【番外編】とある魔王城の一日
これはまだ、ルトの妊娠が発覚する前。
カケルがルトとの決戦で瀕死に陥り、魔王城で密かに治療を受けていた、その裏側の話。
◇◆◇◆◇
魔王城。そこは全ての魔族にとっての総本山と呼ぶべき象徴的建造物であり、また、魔王を守護せんと多種多様な魔族が居住している所でもある。
今回はそんな魔王城の、これといって何の特色もない、至って平凡な一日を綴ったお話しである。
「あ〜、仕事だり〜」
とある魔王城の廊下。そこでゴブリンは槍を携えたまま、壁に背中を預けて座り込んでいた。
全身緑色の肌に、人のような形をしておりながらも、まるで毛の一本生えていない痩せ細った体。耳は後頭部にまで届きそうなほど尖っており、眼は獲物を狩る獣のように鋭くギラついている。しかしながら、そこに浮かぶ表情はアンニュイなもので、お世辞にも元気とは言い難い様子だった。
「何でこうも毎日毎日見回りなんてしなきゃなんないのかなあ。正直チョー面倒くせぇ……」
ヤンキー座りで腕をぶらつかせながら、いかにもやる気の無さそうな声で呟くゴブリン。職務に対する責任感とか情熱などをまるで感じさせない言動である、
「おーいリンリン。交代に来たで〜」
「カラカラカラ。とか言いつつ、リンリンと一緒にサボる気満々だべさ」
と。
だらけていたゴブリンの元に、二人の魔族が近付いて来た。
一人はイノシシじみた姿をした、俗にオークとも呼ばれる魔族のものだ。簡素な鎧にゴブリンと同じ槍を持ち、ニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべながらこちらへと優雅に向かって来ている。
もう一人は、白骨化した人間のような──むしろそのものと言っていい骸骨の姿をした魔族だった。こちらも簡素な鎧を着込み、腰に剣を携えて、オーク同様ゴブリンの所へと歩み寄ってきている。なんだか今にも崩れそうな危うい歩き方だ。
「おー、オーくんにガッちゃん。やっと交代の時間かー」
近寄って来る二人に、軽く手を振って応えるゴブリン。このやり取りからして、三人の仲の良さが窺える感じである。
と言っても、他の部の奴らにはズッコケ三人組とか揶揄されているし、事実、自分達は下っ端中の下っ端なので口答えする気も起きないのだが。
「おいおい。こんな所で堂々とサボタージュかいな。上司にバレたら叱られんで」
「そういうオーちゃんこそよくサボってんじゃん。俺と同類同類」
「カラカラ。まあ侵入者もそう滅多に来ないし、サボりたくなる気持ちは分からんでもないべ」
「だよなー。ここ最近よく来てた勇者もめっきり姿を見せなくなったし」
ちょくちょく魔王に勝負を挑んでいたようだが、ようやく諦めたのだろうか。まあ、いつも負かされては噴水のように涙を流して退却していたし、相当プライドも傷付いていたのだろう。どんだけメンタル弱いんだ、あの勇者は。
とは言え、アイツが来なくなってからどうも生活に張りが無くなってしまったのは事実だ。いや、だからと言ってまたあの勇者に来てもらいたいワケでも決してない。アイツ、なまら強かったし(魔王ほどじゃないが)。
それに、何事も余裕を持つのが肝心だ。仕事は忙しくてなんぼとかよく言われるが、忙し過ぎるのも考えものだと思う。
人生を楽しくするのは千の真実より一つの嘘とも言うし、勤務中にサボるのも心の栄養に必要な行為なのだ。うん。栄養大事。超大事。
「でもあの勇者が来てから、魔王様明るくなったよなー。日に日に元気になっていくというか」
「あ、それオラも思ってたべ。前に比べてすごく可愛くなってるような気がするべさ」
「そうそう! 前から美人やったけども、最近輪をかけて綺麗になっとるでマジに。ワイが思うにあれ、絶対男に恋しとる顔やで」
「……それって、やっぱあの勇者?」
「あの勇者やろなあ」
「むしろ、あの勇者以外考えられんべさ」
と、三人の背中からドドドドと黒い
「あのクソ野郎。俺達の
「ワイなんてプロマイド集めてるほどやで。白黒やけど」
「オラだってオラだって、魔王様が受精卵の時点で既にマジLOVE2000%だったべさ!」
いや、いくら何でもその愛はハード過ぎると思う。そろそろ友達として医者に診せるべきだろうか。
