魔法学校の問題児と僕
無林檎
学園生活にて:第一章
先程まで夢中になって字を上から下へと読んでいたのに鼻につくような血の匂いとによって現実に引き戻された彼はわざと音を立て、本を閉じ小さくため息をついた。
凍てついた視線で目の前の男を睨むもののその者は恐縮するどころか堂々と部屋の中を歩いていく。
その男は口角をほんの少し上げると何事もなかったように真横を通り過ぎていった。
「……また同じ事を言わせるのか」
前回も同じ様なことがこの二人にあったのだ。
初めはひどく驚き、普段何があっても変わらない彫刻のような顔がその瞬間だけ僅かに崩れた。しかし奴の悪業の数々を思い出すとすぐに元の表情へと戻った。上半身に付いている血は奴のものではないと思ったからだ。
「何があったんだ」
「ん、何も」
「……理由もなしに人に危害を加えるのは校則に反してるぞ、まさか人の血ではないと言うつもりなのか」
「あーハイハイハイ売られた喧嘩を買っただけだって、あと今更俺に校則どうたらこうたら言って大人しくいい子になるとか思ってんのか?」
金色の瞳をギラギラさせて不敵に微笑むと男は手で前髪をかき上げた。返り血のついた服を着て歩く銀髪の男は夜中でもかなり目立つだろう、けれどどうやって帰ってきたのか彼には想像がつく、きっと脅すなり何なりろくでも無い手を使ったのだと。
「早くその身なりどうにかしろ、今回だけだからな、バスルームが汚れるから次からは1階の大浴場を使え」
「そこって普通下級生が使う場所だろ、普通に嫌なんだけど」
「こんな真夜中に体洗う人外は君しかいないだろう」
『話し噛み合わな』一言そう呟いてバスルームがある隣の部屋へ消えていった。
普段なら10言えば100返すし奴の地雷踏もうものなら躊躇う事もなく暴力で返してみせるのに、そうしないのは余程疲れているのか、色々と気がかりはあるが奴を説得しようとすればするほど精神が消耗されるだけだ。触れないでおこう。
そう決めたのか1週間前の事だった。
結局今日は本の続きを読む気になれなくていつもより早く毛布に潜った。
そして今昼休憩の時間を使って本の続きを読んでるわけだがこの学校、フィリックス図書館は時間問わず常に人気がある為一人になれる訳でもなかった。
けれどだからといって談話室に行こうともここから距離のある寮室にわざわざ戻ろうとも思わなかった。
「……気が済んだか」
「……はっ! すみません、つい癖で……」
青白磁の瞳をした下睫毛の目立つ三白眼から目を背けるとその臆病そうな男は片目を覆うほどの前髪を崩して視界を閉ざした。
彼の名はノイシュ・ブラウン、数少ない読心術の持ち主だ。読心術というのはいわば一種の才能のようなもので一般人は勿論のことそれなりの魔法使いでも習得には40年ぐらいかかるといわれている。
けれどノイシュは生まれつきで相手と目を合わせることで心情を読む事ができる。
「謝らなくていい、むしろ頭を下げるべきは奴の方だろう」
そう言って三白眼の男はノイシュの顔からついさっき読んでいた本に視線を戻した。
彼は名をルイナ・ルディックといい常に淡々とした態度で、感情を表に出すことは無く彼の仏頂面を崩せる人間は誰一人としていない。
しかし手入れされた黒い髪に透き通るような白い肌と宝石のような水色の瞳はその愛想の悪さをカバーしておりどんな美男美女にも勝る美しい容姿をしていた。
成績は常に全教科Aプラスおまけに剣術の扱いがかなり上手く最上級生1個下の5年生(17歳)でありながら所属している寮の現監督性である。
そんな完璧な彼の唯一欠点はやはり慈悲の心を持たない冷淡な人間であることだ、と周りは口々に言う。
しかしノイシュからしてみれば表には出さないだけでさり気なく周りに気を遣ったり、時には助け舟を出したりと噂とかけ離れている人物にしか見えなかった。むしろ冷淡なのは彼の例にいう"奴"であろう。
「……何かあれば遠慮なくオレに相談してください!……しかしなんで他の人は"視える"のにフェヴァルさんだけ見れないんでしょう」
「……要は読心術の持ち主かただ単に何も考えてないだけか……もし読心術を持っておきながら普段からあの様な態度だとしたらもう完敗だ、全く理解ができない」
