第二章

 残った三人はやる事も無いので近くに落ちていた石と木材を使って火を起こした後、片方はぼーっと空を見つめ片方はルイナをこっそり観察して当の本人は腕を組み木に背を預けて休んでいた。

 日が暮れるまでギミックが発動しない仕組みだろうと推測し、自分と同じように魔法陣を扱える程の持ち主が辺りを調べ残すなんてないだろうと考えた結果だった。


「……ルイナさん」

「何だ」

「……! 起きてたんですね」


 起こそうと肩に手をかける直前で目をパチリと開けたのでアネラはドキリとして一歩身を引いた。


「こんな場所本気で寝るわけないだろう」

「そ、そうですよね、」


 ここへ来てからかなり時間が経ったのか、辺りは暗く月の光で周りがうっすらと見える程度だった。


「……しかし君、肩を揺らして起こそうだなんて昼と態度違うじゃないか、随分と馴れ馴れしいな」

「っ! す、すみません!! お、俺ごときがルイナさんを起こすなんて100年早─」

「冗談はさておき、日没まで待っておいて正解だったようだ」


 ガシャンと大きな音がしたと思えば数メートル先の地面が一段、また一段と下がり続け階段が出来上がった。近づいてみるとそれはかなり下まで続いており月の光が届いておらず暗闇になっていた。


 多分この先にダンジョンのゴール時点があるはず、しかしこのままでは足元が見えず万が一滑ったりしたら危険だ。あいにくランプは持っておらずチームメイトのノエルさんも様子を見る限り無さそうだ─アネラは期待を込めた目でさりげなくルイナを見た。


「……」

「…………あ、あの行かないんですか?」


 ジロリとアネラを見返して数秒黙り込んだ後ルイナは口を開いた。


「もしなにか地面を照らす方法があるのなら君が先に行くといい」

「……あっ、じゃああそこから松明持ってきます」


 ルイナ程の実力ならなにか魔法の光で道を照らしてくれるとアネラは考えていたがどうやら違ったらしい。急いで焚き火があった場所に戻ると誰かが口論している声が聞こえ無意識に身を隠した。


「残りはルイナ様のものって何度も言ってるでしょ!? 何度言えばいいの? はやくどっか行ってよ!」

「は? クッキー1枚で腹満たされるわけねーっつうの、残りのもん全部くれよこの役立たずが」


 今この場に自分が割り込んでもどうにもならないと分かっていたアネラはその場で立ちすくんだ。

──奴は頭のネジが1本欠けている。自分の身を大事に思うなら今後近づかない方がいい

 嫌なタイミングでルイナの言葉を思い出しアネラはますます気が重くなった。


「はぁ……いい加減諦めろよぶりっ子が、それにお前」

「な、何よ! あんたにぶりっ子した事なんて一度も……お前? 他に誰かいるの?」


 フェヴァルの目線の先は背の高い雑草等が生い茂っておりそのさらに向こうの太い木の背後にアネラはいる。


 (もしかしてバレた……?)


 激しく打つ心臓を抑え一生懸命深呼吸するものの心音は一向に鳴り止まない。

 何故気配を感じるのが異常に早いのか、何故昼間は姿を消していたのかぐるぐる頭の中で考えているとふと足に痛みを生じた。


「本当聞き耳立てるの大好きなんだな、もしかしてそういう趣味だったりする?」

「ひっすみません!…………あ、足……」

「ん?あぁ、暗くてよく見えなかったわ」


 わざと踏んだ足を退けると企んでいるのかのように金色の目を細めた。


「俺腹減り過ぎてしにそうなんだけどなんな食いもん持ってる?」

「えっ、あっ……そんな事なら全部あげます……」


 アネラは小さなバッグを逆さにするとキャンディや携帯栄養食などを全部フェヴァルが持つ麻袋の中に入れた。


「アネラくん! あんなヤツのためにわざわざあげなくていいって!」

「いや……そんな食べないし……ノエルさんもよかったら……あっ、それ」


 フェヴァルがこっそりと手に掴んだソレをアネラは見逃さなかった。


「これも食い物だから貰っていいって事だよな?」

「どう見ても違います……!返してください」

「ホントよ!王様じゃないんだから─えっ、これお父さんお母さん?」


 コンパスのようなソレは中身を開けてみると、笑顔の男女が二人写真の中に収められていた。

 男の方は黒髪に背が高く、涼しげな目元が特徴的で同じく黒髪の女の方はアネラと同じ翡翠色の目をしていた。


「……うん」


 アネラは表情を曇らせ瞳に影を落とし、しばらく無言となった。妙に三人の間で気まずい空気が流れる。

 ノエルはフェヴァルの性格からしてソレを投げたり握り潰したりするんじゃないかと内心ヒヤヒヤしたが『食えないなら返すわ』とか言って手を出したのでホッとした。


 


