第2話 一問目

 数年振りに会話する村戸の要望に、志谷は首を傾げた。


「問題を推理して答えろ? その、意図が読めないのですが」

『今、暇か?』

「はい。暇です」

『なら、暇つぶしだと思って話に付き合ってくれ。報酬は後で払うから』


 報酬、と言う言葉に志谷は反応した。


「報酬は、こちらから提示しても構いませんか?」


 マウンテンパフェ用の料金に目が眩む。村戸は急に食いついてきた志谷に若干怯んだ。


『え、ああ、良いけど…。出来れば、二十万円以内で頼む』


 志谷は訝しんだ。


「……村戸君、何か事業でもしているのですか? もしくは、ご両親が富豪とか」


 でなければ、二十万という大金を大学生がホイホイ出せない。


『いや。俺は一般家庭だけど。お金は…まあ、バイト代を貯金してたら溜まった。それより、推理してくれるんだな?』

「そもそも、なぜ私にそのような依頼を?」

『だって志谷、中学の時「記憶探偵」で有名だっただろ。どんな失せ物もその完璧な記憶で見つけ出すって言う…』

「何ですかその謳い文句…。まあ、それは今の話題には関係ありませんね。

 探偵のように真相を掴めと言われても、私には出来ませんが、予想する事なら可能です。報酬の為にも、やってみましょう」

『そうか』


 読もうとしていた小説を閉じて、ベンチに深く腰掛ける。

 休日の午後。公園には家族連れが目立つ。子供たちは、友達と一緒になって遊具を元気良く走り回っている。


『志谷は、高校から大学まで、東北の方に行くって言ってたよな?』

「はい。地元から離れた所で…そうですね、もう5年は経つかと」

『そうか、良かった。じゃあ、早速問題を出すぞ。問題は、全部で三問だ』

「分かりました」


 第一問。


『俺の居場所を当てて欲しい』


 真剣に言われた問題に、志谷は片眉を上げた。


「……」

『…おい。今、俺のこと痛い奴だと思っただろ』

「…いえ」


 社交辞令だ。本当はそう思った。若干責める口調の村戸を誤魔化す。

 何の問題が出されるのかと思えば、居場所を当てろと。やる気が半分無くなったが、何故態々その問いを出したのか気にはなる。報酬も弾むようなので、志谷は渋々村戸に指示を出した。


「…では、スマホを対面モードにして、村戸君の周囲の景色を見せて頂けますか」

『カメラが壊れてて、それは無理だ』

「では、スピーカーモードにして、周辺の音を聞かせてください」

『分かった』


 音声が切り替わり、先ほどまで聞こえなかった音が耳に入る。

 電車の通過音と、カラスの鳴き声。小さいが子供の笑い声に、懐かしい夕焼け小焼けのチャイムと、その奥の金切り声が混ざったおばさんたちの井戸端会議。


(この夕焼けチャイムは、地元のだ。井戸端会議をしているおばさんたちは、中学校の通学路によく屯していた。金切り声は、リーダーの斉藤さんのものだろう)


 電車の通過音は、そう遠くない位置から聞こえた。つまり、村戸は通学路の内、線路を目視できる位置にいる。子どもの笑い声は公園からだろうか。

 土手にある高さ10mの展望台以外は、何もない殺風景な地元だ。電車が見えて、公園が近い場所といったら、駅周辺くらいしか思い浮かばない。井戸端会議も、駅近くの公園で開かれていた覚えがある。

 けれど、それにしては、音が段々変わっているような…。


「……村戸君は、私たちの通っていた中学のある地元にいますね。場所は、最寄駅付近にある公園の近く。それも通学路の途中ですが、完全な位置の把握は不可能です」

『理由は?』

「ーー村戸君、移動していますよね。カメラが壊れていると言ったのは、嘘であれ事実であれ、私に移動していることを悟らせないためです」

『…正解だ』


 第一問、クリア。

 小さく息を吐く。

 村戸は流れていく景色に目を細め、志谷は風で捲れた小説を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る