「うーん……むしろ人の心が読めるからこそわざと嫌がる事をして反応を楽しんでるんじゃないですか? 怖いもの知らずそうですし」
と言いつつも内心『多分それルイナさんだけにじゃない?』と思っていた。確かに昔の彼は陰湿までとはいわなくても気に入らない者には率先して嫌がらせしてたし口を開けは皮肉罵倒のオンパレードだ。
しかし今はどうだろう、誰それと喧嘩したとか泣かせたなどの噂全く聞かないし大人しくなったように見える。それともそれは表の彼でルームメイトのルイナからしてみれば昔の彼とほとんど変わらないのだろうか。
「そういえば君、次の時間生物じゃないのか?」
「あっすっかり忘れてました……! では」
「あぁ」
軽く返事するとノイシュは椅子から立ち上がり即座に図書館から出ていった。生物の授業をする施設はここから少し離れた場所にあり早めに準備しないと間に合わないからだ。ちなみにルイナが今居るこの席から時計は見えないが彼の体内時計は正確なのでわざわざ席を立たずとも把握している。
(次の授業は体系学だったな、時間あるからゆっくり行こう)
もうすぐ読み終わりそうな本をマントの内ポケットにしまうとルイナは静かな足どりでこの場所を去った。途中下級生と思われる女子達から熱い視線を受けたが彼は全く気に留めもしない。そんな事は日常生活の一環としての出来事であり、彼は寮の監督生になることによって注目を浴びる場面が増えることを理解していたからだ。
魔術体系学─それはこの学校に通う者なら種族才能関係なく3年生までは必須の科目であり人によって好みがはっきりと分かれる教科だ。魔術理論と違い、
・魔獣の対処法
・各魔法道具の適切な扱い方
・ダンジョンボス攻略実践練習
などといった具体的な事柄に関して身をもって学べる。
ルイナは別にその教科が特別好きなわけでもなかったが将来の為に一応取っている。言うまでもないがこの授業の内容及びテストはルイナにとって生易しく懸念することもなかった。ただ一点を除いて。
「この前も先週もサボってた癖に今回は来たんだな」
「また休んだら単位落としちゃうからな、馬鹿真面目なお前と違って俺は計算してるんだよ」
フェヴァルは鼻で笑うと可笑しそうに金色の目を細めた。彼を知らない人からすればその爽やかな表情を見て好青年だと勘違いするだろう、先程の発言は誇張でも見栄でも何でもなく彼は実際に計算していて毎回留年する一歩手前ギリギリの成績をあえて取っている。
そこに手間かけるぐらいなら普通に授業に出席して勉強した方が楽じゃないのか? とルイナは度々思うが彼が留年しようとしまいと自分には関係ないので指摘することもなかった。しかし今回は別だ。
「君は留年さえしなければどうだっていいと考えてるようだが今学期はチーム全体で成績つけられるんだぞ、君が度々授業欠席するせいで僕まで被害を受けるんだが」
「はっ知らねーし、別にたかがこの授業の成績落としたからって留年しねーだろ」
「留年が問題じゃない、僕はクズフェヴァル君と違って将来就きたい職業がある。"確実"に成功させるには全教科Aプラスが必要なんだ」
「あ? お前の成績が上がろうと落ろうとどうだっていいし、てか別の人誘えば良かったのにな? あっお前友達居ないのか」
語気は強いがルイナはたいして怒りも沸かなかった。何故なら少なくとも奴よりは人として上という自信があったからだ。そしてそれは鏡のようにフェヴァルも相手よりは自分の方が優れていると考えていた。
彼らは教室の一番後ろの席に座っており小さな声量で言い合いしていた為、幸いな事に先生の耳には届いていなかった。けれど周囲にははっきり聞こえており『静かにしてくれ』と呆れる者も居れば愉快だと内心思う者も居た。
「─ということで今から先生が作ったダンジョンに参加してもらいます、Ⅱ校舎の私のラボにありますので皆さん付いてきてください」
「お前のせいで話なんも聞いてなかったわ、」
「最初から聞く気なんて無かっただろう」
よくわかってんじゃんと言わんばかりにフェヴァルは口元を歪めると嫌がらせの様に机の下にあるルイナの足を蹴り始めた。本気の蹴りではないため大したことはない。