 一方その頃ルイナは一人階段の前で待ちくたびれていた─なんて事は無く既に先に進んでいた。

 アネラを待っていた間ルイナは試しに氷魔法で作った氷の球体を階段に置いて一段ずつ落ちるように転がした。すると音は小さく小刻みに聞こえたので急な段差も無ければ足を滑らせてしまうような坂も無いと踏んだからだ。

 案の定階段は見た目より緩やかで壁をつたって歩けば何も心配要らなかった。

 道中右左入り組んでいたが大したことなく、数分歩いたところで青白い明かりが見えそこには巨大な空間が広がっていた。

 どうやら先程の光は石壁に埋め込まれた鉱石から発していたようで近づいてみると星空をガラスで包み込んだような見た目をしていた。   


 ルイナは日頃からジャンル問わずいろいろな本をよく読むのでそれがコスモスサファイアというとても希少な鉱石であるのは一目瞭然だった。本来なら北国の寒い地域かつフリザードドラゴンの眠る洞窟にしかない、となるとわざわざ飾るだけためにここへ持ってきたのかあるいは…………


「何者だ!?」


 怒鳴り声が洞窟内で響く、ルイナは目線を鉱石から前の方へ移すとそこには鎧をまとったいかにも正義感の強そうな金髪の青年にそれぞれ大きな杖と分厚い魔導書を持った少女二人。

 そして明らかに他の三人とは系統が違う斧を持った筋肉質の成人女性一人がいた。

 彼女は隊の後方で腕組んでこちらを睨んでおり四人の中で一番敵に回したくない相手だな、とルイナは思った。


「……何者か問う前にまず君達が先に名乗る必要があるんじゃないか、いささか礼儀に欠けているようだが」

「何だ!その口のき─」


 彼は隣りに居た少女に腕で突かれると苦虫を噛み潰したような顔で言い直した。

「チっ、オレの名はミケルだ! このチーム"ケルベロス"のリーダーをしている!オレは──」


 聞いてもないし興味もない事を永遠に話すのと彼の名が自分の名前に似ているので不愉快になったルイナは自分を落ち着かせるため一旦深呼吸した。そんなルイナの様子に気づいたのか少女二人は慌ててルイナの話を止めた。


「授業の一環として本当は別のダンジョンにいる予定だったが何かの手違いでここに来てしまった。けれどこんな格好でも凍死しなずに済んだのは君達のおかけだろう、感謝する」


 自分の名を述べることなくルイナは来た道を引き返そうと体を後ろへ向けた刹那、聞き覚えのある声が耳に入るなり大きくため息を吐いた。


「先行って何してんのかと思えば今度は友達作りか?はははっ!」

「あっ!ルイナ様ここに居たんですね! ところで向こうの方達は……」


 彼らがなにかおぞましいものでも居るかのような形相でこちらを見ている事に気がついたノエルは後ろにバケモノか何か居るんじゃないかとチラリと背後を確認した。

 しかしそこには猫背になって疲れ切った表情のアネラしかおらず、バケモノに見えないどころかルイナには及ばぬもアネラもかなりの美形だったため首を傾げた。


「その声……ねぇアンタ、アタシ達のこと覚えてるか」

「……あーお前みたいなゴリラ以外雑魚しかいない赤ちゃんパーティ? 雑魚過ぎてそん中の一人獣の餌になっちゃったやつ? 今頃自然に還ってるんじゃね」


 嗤って挑発するとそれに乗ったミケルは物凄い剣幕でフェヴァルに飛びかかろうとしたが後ろのゴリラこと筋肉質の女性に引っ張られ待ったをかけられた。


「──の仇を打っちゃいけないのか!!」

「アタシもできればそうしたい、けど今はその時じゃないし人殺しになったらアイツと一緒だ」

「は? 人殺し呼ばわりは心外なんだけど、雑魚ヒーラーしか居ねぇしどっちみち死んでたから俺はただ時期を早めただけっつーの、てかあの時も説明しただろ? 同じ話繰り返すなよ」


 落ち着いた口調で、けれども微かに怒りを滲ませながらそう吐き捨てるとフェヴァルはダンジョン内を物色し始めた。


 五年来の仲ルイナはそういった場面に度々遭遇したことがあったためまた一つため息をついただけで済んだが今までフェヴァルと何一つ接点が無かったアネラは気分が悪くなりその場から逃げ出した。

 ノエルは事の顛末を見届けるかアネラの様子を見に行くかで非常に悩んでいたが悩めば悩むほど心配になってアネラの後を追った。


「……フェヴァル、今日はもう引き返すぞ、君達の間でいざこざがあるのは十分に理解した。だがそれにケリをつけるのはまた今度にしてくれ」

「これがただのいざこざだって!?

