追いかける

佐々井 サイジ

追いかける

 アスファルトに黒い染みが無秩序に増え始めた。濃い色はどんどん広がっていき、すぐに塗りつぶされてしまった。通行人は傘を広げだした。今日は雨の天気予報だったのか。僕はいったいこの橋の真ん中にどれくらいいないといけないんだろう。鞄を頭上に乗せて小走りで横切るスーツ姿の男の顔を目で追う。あいつではない。


 十二月のはずなのに寒さも冷たさも微塵も感じない。ただ目の前を素通りする人の顔を確認し、時間が流れていく。傘のせいで顔が見えなくい。息を吐いても白くならないことに気づいたとき、黒いダウンジャケットを着た男が横切った。背格好があいつと似ている。後を追いかけた。追い抜いて顔を確認すると全くの別人だった。


 男は何も言わずに僕を通り過ぎていった。もと来た道に引き返しながら考えを巡らせる。だいたい、本当に事件現場に犯人が戻ってくるのだろうか。ドラマやアニメを見すぎただけで実際はそうではないかもしれない。でも刑事や探偵ものの作品には不文律のようにその法則があることもまた事実だ。


 あの顔だけは忘れない。体が川へと吸い込まれるように落ちていくときにフラッシュのように雷が光り、あいつの顔が見えた。目が丸く豚鼻で唇が分厚くてえらの張った不細工な顔。知り合いにはいなかった。あいつは誰なんだ。許さない。顔を上げると男が僕と視線を合わせて端正な顔を歪ませていた。


「僕が見えるんですか?」

「霊感は……ある方なので」

「あなたを呪うつもりは無いのでご心配なく」

「何をしてるんですか?」

「ある男を探してるんです」

「ある男?」

「僕をこの橋から突き落として殺した男です」

「名前や特徴はわかりますか?」

「名前はわかりませんが顔の特徴はわかります」


 僕が見えるという男に、犯人の顔の特徴を伝えた。声に出すほどに怒りがせりあがってきた。


「どうせ犯人の男は自分の不細工さに嫌気が差して僕のような容姿の整った人間に恨みを持ってたんでしょうね。逆恨みもいいとこだ。おかげでこんな地縛霊になってしまって。あなたも気を付けた方がいいですよ」


 蝙蝠のような大きな傘で男の顔が見えなくなった。そういえばこの男、顔は全然違うが、体つきはあいつに似ている気がする。傘の角度が変わって男の表情が見えると、明らかに怒気を孕んでいた。僕のために怒ってくれているのだろうか。


「お前を殺してよかったよ。糞みたいな悪口ばっか吐きやがって」


 男は立ち去り始めた。僕を殺した後に整形したのか。僕はすぐにあいつを追いかけた。しかし、ある一定のところから先に行けない。鎖で足が繋がれているようだった。地縛霊だからか。亡くなった場所から縛られて動けない。


「待て」


 大声で男を呼び止めるが、手をひらひらさせて橋を渡り終えてしまった。

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