第6話 甘い報酬
村戸の脳内で、志谷の台詞が繰り返される。
ーー私の恋人になってください。
冷えていた耳に熱が籠る。何を言われたのか理解できなかったが、無理やり飲み込んだ。
『……そうか。俺の自殺を止めようとしてんの?』
「いえ全く。村戸君の命をどうしようが、村戸君の勝手です。しかし、村戸君は私に報酬を支払う義務があります。なので、報酬として恋人になってください」
『意味が分からないんだが…』
微妙そうな声の村戸に、志谷は淡々と答えた。
「私の行きつけのカフェが、『カップルメニュー』を始めたんですよ。カップル限定で提供されるメニューなので、独り身の私には手が出せません。
どうしようかと思っていた矢先、丁度いい感じの人から電話がかかってきました。それが、村戸君です」
『へ、へえ』
丁度いい感じの人扱いされた。
「私の恋人になって、一緒にマウンテンパフェを食べましょう。とてもおいしいですよパフェは。人を幸せな気持ちにしてくれます。
美味しい物を食べた後に死んだって、遅くは無いのでしょう? なら、少しばかり付き合ってください」
『…俺、甘い物苦手なんだが』
「丁度いい。カップル限定メニューには、灼熱カレーがあるので、それも注文しましょう」
(グイグイ来るなこの人)
スマホでマウンテンパフェを調べると、ボリューム満点の巨大なパフェが表示された。見るだけで胸焼けする見た目だ。
村戸はこのガラスの丼をパフェとは認めたく無かった。
『そのマウンテンパフェは、お金さえ払えば1人でも食べられるんだろ? それで良く無いか?』
「改めて確認したのですが、どうやら1人で食べ切れるのはフードファイターの方たちのようで、一緒に食べてくれる人が必要らしいです。珈琲がおかわりし放題らしいので、一緒に頑張りましょう」
『俺が行く前提で話を進められてる…』
「当たり前ですよ」
志谷は自慢げに話した。
「言質は取りましたから」
ーー「報酬は、こちらから提示しても構いませんか?」『え、ああ、良いけど…。出来れば、20万円以内で頼む』
問題を始める前のやり取りを思い出し、村戸は額に手を当てた。
『言ったな〜、そんな事……』
「でしょう?」
『志谷、何でそんなに執念いんだ? もしかして、俺に惚れて…』
「いえ、全く。強いて言うなら、マウンテンパフェに惚れているだけですね」
『あ、ハイ…』
「で、報酬は支払っていただけますね?」
トドメの一撃とばかりに質問され、村戸は観念して肩を落とした。
すっかり暗くなった公園で、志谷は胸を撫で下ろす。マウンテンパフェを確保できる事もだが、知人の死期を延長できた事にも安堵した。
中学以来とはいえ、死にそうになっている人(加えて自己申告)を放っておくのは、パフェの後味が悪くなる。
今回の予想は、偶然当たったから良しとしよう。
村戸の次の約束を取り付けた志谷は、スマホを鞄に入れ、満点の星空の下で伸びをした。
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