流石クズの友達なだけあるな……待って貴様まだ名前を言ってないよな、オレだけなんて卑──!」


 煩わしく目の前の相手と話したくなかったルイナは彼の前に氷の壁を出現させシャットアウトし、これ以上面倒事を増やさないためにもフェヴァルを説得させ早急にここから離れるつもりでいた。

 しかし当の本人はもうここに居らず、気づいた時には左側にある闘技場のような円形の場の端に取り付けられた大型のレバーを押し下げている最中であった。


「アンタって奴は……! ミケル、レイ、ネア、ここで待ってな!!」

「クレア姉さん!! 行くな!」


 彼女は下がる透明な壁の真下ギリギリに滑り込みそれに続いてミケルも地面と壁の隙間に滑り込もうとした。しかしこのままじゃ下りてくる壁に潰されるだろうと見かねたルイナは魔法を使って雪で塞ぎ、やがて雪はくしゃりと押し潰された。


「…………何故貴様はいつもいつもいつも! オレの邪魔をする!!」

「あの雪のように潰されたかったのか?仲間のところへ"逝きたい"のなら僕は止めない、だが今ここでされると面倒だから他所でやってくれ」

「き、貴様!!」


 ミケルは感情の赴くままに装備していた剣を取り出しルイナの目の前に剣先を向けた。

 ところがいくら剣先を近づけても相手は声を出すことも反撃もしない、突き刺さるような冷たい口調、相手を見下すような淡い水色の瞳の裏に潜む柔らかさ、暖かさに一種の懐かしさを感じたミケルはいくらか落ち着きを取り戻し剣を静かに降ろした。


「いや、今のはオレが悪かった……謝るよ、だがそれとあれとは話が別だ! あの人殺しは何故ここに来た? お前と同じ制服を身につけているようだが本当に学生なのか? オレ達の事覚えておきながら何故正体を隠す素振りを見せない? それともこれはお前達が考えた罠なのか!?」

「落ち着け、奴がここに現れたのは僕と同じ理由だし本当に学生かどうか知りたいのならフェリックス校に行って偉い人に直接聞けばいい。あと僕は君達に危害を与えるつもりはない、それでも信じられないのならこの金貨二枚を担保として預けてもいい」


 ルイナは金貨をミケルの掌に置いてアネラの様子を見に行こうとしたが服を手で引っ張られ、顔には出さないものの内心イライラしながら後ろを向いた。


「こんなの受け取れないよまるでオレが卑しい人みたいじゃないか」


『違うのか?』と言いかけるのをルイナは我慢した。


「それにしてもあんなヤツを受け入れるとはとんでもない学校だな! どうせ学校でもあんな感じなんだろう? 大層甘やかされてきたんだな!」

「……これでも昔よりはマシだ」

「本当か!? 今よりも酷いって一体どんな子供だったんだ……」


 一人頭の中で想像を膨らませるミケルをよそに、ルイナはやっとの思いでこの場から抜け出すと急足でアネラの元へと向かった。








「おいゴリラ、てめぇマジで邪魔だったんだけど、やりにくいったらありゃしない。オレの邪魔したら殺すって何度も言ってんのにさぁ……頭沸いてんの?」


 呆れるような低い声、アーモンド型の金色の目を半開きにしながら彼は今、グサグサと凶器のような爪を突き立てフリザードドラゴンの柔らかい腹肉を剥いでいる。



──遡ること十分前、フェヴァルとクレアの前にはコウモリのような翼に蒼白いたてがみをもつ竜、フリザードドラゴンが”悪魔の角“の名に相応しい薄気味悪い角を振り回し、地面が震動する程の咆哮して獲物を狙うタイミングを今か今かと計るように首を低くしてゆっくり前進していた。