なのでルイナの方は仕返す気もなければ注意する気も無かった。席を立ち上がるとまるで隣の人なんて見えない、存在していないかのような素振りで他の学生達と共に教室から出ていった。
机に散らばっている本や書類にぐしゃぐしゃと丸められた資料、色形様々な植物に歩くスペースも無いほどラボ内はモノで溢れてかえっており何度も通ったことがあるルイナですらいつ見ても圧巻な景色だと感じていた。
「机の上に金貨があるんだけどこれってご自由にどうぞって意味?」
「……」
んじゃ貰おーとフェヴァルは金貨に手をかけると同時に先生がこちらを向く。しかしフェヴァルは焦るどころか堂々としていてついにはその金貨でコイン遊びを始めた。
「私の部屋汚いですねぇ、まぁ皆さんはお気になさらず……ではこちらに……」
小さな声で先生は呪文を唱えると隣にあったクローゼットの扉が開き、服がかけられているはずの中身は星空の様な黒い煙で満たされていた。
フェヴァルが遊んでいた金貨をルイナは横から奪うと静かに元々あった場所へ置き、彼が文句を言う暇も無く即座にクローゼットの内側へ足を踏み入れたルイナは、煙に包まれながら暗闇の中へと進んでいった。
今彼目の前には広大な景色が広がっており丘の上に自分達が立っているのか下方に深緑の森が見える。
それはずっと奥の方まで続いていて一般的なダンジョンの大きさと比にならない。迷路もなければ標識も壁もない、かろうじて天気が曇りなのと霧が若干漂っているのがダンジョンぽいと言ったどころだろうか。
「思ったよりしょぼくないな、もしかして自分で作ったんじゃなくてただワープしただけじゃねぇの?」
「あぁそのとおりですよ、1ヶ月かけて下調べしてたんですが問題なさそうでしたのでこの場所を借りて少しいじらせてもらいました」
これはダンジョンと呼んでいいんだろうか、下調べしたとはいえそもそも大丈夫なのだろうかと誰もが絶句する中フェヴァルは好き勝手に暴れられると気分を弾ませさっそく崖から森の中へ飛び込もうとした──が、既のところで誰かに襟元を掴まれた。
「遊びに来たわけじゃないんだぞ」
「じゃあアソビじゃなければ何? ままごと?」
ナイフを突きつけて脅すみたいにシャキンと長い爪を出すとフェヴァルはそれをルイナの首元にあてた。
「っ……な、何やってるんですか、危ないですよ……!」
もう無視できなくなったのか先生ではなく近くに居た普段は大人しいとある生徒がフェヴァルに声をかけた。ちなみに先生はこれから行うゲームのルール説明や注意事項を話すのに夢中であり、彼らには全く気づいていない。
声をかけた男はクマのある赤色の目を見てもわかるように内気で気が弱く、名をアネラといった。
黒髪を持ち長い睫毛に被せられた潤いのある瞳は甘く、スラリとした長身と庇護欲そそられる顔立ちからか一部の女子から密かに人気がある一方、普段から表情は陰鬱で俯いてるため同年代の同性からは幽霊だとか吸血鬼だとか呼ばれている。
面倒事にはなるべく突っ込みたくないタイプであったものの流血沙汰になるのはごめんだったらしい。
「ん? 見ての通りだけど、もしかして目見えないのか? なら今から俺が状況説明してやるよ──」
フェヴァルが手に力を入れた瞬間ルイナは掴んでいた襟元を外すとすぐさま氷の魔法を発動し彼の足元と手を凍らせた。
しかし凍結程度で怯むはずがなく鋭い爪を持った手のひらを目一杯広げると氷は瞬く間にパリンと割れ、足元に氷を付けたままひょいと崖を滑り降りていった。
「……」
「…………お、お怪我はありませんか……?」
窺うように上目遣いでこちらを見るアネラにルイナは一瞥し無表情のまま遠くを見つめる。
「気遣いありがとう、しかし先程見た通り奴は頭のネジが1本欠けている。自分の身を大事に思うなら今後近づかない方がいい」
「……でも……分かりました、」
ルイナさんの方は大丈夫何ですか、そうアネラは問おうとしたが飲み込んだ。なにせあの人は監督生でありヘッドボーイ(監督生の最上位の役職)の候補でもあるため少し考えれば案じる必要性など無いことがわかるからだ。
