なぜ鬼は悲しむのか

 そんなことを考えて、さくらが再びたき子の村を覗きに来たのは、村に初雪が降った日の朝だった。



 ――騒がしい。


 村の人間たちの様子が、それまでと明らかに異なっている。


「本当か」

「えらいこっちゃ」

「なんでまた……」


 そんなことを言いながら、村人は村の一角に集まっていく。


 さくらはそれに釣られるようにして、物陰に身を隠しながら移動していく。



 この間さくらが見た、あの畑近くの小屋があった。

 


 ……が、黒い灰となって燃え落ちていた。


 そしてその隣には人だかり。


 

「たき子ちゃん……」

「どうして……」


 

 !?


 その言葉を聞いた途端、さくらは居ても立ってもいられなかった。


 

 頭の方にぐっと、痛くなりそうなぐらい力を込める。

 

 ……さくらは右手を頭の上へ。


 ――角、出てないかな。



 鬼は誰でもこうして、角を頑張れば引っ込めることはできる。

 でもその状態は痛いし、気を抜くとすぐもとに戻ってしまう。


 角が引っ込んだのを確認して急いでさくらは人混みの中へ混じり、人間をかき分けて前へ出てくる。




 ――なんで。


 ――どうして。



 ……人混みの中央には、たき子がいつも着ていた桜色の浴衣を身にまとった、焼けただれた顔の死体があった。



 ***



「たき子!」


 考えるよりも先に、さくらは死体に覆いかぶさろうとしていた。


「君! 触らないで!」


 村唯一の巡査が、そのさくらを止める。


「でも! たき子が!」

「しかし、これではもう……」


 巡査が首を横に振る。


 目の前にあるのが死体であることは、さくらも疑いようがなかった。

 全身が灰や煤で覆われた、真っ黒い人の形をしたなにか。

 特に首から上はひどく、火傷で顔がただれすぎて原型はもう無いに等しい。

 ただ、わずかに焼け残った袖や帯、襟元の色や模様が、それがたき子のものであることを主張していた。


「……なん、なんで……」


 これじゃあ、舐めたところで回復も何もないではないか。

 いくら鬼でも、死者を生き返らせるなんて芸当は不可能だ。そんなのできたら神か、妖術の類である。


 

「なんでって、そりゃあ……」

「たき子を恨んでそうなやつって言ったら……」


 

「おい、畑が燃えて死体が出たというのは本当か」


 その言葉で、野次馬のひそひそ話が止まり、声の主に視線が注がれる。



 ……こいつ、東京から来た男か。


 さくらは初めて見るが、すぐにわかった。

 服装や態度が、あの娘のように偉そうだ。


「はい。朝、雪の積もり具合を確認していた村人が発見しました。農具入れの小屋が焼け落ちており、中にはたき子ちゃんの死体が……」


「ふむ……」


 男は、関心無さそうに死体を見下ろす。

 ……目の焦点が定まっていない。


「……ときに、昨夜あなた、どこで何をしてました?」

「な……! お前、この私を疑っているのか!」

「そんな滅相もございません」


 巡査は手をブンブン振って否定する。

 ……でも、周りの反応から、男に疑いの目が向けられていることは、さくらにもなんとなく感じ取れた。


「ふん、昨夜はずっと家で書類整理をしていたぞ。手伝いの女中も一緒だったから、疑うんなら彼女に聞け」

「……では、娘さんは?」

「そんなのこっちが知りたいんだ!」


 男が、今までにないほど口調を荒げた。


 

「昨夜から娘がどこにも見当たらないんだ! 知っている者はいないか!」



 ***



 ……巡査の指示で、村の男衆は行方不明の娘を探しに散っていった。


 その間、さくらは死体のそばで忙しく動き回る巡査や、村の女性たちを横に、呆然としながら死体を見つめることしか出来なかった。


 

 どうして、たき子はこんなことになってしまったのか。



「あの……なんで、こんなことに……」

「わからん。けど……小屋に燃えるようなものは無かったはずだし……」

「じゃあ、誰かがたき子ちゃんを……」


 さくらが恐る恐る答えると、巡査は絞り出すように、でもはっきりと言葉を返す。


「……だろうな。顔が異様に焼かれているのは、きっとものすごい恨みがあったから……」

「でも、たき子ちゃんがそんな」


「……そんな子じゃなかったんだが、たき子ちゃんは……」


 巡査は、赤くなった目を何度もパチパチさせていて。


 

 

 さくらの方は、もうすっかり涙は枯れてしまっていた。



 ……ああ、どうしてなんだろう。


 恐ろしいと言われ続けてきた人の子に。


 悲しみを、覚えてしまうなんて。



 ……たき子からもらって、もったいなくてまだ食べられてない稲。

 たき子の質問に答えると、興味ありそうに、また嬉しそうに反応してくれたたき子の笑顔。


 何より、たき子は、鬼の自分に敵意を向けることは無かった。



 ――たき子がいなくなったら、自分はもう、人とは付き合えない……




 ――たき子。いったい、何があったの……?

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