 フリザードドラゴンは基本的に一日中洞窟内で寝て過ごしており、主食がフルーツや野菜なため比較的温厚なドラゴンといわれる。

 けれど性格は繊細な個体が多く、巨大な図体と口から吐く氷のブレスから相まって一度怒らせてしまえば最後、並大抵の冒険者では逃れることはできない。

 そのため危険度はレベル1から10あるうちの7にあてられている。


「なんでゴリラが来んの? くたばるか俺の視界から消えてくんね? コイツの餌になるのが一番だけどお前不味そうだしな」

「そりゃどうも、アタシはただ元々任務を終わらせにここに来ただけさ、アンタの方こそ何が目的でここに来た?」

「肉」


 フェヴァルは突進してきたドラゴンをかわしつつ、長い爪を刃物代わりにして一歩一歩着実にダメージを与えていく。


「はぁ、肉? ならそれ以外貰っていいのか?」

「あぁ、だからどけよ! 邪魔、どっか脇に引っ込めカス」

「何でさ? 二人でやった方が早い、それにたとえアンタ相手でも何もしないでタダでアイテム貰うなんてお断りだね」


 クレアは右手に持った斧を空中で一回転させた後、ドラゴンの足首目がけて木を切り倒すみたいに横にスライドさせた。

 

 斧を足首に直接くらって痛みを感じたのか怯み動きが鈍くなったその隙にフェヴァルはドラゴンの上に飛び乗ると角を片手で抑えつけ、もう片方の手で深く、爪を体に刺し込んでいった。

 時を同じくしてクレアはドラゴンの翼の付け根部分の上に乗ると斧を精一杯振り上げ会心の一撃を見舞いし、斧一振りで翼と胴体を切断した。


「そっちやるよりここ切った方が早いのにさぁ……頭イカれてんのか?流石、力しか取り柄のないゴリラがよ」

「早めに翼を切った方が動きを封じ込めで安全だからそうした。自信があるのは悪いことじゃないが少々自分の力を過信しているのでは?」

「……ふっゴリラが言えた口じゃないだろ、さっきからずいぶんとお喋りだけどもしかして死にてぇのか? なら歓迎するぜ!」


 フェヴァルはドラゴンの頭上から今にも人を殺しそうな目つきで嘲笑い、クレアを見下ろした。

 けれど彼女にとって彼は周りより戦闘能力が秀でていて性格が曲がってるだけのただのガキにしか映っておらず、彼からどんなに嗤われようが罵られようが痛くも痒くもなかった。


「その言葉そのままアンタに返すよ、まだ倒しきれてない、口よりも手を動かせほら」


 クレアは反対側の翼の付け根部分に飛び移ると先程と同じように斧を振り上げ胴体から切断した。


 少ししてドラゴンは甲高い不気味な声を出すとぐったりと倒れそのまま動かなくなった。


 フェヴァルは今すぐにでもクレアを殴り、泣いて許しを乞うまで痛めつけてやりたがったがそれ以前にお腹が空いてて十分に体を動かせそうになかった。

 そのためまずはドラゴンの肉を剥ぐところから始めた。


──そして今に至る。


 そもそもとしてドラゴンは世界中どこにでもうじゃうじゃといるわけないので食料として貴重である。

 中でもフリザードドラゴンの肉は剥いでその場で頂くか芯まで凍らせないとすぐ駄目になってしまうため、その膨大なコストと手間からお金さえあれば買えるような品物ではなく、幻の食材となっている。

 とある有名なグルメ家によるとそのステーキの味は一流シェフがどんなにあれこれ工夫して他の食材で料理を作ろうと素人が"それ"をただ焼いたものに勝る事はないらしく、死ぬ前に食べたいランキングニ位に入るらしい。


 そこでフェヴァルはフリザードドラゴンの腹肉を持って帰って酒場の店主に焼いてもらうつもりでいたが生肉を目の前にして我慢出来ずに一切れだけ食べてしまった。


「……生で食う人間初めて見た……おいしいかい?」

「あぁ、そんなに気になるならお前も食えばいいじゃん」

「遠慮しとく、それにしても本当に角とか鱗とかいらないのか?アンタのことだから根こそぎ持っていくかと思った」

「美味しくねえし今はいらねぇ」


 お腹が少し満たされたことで気分も良くなったフェヴァルは残りの肉をルイナに冷凍してもらってから帰ろうと思い、洞窟の入り口の方へ戻ろうとした。けれどもクレアが咄嗟に投げた斧によって進行方向を遮られたため止まらざる負えなかった。