と、今の会話で分かる通り、ゴブリン含む三人が三人、美少女魔王の大ファンなのである。正直、魔王に会う為にこの魔王城で働いていると言っても過言ではない。
あの腰まで伸びるサラサラの黒髪。未だあどけなさが残る可憐な顔。実は隠れボインというナイスプロポーション。黒い羽こそ生えているが、見た目はニンゲンそっくりなのにどうしてこうもドキのムネムネが止まらないのだろう。遥か昔に行なわれていたロボット戦争が神話になるほど好き好き大好き超愛していたのだろうか。そういう前世からの運命、あると思います。
そんな魔王と
とまあ、そういった事情もあり、最近オークと骸骨兵士と話すのも、もっぱらこの話題ばかりだ。むしろ仕事をしているより愚痴を言い合ってる方が長いくらいである。仕事中だけど勇者の事が妬ましいんだから仕方ないよねっ。
「そういえばあの勇者、何ていう名前だったけ? 確かトンヌラとかだったか?」
「ちゃうちゃう。勇者アベルや」
「どれも違うべさ! 正しくは勇者ヨシ○コだべ!」
『あ、それだ!』
骸骨兵士の言葉にポンと手を合わせて納得の意を表すゴブリンとオーク。タイミングが同じだっただけに、意気統合しているのがよく分かるシチュエーションである。
「にしてもそのヨシヒ○やけど、このままやったらいつか魔王様を攻略されかねんで。いくら最近姿見せへんゆうてもな」
「だべだべ。それに魔王様、天然のパイ○ンっていう話もあるし、勇者にやるには勿体無さ過ぎるべ」
「なに!? あの噂本当だったのか!?」
確か以前、他の兵士達が話していたのを偶然小耳に挟んだだけだったのだが、まさか本当の事だったとは。
魔王様の天然のパイ○ン。
こう何と言うか、想像しただけで、濡れるッ!
「何でオラは魔王様の彼氏じゃないんだべさ! もしかしたら勇者ヨ○ヒコに魔王様のパイ○ンを奪われるかもしれないだなんて最悪だべ〜っ」
「ワイにもう少しイケメン力があったら……!」
「くっそ勇者○シヒコ! アイツ一人花道でオンステージとかマジ許せねぇぇぇぇ!」
と仕事中にも関わらず、廊下のど真ん中で周りの目も気にせず騒ぎ立てている所に──
「こらっ。何をサボっておるか!」
「だん!?」
「がん!?」
「ろんぱ!?」
突然後頭部を何か硬い先で小突かれた三人は、揃って弾かれたように後ろを振り向く。
『ま、魔王様!?』
そこには誰あろう、我が魔族の王にして永遠のアイドル、魔王様ことルトが立腹した面持ちで佇んでいた。
「感心せんな。仕事もせずこんな所で長話しとは」
突き出していた緑色のファイルを小脇に抱えて、ルトが半眼で三人を見やりながら言う。
まずい。よりにもよってサボっている現場をルトに見られてしまった。これではクビになってしまう。それ以上に、ルトに嫌われてしまう!
『すんませんでしたぁー!』
即時、その場で土下座する三人。慣れているのか、実に均整の取れた美しい土下座だった。
「えっ。いやあの、何も土下座しろとまでは言ってないのだが……」
『もう二度と致しません!(魔王様の前では)なのでどうかご慈悲を!』
「微妙に間があったのが気になるが、そこまでされたら普通に許すぞ? だから周りの目も気になるし早く顔を上げてほしいのだが……」
『ほ、本当ですか!?』
困り顔でいるルトに、ガバっと顔を上げて訊ねる三人。今ここで誰かが目撃していたら、失笑されそうなほど無様な姿だった。
「うん。だから誰も通らない内にさっさと立ってくれ。何だか私の方が恥ずかしくなってくる……」
ルトにそう言われ、三人は素直に立ち上がった。こんな下っ端にも情けをかけてくれるとは、なんて良い人なんだろう。その優しさに子宮がキュンキュンしちゃう! みんな、男だけど。
「あれ、そこのお前。その指ケガしていないか?」
あまりの感激に内心涙を流していると、ルトがゴブリンの指を見てそう訊いてきた。
言われてゴブリンは自分の手を見やり、そこで初めて人差し指から血が出ているのが分かった。
「ああ、どこかで切ったのかも。でも大丈夫ですよ、これくらいのキズ。舐めてれば治りますから」
「舐めれば治るのか?」
苦笑を浮かべながら手をぷらぷらと揺らすゴブリンに、ルトは何を思ったのか不意にゴブリンの指を優しく掴み取った。
