、直ぐに理解出来た────助けに来てくれたのだ、と。死して尚も、こんな私の為に駆け付けてくれたのだ、と。
「……すまない。私が不甲斐ないせいで……また、君を傷付けてしまった……」
分かっている。
『彼女』の存在を蔑ろにして、その想いを無下にしていた私には……そんなことを言う資格すら無いことも。
罵られて、嫌われて、当然のことを……私は、してしまっていた。
だから、問い掛ける。
もう同じ世界を歩めなくても、確かに『そこ』に居る『彼女』へと……今生、最期の甘えと弱さを漏らす。
「今からでも、遅くないか……? 今からでも、私は……君の隣に立って、生きていけるだろうか……?」
結局、私は最後の最後まで弱かった。
今、この瞬間も、『彼女』を失うツラさにうちひしがれようとしている。
そんな私のことを、『彼女』は────『その小さな身体でしっかりと抱き寄せてくれた』。
そして……。
────ありがとう。
────私に夢を見せてくれて、ありがとう。
────私と一緒に夢を叶えてくれて、ありがとう。
────例え、生と死が私たちを突き放したとしても……私は、ずっとあなたを信じている。
────永遠に、あなたを愛している。
言葉に、ならない……。
何も聞こえなくても……何も見えなくても……その強い想いと優しい温もりは、私の心に深く深く染み渡る。
だから、私も精一杯に応えたい。
「…………私もだ、ハル」
ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー
「──『友人』よッ!!」
「だぁッ!! いっきなり耳元でうるせぇッ!! なんだ急にッ!?」
あの騒がしい呼び掛けが戻ってきた。
だが、耳元で急に叫ばれたせいでこちとら鼓膜に大ダメージである。
「すまないが、その腕────破壊するぞッ!!」
唐突に、とんでもない要求を言ってくれる。
今、団長は俺の腕を後ろから押し込んでいる状態だ。つまりは……なりふり構っている場合ではない、俺の腕ごと【魔王】を破壊する……と、そう言っているのだ。
いや、馬鹿か、と。
何処の誰が、そんな無茶苦茶な要求を受け入れるか、って話だ。
だから俺は……。
「……ハッ! おいおい、『団長』さんよぉ────その程度のことも出来なかったら承知しねぇぜ?」
「……感謝するッ!!」
生憎だが、俺は魔王さまだ。
ただの人間の些細な要求を聞き入れずして、何が魔王さまか。
一世一代の大勝負の最中に腕一本程度を切り捨てられずして、何が魔王さまか。
やっとのことで吹っ切れた人間を後押しせずして、何が魔王さまか。
こちとら、覚悟は────500年前から出来ているのだから。
「行こう、ハル。今こそ、立ちはだかる壁を乗り越える時ッ────〔限界突破〕ァァッッ!!」
突如、背後からの『圧力』が爆増する。
空気を押し潰さんとばかりの気迫が、団長からヒシヒシと噴き出してくる。
あの時、『ラヴィー迷洞』でエーフィーが見せた〖顕現領界〗と同じだ。
人のあらゆる『術』の至高領域。
【界】を超越し、【源】に至る力。
これは、限りなく完成に近い〔武術〕の真髄だ。
マジかよ。
いよいよ────吹っ切れやがった。
過去に独学の〔武術〕を扱っていたとは聞いていたが、到底〔そこ〕に至るまでの気配はなかった。そこまで団長を押し上げたのは……何か『別の力』が働いた故なのだろう。
「おいおい……いい年したジジィがとんでもねぇ〔進化〕を見せ付けやがって……」
恐らくは、あくまで『限定的の力』。
されど、到達したのは『最強の領域』。
拮抗していた【歪み】と【境界線】の力関係を一気に打ち崩すのも時間の問題だった。
「こんなッ……こんッッ、なァァァァ……ッッ!!」
【歪み】が、押し返される。
【魔王】がどれだけの執念を見せようが、どれだけの底力を見せようが……片腕を斬り落とした公認勇者の信念が……ニロが封じた腕の動きが……抵抗する【境界線】の勢力が……そしてオールダム団長の〔界に至った力〕が、逆転を決して許しはしない。
「ァッ、が……ッ!?」
ブレる。
拮抗していた【力】と【力】が、ガクンッと揺れ動き……一気に腕が軽くなる。
完全に、傾いた。
「────今だッッ!! ぶち抜けェェッッ!!」
「────ぅるォォォォぉぉぉぉおおおおおおおおおおォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッ!!」
【力】と〔力〕が、一気に押し込められる。
振り抜かれた腕は【魔王】の顔面を捉え、それを粉砕する勢いでめり込んでいく。
そして。
「────ッッ!?」
バキバキバキッ!!
