人が鬼に近づくとき
――死体が発見されるよりも数刻前、人が寝静まった深夜。
「何よ、こんなところに呼び出して……って、ちょっと! ここに閉じ込めてた子は?」
小屋の中を覗いた娘が声を荒げる。
その直後、娘は後ろから突き飛ばされ、小屋の中に押し出されてふらついた。
「……逃がした」
娘に対しそう答えて、たき子は小屋の入り口をふさぐ。
「……あんた、貧乏者のくせに、うちに楯突く気なの?」
信じられないという風にたき子を見た娘。
「……あなたは、この村のことを何にも知らないくせに、村でふんぞり返る気なの?」
「それの何が悪いの? お金をたくさん持ってる人が一番偉いのよ? 東京じゃあみんな知ってる事実だわ。こんな何もない時代遅れの田舎に住んでるあんたたちに比べたら、うちの女中のほうがよっぽど格上ってものよ」
「そう。で、じゃあその一番偉い貴方様は、何をするつもりなの? あなたが村の小さな子供を閉じ込めてたって、村長さんや巡査さんが知ったら、さすがに問題になるわよ?」
……たき子は、本気で言っている。
そう直感した娘は、とっさに手元に落ちていた縄を両手に持った。
これなら、力の強そうな男を連れてくるんだった。
必ず一人で来いという誘いに乗ってしまったことを後悔しつつ、隙を見てたき子を襲えないかと考える。
――が、それよりも速くたき子の右手が飛んできた。
ものすごい力を受けて娘は小屋の壁まで吹き飛ばされ、叩きつけられてそのまま気を失う。
念のためとばかりに、たき子は壊れて木の棒だけになった鍬を持ち、娘の頭を何度も殴りつける。
……今までの自分には無かった力が出てきていることをたき子は実感していた。
最初にたき子が自らの異変に気づいたのは、さくらに稲をあげたあの日から数日。
力加減が上手くいかない。
握った箸がポッキリと折れた。
風呂釜に火を入れようと息を吹きかけたら、逆に火が消えてしまった。
あるいは、傷の治りが早くなった。
……決定的におかしいと気づいたのは、頭になにか、突起物のようなものが生えてることに気づいたことだった。
これではまるで……
……ああ、どうすればいいんだ。
角の隠し方など、たき子は知る由もない。
そして、角を見た村人たちは、たき子のことをどう思うだろうか。
――今までの鬼に対する村の男衆の振る舞いを考えれば、明白だった。
それに、もし本格的に力の制御ができなくなったら、周りに迷惑をかけてしまうかもしれない。
……村からいなくなろう。
それしか、たき子は考えられなくなっていた。
***
東京から来た娘は、あっさりとピクリとも動かなくなってしまった。
……どれだけ偉そうにしていても、所詮はこんなものなのだ。
たき子は持ってきた裁縫用の裁ちばさみで、娘の服を切っていく。
一枚の布になった服を娘から外し、代わりに家にあった自分の浴衣を着せる。
幸い、娘とたき子は背格好も似ている。
すぐにたき子ではないと気づかれることはないだろう。
最後にたき子は持ってきた提灯の中から、火の付いたろうそくを取り出して娘の頭の上に落とした。
壁の木の板に燃え移ってあっという間に火が広がる。
――さくら、ごめんなさい。
自分がこうなってしまったのは、あの時さくらに傷を舐められたから、だと思う。
でもさくらは悪くない。
悪いのは、こんなことをしてしまう自分なのだ。
どうせいなくなるんならと、村の悪いやつを手に掛けることを考えた自分なのだ。
……たき子が外に出ると、変わらず暗闇の中に星が輝いていた。
そういえば最近、夜でも眠くならなくなった。
……さくら、わたしはあなたに、どんどん近づいてるよ。
鬼の子どちら、人の子はいずこ しぎ @sayoino
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