第5話 村戸の目的

 沈みかけた夕日が、公園の遊具を仄暗く照らす。「村戸が自殺しようとしている」という予想の正解に喜ぶ事なく、志谷は静かに話を続けた。


「村戸君は、二問目の質問の時、『家族会議での内容は目的に関係するから言えない』と言いました。家族会議の後に家族間での会話が無かったことから、話の内容は、村戸君に取ってストレスのかかるものだったと推測できます」


 何故、いきなり志谷に電話したのか。メールでは無く、口頭でやり取りをしたいと思ったのか。


「最初は、気晴らしで外に出て、私に電話をかけたのだと思いました。

 けれど、私と村戸君には、中学で同級生だった事しか接点がありません。加えて、村戸君は私の噂を聞きつけて、私に電話をかけてきた。

 記憶力のいい相手であれば、誰でも構わなかった」


 中学生の頃、村戸は教室の隅でラブロマンス系の小説を読んでいた。もし、あの頃の気質が今でも変わらないのだとしたら。


「展望台に行くだけなのに、何故、あまり接点のない私に電話したのか…。展望台は10mあり、その下はコンクリートの斜面と川です。頭から落下すれば、死ぬ確率が上がります。

 報酬を20万円くらいという大金にしたのも、今から死ぬ自分にとって、お金はどうでも良かったからなのでしょう。

 ーー村戸君は、たった今、展望台に向かっている。私に電話をかけたのは、自分が死んだ後、一人でも多く自分の事を覚えていて欲しいから、でしょうか。

 私はそう予想します」


 反論は直ぐに返ってきた。


『俺は質問を始める前、報酬は後払いすると言った。自殺したら払えないと思うけど』

「後で私から住所を聞いて、現金を輸送するつもりだったのでは?」

『それもそうか。けど、自殺では無く、単純に海外留学するから、同期に声をかけたかっただけかも知れない』

「村戸君は、二問目の質問の際『電話を掛ける前は、誰とも話していない』とも言いました。留学なら、私以外の友人知人に先に連絡するはずです。接点の無い私に、こうして電話ができているのですから、コミュニケーション能力はさして低いようには思えません」

『……そうか』


 電話の奥で、溜息をついているのが分かった。

 土手では、村戸が、金銭入りの封筒の入ったポケットに片手を突っ込みながら、したり顔で笑っている。誰かから「髪を切ればイケメン」と褒められた顔が、ぎこちない笑い声を溢した。


『大体、正解だよ。俺は今日、展望台から落ちて死ぬ。あそこは錆びて立て付けが悪くなっているから、落ち放題だ。その前に志谷に電話したのは、そっちの予想通り、俺の事を覚えていて欲しかったから。…ごめんな、自分勝手な都合に巻き込んでしまって』

「何故、私だったのですか。他にも、仲の良い友人はいた筈では」

『……あー、俺、中学では3年間友達できなくて、高校の時は虐められてさ。大学デビューでどうにか持ち直したのはいいものの、遊びすぎて勉強についていけなくて、親から呼び出されたんだよ。


 いきなり出された過去に、志谷は内心で動揺する。部外者の自分が聞いてもいいのか迷ったものの、折角話してくれたのだからと相槌を打った。


「大学のサークルメンバーは良い奴らが多いけど、所詮は若者の集団だ。自殺に失敗した時に噂になるのを考えると、志谷が1番妥当だ思った』

「…私が、『記憶探偵』として有名で、且つ村戸君の通う大学とは全く別の大学に通っているからですね」

『当たり』


 自分が死んでも、家族以外の人に自分の事を覚えていて欲しい。本人が言ったように、何とも自分勝手な願いだ。

 「記憶探偵」など、若気の至りでしか無い。暇だったので、同級生の相談に乗っていたら、あれよあれよという間に噂が広がり、呼ばれるようになってしまった。

 それが、巡り巡って今回の件に繋がるとは、運が良いのか悪いのか。


『じゃあ、村戸の住所を教えてくれ。今から送るから』


 土手にポツンと佇む赤いポストは、昭和の名残らしい。村戸はポストの上に金銭入りの封筒を乗せ、ペンを取り出した。


「その前に、報酬の件について一つ良いでしょうか」

『良いけど…何だ?』

「村戸君は、付き合っている方はいらっしゃいますか」

『いや、全く。年齢=恋人いない歴』

「気が合いますね。では、。それが、今回私が欲しい報酬です」

『……え?』


 突然出された要求に、村戸はペンを落としてしまった。

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