私はみんなとは違うから

 主人公の沙羅は混血で、「浅黒い手」を持っている。
 背が高く、カーリーヘア。日本では目立つ容姿だ。
 父はすでに亡く、日本人の母と二人暮らし。
 夢は本場で学んでシンガーになること。

 ――とてもとてもお金がいる、遠い夢。


 リズム&ブルース。
 身体に流れるのはその音楽。
 わたしの夢に連れて行って。あなたたちのところまで連れて行って。
 音楽が鳴れば身体が揺れる。
 他の子とは違う外観であることも、奇異の眼で見られることも、忘れてしまう。
 だってわたしはあなたたちと同じだから。
 血を絞り出すような哀しみと、拳を空に突き上げる解放感のR&B、この歌をうたっていたのは、わたしと同じ、外れ者。


 沙羅のアルバイト先には翔太という男の子がいて、彼はダンスを踊っている。
 だって俺はみんなとは違うから。
 俺が動くとみんなが嫌悪感をみせるから。だから俺は叫ぶんだこの全身を使って、最初から。
 これはダンス、俺はダンスを踊ってる。

 学校でも家庭でも。
 世の中に出てもわたしたちは外れ者。でも音楽に乗せて歌う時、踊る時、それをきれいに忘れてしまう。
 歌いだせば、踊りだせば、奇異なものを見る冷たい視線は、感嘆の眼にかわる。
 わたしたちは繋がっているの。
 誰と?
 哀しみから立ち上がった歌姫に。
 この踊りを世界で初めて披露したダンサーに。

 きっとみんなは眼を丸くする。眉をひそめる者もいるだろう。
 なんだこれは。定型ではないではないか。

 そうだよ、わたしたちは定型ではない。いつだって外れ者。
 教えてあげる、リズム&ブルース。
 この歌声とこのステップ。
 雨の中でも嵐の中でもきっときっとやり遂げる。


 ――とてもとてもお金がいる、遠い夢。


 この物語の中には夢を諦めた大人、夢みる若者を欲望のはけ口にする大人、夢を叶えることの厳しさを知る大人が出てくる。
 彼らが用意するステージに、主人公の沙羅は立つ。

 これは出版されていた小説なのだろうか。
 そう錯覚するくらい、実に巧い作者さまである。
 沙羅とは対照的なキャラとして出てくる「ありす」の造形に注目して欲しい。

 お人形のような美貌を持つありすは、実に生々しく、したたかで、自分の値打ちをよく知っている女の子だ。
 ありすがなりたいのはライトを浴びて成功するシンガーであって、沙羅のように内的な衝動に突き動かされてはいない。
 その分だけ余裕があり、その分だけ野心に対して真っ直ぐである。

 ありすは沙羅のように無様な失敗をしたり、おどついた態度でステージに立つことは決してない。
 いつでも真正面から努力して、挑戦して、自ら泥水を呑んで堂々と欲しいものを手にしてきた賢い少女。
 ありすが陽ならば、沙羅は陰だ。
 しかし不思議なくらい、この「ありす」には沙羅よりも痛々しさがつきまとう。
 その痛々しさとは、ありすは沙羅のように歌うことは決してないのだという、未来が見えるからだ。


 わたしたちは外れ者。


 陰を抱えて沙羅はステージに向かう。
 折れて汚れた羽根を持つ沙羅は喉をひらく。想い切り。
 わたしは歌う。外れ者の歌を。
 リズム&ブルース。
 その音楽は、深い哀しみと挫折を持つ浅黒い手の者たちが、世界に対して叩きつけるようにして歌ってきた歌。
 沙羅の歌なのだ。


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