「地面に突き刺さってるけどいらないの?ゴミ?なら俺が貰っとくよ」

「なわけないだろ、アンタに話がある」

「……あのことか?ならゴメンだね、もうお前と戦う気も喋る気もないし、じゃあなゴリラ」

「待て、アンタを責めてるわけじゃない、確かにアンタのやった事はほぼ人殺しと変わらないしその後の言葉も下衆極まりないけれど今になって思えばどうしょうもない出来事だった。あの状態からはどんなに優秀な治癒使いが居たって救えやしない。けどアンタのやり方は度が過ぎている。特にその口の聞き方、人を不必要に煽りすぎだ。その生き方じゃいずれアンタ自身の首を絞めることになる」


 責めているわけではないと口にしながらもクレアは真っ直ぐな目でフェヴァルを非難してきたので彼は嗤って通常状態にしていた爪をシャキンと長く伸ばした。









 洞窟に長く留まる理由も無かったので、どうせ好き勝手暴れているだろうフェヴァルを置いてルイナ、ノエル、アネラの三人は洞窟を抜けて焚き火のあった場所へ引き返すとそこには先生が立っており、その隣にはワープゲートが用意されていた。


「あぁ!! 皆さん無事でなりより! 日が暮れてもキミ達のチームだけ帰ってこないもんだからひどく心配したよ! 大丈夫かい? 怪我はないかい?」

「大丈夫もなにもフリザードドラゴンの生息地に着いたんですがどう見ても本来そこじゃないですよね、事前チェックとかしましたか先生、」

「…………それは本当かねルイナ君、昨日テストした時は何も異常がなかったが……もう少し詳しく聞かせておくれ」


 ルイナは状況を説明する前に疲れでクタクタであろうアネラに声をかけると彼は申し訳無さそうに俯きボソボソと話し始めた。


「本当すみません……のろいし足手まといだしその上言われた事もできないだなんて……」

「僕が君に何か命令した覚えはないんだが」

「……えっ、じゃあ自分の記憶違いかもしれません……はは…………すみません」


 ルイナは微動だにしなかった端整な眉をピクリと上げ、暗い顔のアネラに向かって何か言いかけたが、自分の名前を呼ぶ先生の声によってかき消された。


「──、ルイナ君どうしたんだいぼーっとしちゃって、こんな時間だしやはり後日話を聞くことにしようかねぇ。今日は部屋でゆっくり休んでおくれ」

「いえ僕は………そうですね、そうしときます。明日の早朝先生のラボに訪ねます。ではおやすみなさい」


 もしワープ先を変えた犯人が居たとしたら真夜中に証拠隠滅を図る可能性があるかもしれないとルイナは案じていたが兎にも角にも責任は先生にあるので彼は寮に帰ることにした。


「あぁまた明日──んん! 待ちなさい! フェヴァル君はどうしたのかね?」

「奴ですか? さぁ、もう学校に戻ったと思いますよ」

「……キミ達は一緒のグループじゃなかったかい?」

「一緒ですけど……それかどっか外に出てブラブラ散歩でもしてるんじゃないですか、あぁいう奴だって先生もご存知でしょう」


 ルイナは先生の横を素通りしてワープゲートを潜るのと同時に後方でガシャンと何かが割れる音を聞いた。

 けれどもうこれ以上いざこざに巻き込まれたくなかった彼はその音を無視して研究室のクローゼットを出てから自身の寮室へ静かに歩き続ける。

 大広間へと続く階段を降りてからほどなくして足音が一つ増えたかと思うと隣には例の"奴"がニヤニヤしながら片手にパンパンに膨らんだ麻袋を持って歩いていた。


「……君か」

「あぁ、先生かと思った? 俺でガッカリ? それとも嬉しい?」


 フェヴァルは口元を緩ませ小さく笑うと手に持っていた麻袋の中身をルイナに見せた。


 中にはフリザードドラゴンと思われる肉塊がびっしりと詰め込まれており、ルイナには一瞬別の可能性が頭によぎってヒヤッとしたがフリザードドラゴンの特徴である青い血が見えたのでひとまず安心した。