それどころか自分なんかが監督生の心情を推し量ろうなど失礼に値するかもしれない、と。
口を噤んでトボトボとみんなの所へ戻ろうとした矢先、アネラは足を止めた。
「……」
「……」
さっきまでいたはずの彼らがどこにも見当たらないのだ。ということは既にゲームが始まっているのだろう。
おそるおそる横を見ると同じくルイナも立ち止まっていた。しかし表情は何も変わらずそれがかえってアネラを安心させた。
「…………」
ちなみにアネラという者、かなりの人見知りである。先程は緊急事態だったため自然に声をかけられた(つもり)、けれども今は何を話せばいいか分からない。
かといってずっと無言の状態が続くのも苦痛だった。
「相手は休みか?」
「……えっ、あっ、そうですね……だから今日はノエルさんと一緒に組む予定だったらしいんですけど……」
「ならいい」
ルイナは普段通り淡々と歩き始める、ならいいって何が? と疑問に思いながらもアネラはルイナの後をついていった。
遮蔽物がない崖の上とは打って変わり森の中は日光がほとんど遮られ涼しくやけに静かだ。ルイナはアネラと離れる様に歩くスピードを速めたり右往左往するもののいつまでもついてくるアネラにとうとう痺れを切らし歩くのを辞めた。
「わざとなのか」
「……わ、わざとって何がですか?」
「……このゲームの順位付け方法は何だ」
質問に答えないルイナに一瞬やや不満を抱いたアネラであったが彼から注がれる鋭い目付きに気づくと恐縮し一歩退いた後に口を開いた。
「ダンジョン内に置かれている宝箱をたくさん見つけたチームから順に─ですよね……?」
「他には」
「えっ、他ですか? え、えっと…………」
「チームでゴール時点に到着した順だ、他にもいろいろあるらしいがそこは割愛するとして君はこの前配られたプリントを読まなかったのか?」
プリントなんて貰ったことあったっけ? と必死に思い返すもそんな記憶はアネラにはなかった。何故なら前回とその前二回続けて授業を休んでおりアネラの分のプリントが無ければそれを指摘してくれるような友達も居なかったのだ。
「……もういい、これをあげるから後は自分でどうにかしろ」
「あっ、ありがとうございます……あっルイナさんの分は……」
「問題ない、……人の心配するよりまず自分の心配したらどうだ? チームメイトが向こうで君を待ってるぞ」
ルイナの視線の先を追うと確かにそこにはノエルがいた。その他にも彼女の友人と思われる者が何人か居てみんなと楽しそうにしている。
どこにもいないと思ったらこんな近くに居たなんて……アネラは自分の不甲斐なさに呆れ目も合わせられずにただペコリともう一度礼をした後ふと俯いた顔をあげる。
けれどルイナはもうその場には居なかった。
森の中を歩き続けて数十分、少し歩き疲れたため休もうとルイナはそばにあった切り株に腰を下ろした。喉の渇きを感じ氷結魔法で空気中の水分を塊に変えそれを口に放り込もうとした矢先何かがコトンと彼の肩に当たった。
「のんびり森ん中でお散歩中ですかぁ? 成績どーのこーの喚いてた癖になーんも達成してないとか滑稽だわ」
声のする方に顔を向けるとそこには木の枝に仰向けで寝転んでいる銀髪の男がいた。その男は両手に宝箱の中身が入っているだろう膨れた麻袋を持っており、躊躇なく手を離すとルイナの目の前へ飛び降りた。
ルイナはもちろん落下する麻袋など受け止める気がなく横に避けると袋はドサッと地面へ落ちた。
「……てかお前何食べてんの? 腹減ってるから俺も欲しいんだけど」
ルイナは質問に答えずにただじっと何かを見ている、口ん中見せろと口元に伸ばした手を払うと軽く瞬きした。
「一定間隔に宝石が置かれた痕跡があるのだが、こんなわかりやすい罠に引っかかった間抜けが居たのか?」
「ん? あー居たなぁ、しかも集団で。ギャーギャー騒いでて笑えたわ、おかげで宝パクれたし、ていうかお前間抜けって言い方は監督生様にしては口悪過ぎねぇ? あいつら宝置いて逃げたんだぞ? 聖人さまさまだろ」
嘲笑うように目元に笑みを浮かべながらルイナを見た。
ふと話の流れがいつの間にかルイナによって逸れていった事に気づいたフェヴァルはルイナに悟られないよう自然な動作で少しずつ距離を詰めていった。
