24、【魔王】VS 魔王さま



「…………なんだ……それ、は……?」


 魔王さまの、右腕……。

 そこには、そう……。


 ────【宇宙】が、在った。


 そうとしか表現し切れない。

 まるで闇に侵食されたように、右腕全体に黒色が蠢き……その中を、目映い多色の光線が幾度も飛び交っては、腕の闇へと消えていく……更には、それ自体が引力でも持っているかのように、ひとりでに身体がフラフラと彼女の腕に吸い寄せてしまっている、ような……。

 なんだ……?

 これも、【境界線】の力なのか……?

 だとしても、この異常な存在感は……一体何なんだ……?


「言ったろ────決着を付ける、ってな」

 

 動く。

 一歩、一歩と。

 こんな戦いの場ではあり得ないくらいのスローモーションで。

 パキッ、パキィッ、と水晶体が割れるような甲高い音を打ち鳴らしつつ……目映いまでの閃光を辺りに撒き散らしながら……しっかりと握り締められる拳。


(……足、が……動、かせない……?)


 逃げられない。

 逃げようとする身体の力が、そもそも【腕】の『引力』に勝てず、身動き一つ取れなかった。

 そうしている間に、目と鼻の先に立ち塞がった魔王さまが、握り拳を作った【腕】を……ゆっくりと、ゆっくりと、こちらへと近付けてくる。

 それが、顔面に触れるか否か……とまで近付いた、次の瞬間。


「────ぅッ、おッ、おォォォッッ!!?」


 死に物狂いだった。

 己の力に残された全ての力を絞り出し……液体がこびりついた腕で、辛うじて魔王さまの【腕】の進行を防いだ。


 ────【境界線】と【歪み】が衝突。


 刹那、激しい衝撃波が絶え間なく辺りへと拡散し────大地が轟き、天が揺らぐ。

 全身がバラバラになりそうな衝撃と、身体の内部が崩れ落ちそうな感覚を、全身全霊で堪える。

 だが。

 耐えている……【これほどの衝撃】を、自身は耐え切っている。『信じられない』……その事実に、思わず歓喜の声が漏れ出てしまう程だ。


「凌いだ……凌いでいるぞ……ッ!」

「……」

「見たか……ッ! これぞ【魔王】の力……ッ! どれだけの『策』を講じようとも、どれだけの【力】を発揮しようとも……ッ! 私に敵う者など、この世界には存在しない……ッ! 私こそが絶対ッ……私こそが支配者ッ────誰もッ、この【魔王】に逆らうなァァッ!!」


 今の自分は、かつて世界を支配していた【魔王】!

 負ける道理が無い!

 人も、勇者も、魔物も、魔王さまも、全ての生命が自分にひれ伏し、そして支配されるべきなのだ!

 それだけの【力】が、自身には在る!

 今こそ、この口先だけの魔王さまを塵一つ残さずに木っ端微塵にして、【魔王】こそが真の支配者である証明を────。


「────いいねぇ」


 なんだ……?

 生きるか、死ぬか……勝つか、負けるか……その瀬戸際でありながら……なんだ……?

 何故、この魔王さまは……。


 ────嗤っている……?


 これだけの【力】を得ているのに、これだけ優位に立っているのに……理解が、出来ない。

 この者の行動倫理が、分からない。


「…………な……に……?」

「【それ】は間違いなくあの【魔王】と同格、天下一品の【力】だ。人間を簡単に支配するだけのポテンシャルは秘めている……扱い方を誤らなければ、な。だが、【お前】は『俺の読み通り』、まんまとその【力】に溺れてくれやがった」

「……溺れた……?」

「【ここ】に人間の入り込む余地はねぇ。勇者でも、怪物でもない『あいつら』は……きっと、死んじまった方が楽だって思うほどに『怖かった』筈だ」

「なにを、言っている……?」

「だけどな、自らが命の危機に瀕した時に……『そいつら』は気付くんだ。生き残る為には、逃げるだけでは駄目だ……立ち向かい、戦わなくては、生きることすら許されない……どうせ逃げられないのなら、生きる為に抗ってやる、ってな」

「だから、なにを……ッ! さっきから何を語って────ッ!?」


 痺れを切らして、思わず声を上げようとした……その時、気付く。

 明らかに何かを企んだような不敵な笑みを浮かべる魔王さまの背後で、『何か』が動いた。

 いいや、違う。

 一つの大きな人影が、【歪み】と【境界線】の吹き荒れる場を、無理矢理押し退けるように走ってきている。


「分かるか? お前は、その【力】を無作為に誇示し過ぎた────『あいつら』を焚き付けたのは、他でもねぇ【お前】自身だぜ?」


 まさか、あれは……。

 何故だ……?

 何故、『あいつ』が……!?








