鬼よりも人が恐ろしい
――たき子の村は今、二分されている。
男衆は毎日のようにけんかをし、農具が隠されてたり、家の玄関に悪口が書かれた木の板が打ち付けてあったりなんてしょっちゅうだ。
村を仕切る男たちがそうだと、女子供も自然とそれに影響されてしまう。
たき子の仲良くしていた子たちも、夏が終わる頃からだんだんと一緒に遊ばなくなり、そのうち堂々と悪口を言い合うようになった。
「あんたの父ちゃんは村八分だ! 出てけ!」
「そっちこそ! お前らの家があるから村は上手くいかないんだ!」
……それもこれも、あの東京から来た親子のせい。
開発と言っていたのは、どうやら村の西側の湖に都会から人を呼ぼう、ということだったらしい。
そのためには、湖に一番近いこの村に、立派な道を作るとか、泊まれるところを作るとか、でんきとやらを通さなければいけないのだという。
当然、たくさんの工事が必要になる。
木を切り倒し、今ある畑や田んぼを潰して道を広げ、建物を建てる土地にあてる。村の入口にある家も、数軒壊さないといけないらしい。
そんなの許せるかと、村のみんなは反対していた。
たき子の父や祖父、そのまた父や祖父の代からずっと引き継いできたこの土地を、よそ者なんかに任せられるわけない。
「でも、わたしたちが一生かかってもお目にかかれないようなお金を、あの親子はぽんと出してきた」
「お金……」
鬼たちの間では、お金で何かをすることはない……そうたき子はさくらから聞いたことがあった。
……その方が、幸せなのかもしれないと、たき子は最近思う。
だって、お金につられた村の人達が、次々とあの親子の肩を持ち始めたから。
「今は何をするにも金がいる時代なんだ! それはみんなわかってるだろう!」
「今度、隣村に学校ができる。そこに子供を通わせるには、金が必要なんだ」
子供であっても、お金に目がくらむのは同じ。
子供たちの場合、あの東京からの娘が自ら先頭に立って威張り散らすから、余計にたき子は腹が立っていた。
『あんたたちなんか、お父様がその気になればみーんなここから追い出しちゃうんだから!』
『うるせー! よそもんこそ黙って出てけ!』
『貧乏者が偉そうなこと言って、どうなるか知らないわよ! みんなやっちゃいなさい!』
あの娘がそう言うと、娘についた男子たちがいっせいに石を投げ始めた。
『たき子、お前は下がっとけ! おい、行くぞ! 村の裏切り者をぶっ飛ばしてやる!』
石が身体のあちこちに当たったたき子をかばって男子たちが飛び出していく。
後はもう、殴る蹴るの取っ組み合い。
……あの娘さえいなければ。
たき子は、一番奥からけんかを高みの見物するあの娘を見て、怒りが湧き上がっていた。
「そんなことが……」
「……みんな、鬼を恐ろしい恐ろしいって言うけど……」
たき子は、心配そうにたき子の傷を見つめるさくらを眺めて。
「……人のほうが、よっぽど恐ろしいかもよ」
***
――翌日。さくらは、たき子の村の端で、木陰から様子を伺っていた。
たき子が言っていた、東京から来た娘というのは、さくらにもすぐわかった。
他の子と、何もかもが違う。
服装が違う。姿勢が違う。態度が違う。
男の子供を複数従えて歩く様子は、鬼の当主様よりもよっぽど偉そうである。
「もう……本当にここの道は歩きづらいわね。お父様にちゃんと整備してもらわないと……」
「仕方ないですよ。でも、このあたりはどこでもこんなものですので」
付いている男の子供は村に元々いる子だろう。寒さも深まり始める頃合いだというのに、甚平を一枚着ているだけだ。
それで寒さをこらえているから……なのかわからないが、言葉が、なんだか空っぽに聞こえる。
そんな子供を引き連れて、娘は畑の中の一角にある小さな小屋の扉を開ける。
中には、人間たちが使う農具……
……に混じって、傷だらけの、人の女の子がいるのが、さくらのいるところからも伺える。
「……ねえ、もうやめて……」
「仕方ないでしょ。あなたの親が、土地を売ってくれないんだもの」
二人の声は対照的だった。
傷だらけの子は、粗末な服もボロボロになり、素肌があちらこちらに見える。
昨日見たたき子とは比にならないほど、弱々しい。
そんな子を前にして、あの娘は態度を改めるどころか、さらに高圧的になっていく。
「こんなことしても……村のみんなが大事にしてきた土地だもん……」
「聞き分けのない子ね。……やっちゃいなさい」
娘が言うと、取り巻きの男子のうちの一人が、傷ついた子の顔を激しく殴った。
それをきっかけに始まる暴行。
……鬼よりも人が恐ろしい……
たき子から何度か聞いていた言葉を、さくらは初めて実感した。
……こんなこと、鬼の村じゃあり得ない。
***
それから、さくらはたき子を見かけなくなった。
数日後、約束した日にたき子は、いつも落ち合う場所にいなかった。
急な用事でもできたのか、と最初は思ったが、次の日も、その次の日もたき子はやってこなかった。
今までは無かったことだ。
……もしかしたら、鬼である自分と会っていることを何者かに疑われたのか。
それとも、病にでもかかったか。
……さくらは、たき子の村の端まで来て、何度か様子を伺った。
それでもたき子の姿を見かけることはない。
もっと大っぴらに探し回ることができればいいが、人間の村に鬼が、特に正体を隠そうとせず入ったらどうなるか。
さくらはたき子のことを信じられるようにはなったが、かといって他の人間を信じることなど到底出来なかった。
「……どうしたの、さくら」
「最近、起きてるさくらをあまり見かけないのだけど?」
そのうち、鬼の仲間たちからこんなことを言われるようになった。
でも、夜起きている間中、ずっと人間の村の近くまで行ってるなんて言えるはずがない。
「ああ……食べられる草とか無いかな、ってずっと探してて……あはは」
そう適当に言って、さくらは自分の寝ぐらに戻る。
――人間がどうなのかは知らないが――さくらの年齢は、鬼としてはもう一人前である。
一人前の年齢になった鬼には寝ぐらが与えられるので、さくらの睡眠時間を邪魔する者はいない。
一人になった寝ぐらの中で、さくらは必死にたき子のことを考えていた。
きっと事情があるのだろう。
でもいったいなんだろう。
人間は、鬼よりも身体が弱い。だから恐ろしい道具を使って攻撃するのだ……そう聞いたことがある。
たき子は、身体を弱らせたのだろうか。
それで家から出られなくなってるとしたら。
……また、傷をなめれば治るだろうか?
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