いくら目の前にいる男がルームメイトとはいえ元々自身のパーソナルスペースが広いルイナは無意識に一歩二歩退くもののフェヴァルとの距離は縮まる一方だ。
『そこどいてくれないか』そう言おうとした寸前、鋭い爪で肩を掴まれ木の幹に強く押しつけられ思わず"うっ"と声が漏れた。
意図してなのか偶然なのか幸い絶妙な角度に長い爪が交差していたため肩に傷ができるような事はなかったもののルイナが抵抗手段として発動した氷のシールドはフェヴァルの爪で割れてしまった。
「やめろ……急にどうしたんだ」
フェヴァルはルイナより頭1つ分背が高くルイナがフェヴァルを睨むと上目遣いとなる。いつもの仏頂面がほんの少し崩れ瞳孔が微かに開くのを見てフェヴァルは面白そうに微笑んだ。
「俺はなぁ、冗談抜きで腹減ってんだよ。てかそもそもお前成績のために俺を無理矢理参加させたよなぁ? それなのにお前はのうのうと仕事もせず飯食ってるとかマジで理解できねぇんだけど」
「離せ、しかも先程口に入れたのはただの氷だ。君のあの優れた嗅覚はどこに行ったんだ? お腹減ると嗅覚も知能も全て低下する仕様か?」
そう言われフェヴァルは押さえつけていた腕の力が一瞬緩んだ。その隙にルイナは彼と木の間から脱し僅かな間で作り上げた氷塊を魔法でフェヴァルの口に放り込んだ。
「っ! おいおい少々乱暴すぎないか?……まーでもちょうど喉もカラカラだったし助かったわ、」
皮肉めいた声で雑に感謝を述べると手を頭の後ろで組みフェヴァルはのんびり歩き始めた。
「……お前って解除魔法とか使えた?」
「……君は僕がわざわざ必要もないのに無効化魔法をかけたと疑っているのか?」
無効化魔法とはその文字通り相手、もしくは範囲内の生き物の能力を一定時間無効化する強力な魔法である。魔法をメインとした生活を送る人なら当たり前に使えるが数時間の練習で安易に扱えるような代物ではない。
「遠回しに解除しろって言ったつもりだったんだけど、お前がかけていようがかけまいが知らんし」
「……ならそのままでいろ」
ルイナは右手から氷の短剣を作り出すとためらうことなく自らの腕を切りつけぽたぽたと垂れる暗赤色をすくい取った。傷口をハンカチで巻いて塞いだ後地面をキャンパスにして円や三角やら複雑な記号を描いている。
「……ハハッ俺がやってあげたのに」
短剣じゃなくて俺の爪で。魔法陣を描くのに集中しながら半分隣の人物に注意を向けていたルイナはフェヴァルの言葉をそう受け取った。
やがて描き終わりルイナは小さな声で何か唱え始めた途端魔法陣は中心から外側に向かって青白く光り、植物のツタが生えるように氷が上に向かって形成されていき氷の門となりそれは石の門へと変化した。
フェヴァルの前を素通りして門の中へ入っていき扉を抜けると、ダンジョンらしくない先程の光景とは変わって辺りは霧がかかり石碑や人工的に作られた岩のようなものが点在している。先生が作ったというダンジョンはまさにこの場所だろう。
ルイナは思い出したように後ろを振り向くと『ゴール時点前に集合だ、くれぐれも寄り道なんかしないように』と淡々に告げた。
「……あ? チームで協力しないと駄目なギミックとかあるんじゃねえか? チーム全体で成績つけられるんだろ?」
「プリントには過程を問うような記載がなかったしもし問われたとしても君なら話合わせられるだろう」
「……」
「そういえば最近『仮面をつけた狼男が各地ダンジョンで暴れまわっている』という噂を耳にするがその正体は君だよな?」
急に話が変わり一瞬固まるものの意図を汲み取ったフェヴァルは目を弧にしてルイナを見返した。
「相変わらず話が回りくどいよなぁ? 要は『お前1人でも余裕だろ』って事言いたいんだろ? 俺と一緒に行動するのそんなに嫌なんだ?」
「あぁ」
ニヤニヤと笑っているフェヴァルに対してルイナは即答し、誰も入ってこられないように氷で門の扉を凍らせるとダンジョンの奥へ進もうとした。しかし左を通ろうと右を通ろうとフェヴァルが通せんぼするため無理矢理突破しようと体当たりするがビクともしないしもちろん退いてくれる事もない。