 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー









 暴力に明け暮れた、過去の日々。

 私は、誰よりも強かった。

 同い年は当然ながら、年上にも、大柄な大人よりも、腕っぷしの強い武人かぶれにも……私は負けなかった。

 私は、誰にも負けない。

 この強ささえあれば、欲しいものは何でも手に入れられる……誰にも奪われることはない……全てを守ることが出来る、と……そう思っていた。

 そんな私のことを、始めて打ち負かしたのは……。


「────そんなの、強さじゃない」


 ハル。

 小柄で、病弱で、誰よりも弱い筈の彼女が……私のことを、完膚なきままに言い負かしたのだ。


「あなたは、力で自分を覆い隠しているだけ。奪われることや負けることが怖いから……向き合うことから逃げている。それが、『強さ』なんて言えるの?」


 守りたかった。

 大商団の仲間を……仲間たちの日々を……そして、何よりも────愛しい彼女との人生を……守りたかった、その一心だった。

 だが。

 私は、あの時と同じ過ちを繰り返していたのか……。

 ただ、それらしい言い訳を並べて……自分の世界を守る為に、自分の殻に閉じ籠って……現実から、ハルが亡くなったという事実から、逃げ続けていた……そして、全てを台無しにしてしまった……。

 

 ────冒涜してんのはどっちだ?


 ────地獄に落ちても、あなたを許さねぇ。


 ────覚悟は出来ているか?


 最早、自分の力ではどうしようもない現状に直面した時……『彼女ら』の言葉と意志は、痛い程に私の心に突き刺さってきた。

 気付けば、その真っ直ぐ過ぎる言葉と、力強い意志に……怯え切った私の心は感化されていたのかも知れない。

 今更、遅いのだろうか……?

 これまで、現実から逃げ続けて……独りよがりのことばかりしてきた私が……『今更』、なんて……おこがましいのだろうか?


 ────烏滸がましいだとか、カッコ悪いだとか、そんなものはねぇよ。


 ────歳を食ってようが、強かろうが弱かろうが、取り返しのつかねぇことをしてようが、そんなもん関係ねぇ。


 『決断』ってのはな────やるか、やらねぇか、その選択でしかねぇんだよ。


 魔王よ……出会った時に、お前の言った通りだったようだ。

 お前と力比べをすれば、私が『怪我』をする……ここまで容赦なく心を抉られ、ケツを蹴っ飛ばされたのは、産まれて初めてだ。









 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー









「────もう、逃げるのは辞めだ」


 逃げる選択も取れた。

 魔王は、命を掬い上げる手段も残してくれていた。

 だが、同時に。

 立ち向かうチャンスを与えてくれた……自身と向き合い、やり直す為の『道標』として、『自分の存在』を掲げてくれた。


「これは、私の贖罪だ。ここまで、私が目を逸らしてきた罪に、向き合う時が来た。だから、せめて────【お前】だけは、私が倒す……ッ!!」

「オールダムゥ……ッ!!」


 お蔭で、迷うことはなかった。

 切り開かれた道筋、高く掲げられた旗、「────立ち向かいたければ『ここ』へ来い!」……その小さくも雄大な『魔王さま』の背中は、確かに私の進むべき未来を指し示してくれていた。


「さぁ。やれ、オールダム。てめぇの手で、決着付けてみろ」

「────うおぉぉォォォォォォォォォッッ!!」


 運命を駆ける、想いを握る。

 照準は、魔王の腕……その肘を狙い……既にめり込んだ『釘』を、金槌で思いっきり叩く要領で……しっかり握られた拳を引き絞り……全速力の勢いすらも利用して……。


 ────撃つッ!!


 魔王の腕と私の拳が衝突した瞬間、光輝く黒色の衝撃波がバンッと広がる。

 感覚だけで分かる。

 今、魔王の腕を介して────とてつもない力が伝達した。

 それは、【魔王】の大きく歪んだ顔つきを見ても明らかだった。


「ぐッ、ぐッ、ぐゥゥ……ッッ!!」


 だが。

 【魔王】は、堪え切ってみせる。

 もう、自身の腕に『ヒビ』までもが入っているというのに……越えられない。

 とてつもない……。

 とても同じ人間の姿をしているとは思えない位に、とてつもない執念だ。


「ゴミッ、共ッ、がァァ……ッ!! たかがッ、人間一匹ッ、加わった程度ッ、でェ……ッ!! 何が変わるゥァァ……ッ!!」


 あと、一歩……。

 あと、ほんの一押しだけが、足らない……なのに、むしろ────押し返されようとしている……!?

 このままあの【歪み】を『返されたら』……今度こそ、本当に終わりだ……!


「ぐッ……!?」

「どうしたオールダムッ! 歳食った身体にはキツイかッ!? てめぇの絞り出した『決断』ってのはこの程度のもんかッ!? 残り少ねぇ寿命を全部振り絞る勢いでッ!! 周りにいるガキどもに年の功ってヤツを見せてみやがれぇッ!!」


 魔王さまの決死の叱咤が飛ぶ。

 だが……。

 だが、限界なんて……とうに越えている……。

 これ以上、何を絞り出せというのだ……?

 お前たちのように、自分も『人間を越えろ』とでもいうのか……?

 そんなの、一体……どうやって……?


「ゥッ、ぐッ……ぐゥゥゥゥ……ッッ!!」




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