離任式

佐々井 サイジ

離任式

 マジで春休みの途中に離任式する意味わからん。修了式のときでいいやん。休み中に学校行くのは部活だけで充分やって。体育館寒いし。終わったら悠太と帰るついでにコンビニ行ってなんか買お。ってか栗原どっか行くんや。マジか。かわいかったから数学頑張れたのに。もう数学無理やん。次中三やのに終わったわ。


 悠太、こっち振り向くなって。口パクで「マジか」とか言わんでいいねん。まああいつもかわいいって言ってたもんな。あとでお互い慰め合わなあかんな。あ、美術の三浦もどっか行くんや。あいつちょっと変やったもんな。実はクビやったりして。ハゲてんのはヤンキーに髪の毛抜かれたからって話ほんまなんかな。


 三浦が全校生徒の前で話すことってないからなんか新鮮やな。てかマイクの前に立ってんのに全然話し始めへんやん。三浦の後ろに座る校長、貧乏揺すりしてんちゃうん? やばいってはよ喋れよ。離任式長引くやんけ。悠太こっち見んなって。怒られるやろ。はあ、だるい、寒い、帰りたい。


「こうやって黙ってると、気になりますよね。普段、地味な先生でも」


 急に喋り出した、怖っ。何なん? こんなヤツやったっけ。だから悠太、こっち見てにやけんなって。俺まで笑けてくるやろ。隣の藤本さんと目合ってもうたやん。しかもちょっと笑ってるし。クラス別れる前にもっと話しとけばよかったな。


「ウサギとカメの童話がありますよね。ウサギとカメが競争して、ウサギはカメが遅いから途中で居眠りして、そのうちにカメが追い抜いてゴールするという話。皆さん知ってると思います。ですが皆さん、世の中結局、遅い人はいつまで経っても寝てるウサギにさえ追い付けないもんですよ。これが真実です。


 僕は女の人と喋るのが苦手でね、大学生くらいでやっと普通に話せるようになったんです。その頃に好きな人がいたんですけど、友人にどうしたら付き合うことができるか相談してたんです。その友人は恋愛経験もあったから的確なアドバイスをくれるわけですよ。めっちゃ親身になってくれましたけどね。


 でもね、もらったアドバイス通りに行動に移そうとしてもなかなか勇気が出なくてね。遅いどころかスタートさえできてない状況ですよ。そしたら相談してた友人が『相談されてるうちに俺も好きになってもうた』言うてね、その子と付き合いだしたんですよ。一瞬で追い抜かされましたよね、はい。


 当たり前です。だってスタートしてないカメなんて敵ちゃいますからね。まあ今のは一例ですけど、ウサギとカメの童話の話を信じてゆっくり努力してるようではダメですよ。受験だって、入試当日までにその偏差値まで届かないと意味ないですからね。そうそう、受験と言えばもう一つエピソードがあって、


 美術の先生やってますけど、勉強はできたんですよね。まあコミュ障で人と関わる時間が少ない分、絵と勉強に時間を費やしたからなんですけど。だから僕、県内トップの公立高校に進学したんです。その頃は美術教師になるなんて思いもしませんでした。親は『ようやった』って褒めてくれましたね。


 通学の電車で、中学のときに同じクラスやったヤンキーがいたんですけど、金髪でピアスあけて、同じような見た目のヤツと大きい声で喋っとってね、なんか見てて恥ずかしくなりましたよ。こんな奴と同じ教室に囲われてたんか思うと気持ち悪くなりましてね。勉強できてて良かったって思いましたよ。


 でもね、美術教師になって、同じようなヤンキーに絡まれるんです。僕三十歳、向こう十五歳。そいつらを糞に群がるハエを見るような目してたんがバレたんやろな。僕の髪の毛を掴んでぶちぶち音が響きましたよ。おかげで頭頂部は薄いまんまです。彼女できたことないのにようやってくれたな思うばかり。


 そいつらにはきっちり復讐しましたよ。一応、先生なんで生徒の住所を知るくらい簡単です。ヤンキーと言えど深夜二時とかはさすがに寝てるんで、家に忍び込んで、同じように髪の毛むしり取ってやりましたわ。最近、丸山君と、横山さん来てないでしょ? あれ、僕が髪の毛を抜いた次の日から来てませんよ。まあ十代でハゲてしまって人前に出れるわけないですもんね。ははははは。まあ、そんなんしても僕のハゲが治るわけないんですけど。


 でもまあハゲで良いとも思ってるんです。だって彼女できない原因を若ハゲに擦り付けられるじゃないですか。人間性は良いのにっていう感じで言えるじゃないですか。そういう意味ではハゲて良かったです。長いこと話しましたが僕の言いたいことは」


 あ、校長が出てきた。三浦からマイク奪った。


「三浦先生、ありがとうございました。時間の都合上ここまでといたします」


 俺、人生で初めて校長に感謝してる。三浦、何喋っててん。てか、ヤンキーに髪の毛抜かれた話、ガチやったんや。しかも、髪抜き返したんや、怖……。


「お前いい加減にせえよ。ワケわからん話ばっかしやがって。阿保」

「すみません……」


 何、今の。校長がマイクのスイッチ入れっぱなしで三浦にマジギレしたんか。いや、こればかりは校長悪くないやろ。体育館、めっちゃ静かやけど。寒さも増した気がするし。校長ってあんな口悪いんや。


 あれ、三浦が一人だけ壇上から降りてる。たぶん、校長に降りろって言われたんやろうな。俺が校長でもそう言うと思う。わざわざ自分の童貞告白を中学生にして何になるねん。ってかヤンキーの髪抜くって普通に事件ちゃうん?


「浩太、やばいやばいやばいどうしよう」悠太が喋りかけてきた。

「何がやねん」

「俺も三浦の髪の毛抜いてん」

「は? いつの間に?」

「丸山さんと横山さんが三浦いじめてる現場に出くわしてもうて、脅されてやってもうてん」

「でも、もう三浦もどっかいくし、大丈夫ちゃうん?」

「違うねん。やばいねん」

「何でやねん」


 悠太がしつこく感じてきた。早く終わってほしい。


「だって三浦こっち近づいてきてるもん」


 顔を上げると、立ち並ぶ教師の背後をゆっくり歩いて、どこか笑みを浮かべている三浦が確かに向かってきていた。

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