その突然の行動に、ゴブリンは「魔王様?」とワケが分からず戸惑った表情を浮かべていると、
ちゅぱッ
と、いきなり指を舐められた。
正確には、傷口を口内に入れられたままで。
「だいぶれいばーんッ!?」
全く予想だにしていなかったこの展開に、自分でもよく分からない奇声をあげて驚愕するゴブリン。他の二人はさらに信じられないような顔して、そのまま時が止まったように硬直していた。
「ふむ。血は止まったようだな。大した傷じゃなくて何よりだ」
少しして、綺麗に傷口を舐め取ったルトは、ゴブリンの指を握ったまま、着ている軍服のポケットからハンカチを取り出して巻き始めた。
「よし、こんなものだな。それじゃあ私はもう行くから、サボらず仕事に励むのだぞ」
ハンカチを巻き終わったルトは、茫然自失としている三人にそれだけ言って、足早にその場から立ち去ってしまった。
そんなルトの後ろ姿を見送りつつ、そのまま世界が静止したようにしばらく固まっていると、
「てんめェェェふざけんなやァァァァァ! 魔王様にレロレロしてもらうとかどういう事やねんッ!」
「オラにも舐めさせるだ! そんで魔王様と間接キスすんべ!」
「はああ!? んな事させるかバーカバーカ!! これは俺の唾液なんだよ! 誰にもやんねーッ!」
突如、ゴブリンの指に付着したルトの唾液求めて争い始める三人。あっさり友情が崩壊した瞬間だった。
友なんていらねぇよ、夏。夏でも何でもないけど。
「独り占めなんてズルいで! せめてそのハンカチだけでも寄越せや!! そんでクンカクンカすんねん!」
「オラは先っちょだけ! 先っちょだけで良いから舐めさせてけれ! すぐに終わるから〜!」
「ぜってぇヤダね! というかガッちゃん! お前舌無いはずだろ! 骸骨なんだから!」
「さっきから何をぎゃあぎゃあ騒いでいるんデスか、アンタらは」
「がはらッ!?」
「ばさねえッ!?」
「きすしょっとあせろらおりおんはーとあんだーぶれーどッ!?」
眠たげな棒読みボイスと共に、またしても後頭部を叩かれた三人。今度は誰だと思いつつ、一旦ケンカを中断して声がした方に揃って視線を向けた。
「仕事をサボるのは構いませんが、もう少し静かにしてもらいたいものデスね。頭に響いていけませン」
三つ編みにした白髪に、いつもながら何を考えているのか分からない朴訥とした表情。血の付いた白衣のポケットに手を入れながら、嘆息交じりに目の前の女性はそう呟く。
「ミ、ミラン様。いつからそこにいたんですか?」
「ついさっき来たばかりデスよ。やたらと騒がしい声が聞こえてきたので、こうして様子を見に来たんデス」
ゴブリンの問いに、呆れ顔で答えるミラン。どうやらよほどうるさかったらしい。
「やれやれ、ルト様に指を舐められたぐらいで大袈裟な……」
「いやそれ、思いきり一部始終見てますよね!?」
つい先ほど来たばかりではなかったのか。というか、普段ルトと一体どういう交流しているのか、めちゃくちゃ気になる発言だった。
ルトが幼少の頃より仲が良かったらしいが、まさか、自分達の想像以上にゆるゆりな関係を築いているのだろうか。まったく、本が薄くなるぜ。
「仲良くケンカするのは良いデスが、少しボリュームを下げないと、ワタシの中に秘めし闇の力が契約の元に真の姿をアナタ達の前に示す事になりますヨ」
『は、はい。気を付けます……』
言葉の意味は分からないが、とりあえず頭を下げる三人。普段何を考えているかは分からないがゆえに、どんな
「それじゃあ、ワタシはもう行きますネ。ああ、それと……」
二度も注意を受け、さすがにしょげる三人に、ミランが何を思い出したように白衣の内ポケットから黒いハンカチを取り出した。
「ワタシの言う事を何でも聞くと言うのであれば、ルト様の下の口から垂れた、このラブなジュースを染みこませたハンカチを、特別触らせてあげてもいいんデスよ?」
『イエス、マイロード!』
邪悪に口角を吊り上げるミランに、三人は間髪入れずにその場で
魔王城は、今日も変わらず平和である。
勇者(オレ)が魔王(アイツ)を孕ませてヤバい 戯 一樹 @1603
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