「こんなに持ち帰ってどうする、パーティでも開くつもりなのか? 腐る前に何とか処理しろ」

「だからお前に見せてんだよ、お得意の魔法で凍らせてくんね?」

「……」


 不服な思いでルイナは肉を瞬間冷凍させるともう用はないよなと言わんばかりに颯爽と歩き出した。


「お前飯は?昼から何も食ってなくね」 

「……僕は早く帰って休みたい、だから遠慮しとく。それじゃあ」

「わっ! ルイナさんじゃないっすか!!」


 どこからともなく会話に混ざり込んできたのはルイナの一年下の後輩、ザックだった。

 彼とルイナは同じ寮では無かった。けれど一年前、二人とも図書委員としてそれなりに関わりがあったためこんなふうに彼の方から話しかけることが度々あった。


「それと─ってえぇ! フェヴァルさんだ! 久しぶりっすね! お二人が一緒に居るなんて珍し……」


 独り言かのように語尾を濁らせた後ザックは青い目をキョロキョロさせて麻袋の方に焦点を合わせた。それに気づいたフェヴァルはあの意地悪な笑みを浮かべると袋を前に出した。


「ん? これが気になるのか?」

「はい! めっちゃ……とても気になります! あっまだ開かないで欲しいっす、ボクが当てますんで…………誕生日プレゼント?(でもフェヴァルさん誰かに物を上げるような良い人じゃないし貰えるような人でもない……)うーん、あっ!」

「あ? 誕生日プレゼントな訳ねぇだろ、後悔しても知らねぇぞ? 中は──」

「ゴミ!!!…………ゴミっすよね!? なんかやらかしてそれで監視役としてルイナさんが──」


 そう言って自信満々に答えるザックにフェヴァルは鼻で笑うと、中身が見えるように麻袋の口を開いてみせた。


「……なんすかそれ、、やっぱりどー見てもゴミな気が──」

「うぜぇなてめぇ、はっ……降参するよ、俺にとったら肉だけどお前にとっちゃゴミだもんな?」

「…………えっ? 肉? 何の肉っすか……この量やば……ちょっバラバラにして持ち帰るのは流石に猟奇的過ぎっすよ!!(こんなにたくさんあって凄いっすね、じゃあ俺帰りますね)」


 引き攣った笑顔のまま固まってしまったザックを哀れに思ったのかルイナはいきなり麻袋に手を突っ込むと氷塊を一つ取り出した。


「ひっ……やめてくださいよ! まさかルイナさんも共犯だったとか冗談じゃないっす!(俺は何も見てませんから命だけはどうか!)」

「よく見ろ、人間じゃなくてフリザードドラゴンの肉だ」

「い、嫌だ───えっあぁなーんだ。でもこんな高級食材たくさんどこから盗んできたんすか?」

「あ?てめぇ張っ倒すぞ、俺がこの手でついさっき狩ってきた肉をさぁ……はぁ、お前に食わせてやろうかなとか思ってたけど気失せたわ」

「えっフェヴァルさん料理作れるんすか? 想像できない……(けど高級食材だし誰が作っても美味しいはず!)さっきの発言撤回するんで食べさせてください!」


 茶番劇みたいな二人のやりとりに呆れつつも面白く見ていたルイナは、もうこれ以上自分が関わらなくても大丈夫だとその場から去ろうとしたがフェヴァルに腕を引っ張られた。


「作らねぇよ、美味い店知ってるからそこで調理してもらう。あとコイツが全部奢ってくれるらしいぜ? 良かったな!」

 

 金色の目を細めにっこりと笑うフェヴァルとは対象的にルイナは眉間に皺を寄せると未だに離れない奴の腕を振りほどいた。


「後輩はともかく君は精神年齢が低いとはいえ自分で払えるだろう」

「……ってあいつは言ってるけど割り勘とか俺が払ったりするよりあの監督生様のルイナ"さん"が払った方がいいと思わねぇ? 学校の経費で肉食えるんだぞ」

「何抜かしたこと言ってるんだ、そもそも僕は君達と一緒にご飯食べる予定など無い作ってもらう程度なら大した額にはならないだろう、むしろこんなにあるなら余りが出るだろうから差し引きゼロで──」

「えぇルイナさん来ないんすか? フェヴァルさんと二人きりとか俺嫌っすよ」


 眉をハの字にして拗ねた口調で言うザックに頭を悩ませるも、その気持ちはルイナにとって十分に理解できたため行かないとも言えず言葉に詰まる。


「っじゃ、行くか」

「は…………」

「(監督生が居るから)お金も門限も気にしなくていいって最高っすね! この恩一生忘れないっす!」

「……」


 また誰かに絡まれたり先生に見つかったら色々と面倒なので三人は正面の扉には向かわず左を向き壁をつたって通路を歩いた先にある裏口玄関から外に出ることにした。

 

 この後、あの時引き返せば良かったなどと後悔することをまだルイナは知る由もなかった。

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魔法学校の問題児と僕 無林檎 @murinngo

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