「ここで君に構ってる暇は無いんだ、早く退いてくれ、君と協力する気はさらさらないし出来るとも思わない」
「言われなくてもンな事見ればわかるわ」
「ならどけ」
「んー……嫌だ」
そう言って可笑しそうに口角を上げ目を細め微笑を浮かべる姿は彼の一目引く容姿と幼さが残ったあどけない表情の裏にこれから相手を貶めるような中傷の色が滲んでいた。
僅かに眉をひそめルイナはため息をつくとフェヴァルが持っている袋に目を向けた。
「……君が宝をほとんど根こそぎ持っていったせいでどこにも宝落ちてないから道中ダンジョンの仕掛けを解いて出入り口を壊していたんだ」
「ふーん……で? さっき新しく入り口作ってまた壊したって感じ?」
「壊してなんかいない、氷漬けにしただけだ。たとえ火があったとしても十分溶けきるのに時間がかかるだろう」
「……ふっ、ははっお前やっぱ良い性格してんな」
フェヴァルが言えた義理じゃないだろう、そう思いながらも口元を少し緩ませた刹那、何かに気づいたのかルイナは無表情に戻ると素早く手から氷のナイフを出現させダーツのように前方へ投げる。
フェヴァルの頬すれすれを通過したかと思えば彼の後方から『ひゃっ』という甲高い悲鳴がした。
「盗み聞きすんのお前ら下手くそだな、バレバレなんだけど、それともわざとか? もしくは挨拶できない感じ?」
笑いながらフェヴァルが言うとそれに答える者は現れず数秒場に沈黙が宿った。ほどなくして木々の間から黒髪の青年とグレーのふわふわとしたセミロングの少女が顔を出した。
「あ、え、えっとすみません……話しかけにいこうとしたんですけど割り込むのも悪いかなと思って……様子を窺ってて─」
「何言ってんのか聞こえねー」
本当はこの小さな声量でもフェヴァルの耳には十分聞こえているのだが彼はわざと言葉に出すとその青年アネラは恐縮し黙り込んでしまった。ちなみにその隣の少女─ノエルは青い目を輝かせてルイナの方を見ている。
「……君たちどうやってここまで辿り着いたんだ」
確かダンジョンの出入り口を壊した時そこにはまだ人が入った痕跡は無かったはずだ。修復するとなると時間がかかるだろう、途中までアネラと共に行動していたし別れてからというものそこまで時間は経っていないはずだ。もしかして彼らは自分と同じように1から門を作り上げたのか?
ルイナはじっくり考え込んでいるとそれを見たアネラが口を開いた。
「あっ…正規のゲートがなんか壊れてたので破片や文字を手がかりに魔法陣を発動したんです」
「なるほど、ではあの集団はどうやって追い払った?」
「……集団?」
「私の友達の事ですか?」
「……」
「それならアネラ君と合流した時別れました!チーム戦なのに一緒に居るのってあまりよくないかなーと思いまして」
実際はそんな事思っておらず一緒に行動するつもりだったが隅で佇んでいるアネラが可哀想に思えたため友人達と別れたのだ。おかげでルイナ様と会えたのだから─と、ノエルは自分の行動に満足していた。
「じゃあ何でこっちに来たんだよ、チーム戦なんだろ? お前らと同じチームになった覚えねぇんだけど」
「あぁえっとそれは……」
「ここ一帯全て調べ尽くして何も無くて何故か帰ろうにも帰れなくて─途方に暮れてたところルイナ様…ルイナさん見かけたので何か助言を頂こうと思いまして」
ノエルが口を挟むとルイナは眉を下げ後ろに目をやった。
「本当に端から端まで全て調べ尽くしたのか?」
「っはい!もちろん!ここら辺意外と狭くて透明な壁に囲まれてて遠くへ行けませんでした……」
「壊せるんじゃね?」
「いや? 二人で石とかぶつけてみたけどびくともしなかったよ? ね? アネラ君」
「…………あっ、うん、」
ぼーっとしていたのかアネラはワンテンポ遅れて相槌をした。
「お前らの力がカスだっただけじゃねぇの?」
「なら今行って確かめればいいじゃない!」
めんどいからパスと言ってフェヴァルはふらふらと遠くへ行った。もちろん見に行った訳でもなく、彼らから十分に見えない所まで歩くと狼に変身し茂みの中で目を閉じた。
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