まるでガラスが砕け散るように、俺の腕が絶え間ないとてつもない悲鳴を上げると共に……。
【魔王】の身体がグリンッと宙で一回転。
そのままの勢いで、地面に叩き付けられた。
「ァッ……ァァ、ァッ……ア、ァッ、ァッ、ァァァァ……ッ」
【魔王】は、倒れたまま動かない。
陥没した顔面は苦痛に歪み、その目から、その口から……穴という穴から、目映い光を放出し始めた。
内側から、崩壊を始めた。
後はもう、破壊を待つのみだ。
そんな結末が決定付けられた【魔王】の……いいや、【木偶人形】の傍に、俺はズタボロになった腕をブラつかせながら立って、その哀れな最期を見下ろす。
「図ったッ、なッ……【魔王】をッ、こんな茶番のッ、舞台装置扱いッ、するとは……ッ」
「その茶番の為に、てめぇはよく踊ってくれたぜ。ご苦労だったな」
「『一族』のッ、面汚しッ、がッ……【かの者】はッ、お前をッ、決してッ、赦ッ、さないッ……」
「そうかよ。んなら、あの世でヨロシク伝えてくれや────はなっから、【てめぇら】の慈悲なんてクソ喰らえってな」
その時、唐突に【魔王】は地面から飛び跳ね、俺に密着するように纏わり付いてきた。
ボロボロと崩れ始めた顔面を目と鼻の先にまで近付け、今にも噛み付きそうな勢いで、嘲笑を含んだような口振りで凄む。
「…………イヒ……ッ! 楽しみッ、だッ……【かの者】の元でッ、お前がッ……怯えッ、泣き叫ぶ姿をッ、見る時がッ…………イヒッ、イヒヒヒッ、ィビィィィィ……ッ!!」
「────喚くな、さっさと消えろ」
そんな捨て台詞を吐き捨て、【木偶人形】は全身から目映い力を放ちながら……。
────バンッと、木っ端微塵に粉砕。
同時に、人の体液だか、【遺物】の内部液だか、よく分からない液体がビシャッ!と全身に飛び散るも、俺は無表情のまま佇んでいた。
くせぇなぁ……。
砕け散った【木偶人形】の破片はしばらく宙を漂うと、塵となり……やがては俺の身体にこびり付いた液体ともども、景色に溶けるように消えていく。
これで、終わりだ。
オールダム大商団に巣くっていた【魔王の遺物】は、完全に消失した。
「…………ふぅ。ったく、慣れねぇことはするもんじゃねぇなぁ……」
気付けば、朝日が地平線の彼方から昇っているのが見えた。
嘘で塗り固められた虚栄は終わりを告げ、彼らは新たな未来へと進み出す。支えも、安らぎも失った今、これからは更に過酷な現実に直面していくことになる。
だが、彼らはもう立ち止まったりはしない。
受け継がれた遺志は、確かに彼らの元にある。
これからも未来永劫、彼らを見守り続ける。
その遺志が宿る限り、彼らがそれを忘れない限り……彼らの『居場所』は、きっと彼らの元に在り続けることだろう。
まぁ、『魔王さま』としてはどうでもいいことではあるが……。
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