サラダバー

平川はっか

サラダバー

 たまたまつけたドラマをなんとなく見ていたら、ちょい役にものすごいイケメンがいた。爽やかだがどこか影のある瞳が印象的だった。SNSでドラマのタイトルを検索すると、あのイケメンは誰だとちょっと話題になっていた。立花海斗君という新人らしい。さっそくウィキペディアを開く。


 立花海斗、二〇〇二年十月十五日生まれの二十一歳。出身地は愛知県名古屋市。高校卒業後に養成所へ入り、昨年深夜ドラマでデビュー。

 立花君のウィキは『人物』と『出演作』の二項目で、内容は薄い。これが著名人や売れっ子だともっと詳しく書かれていたり、『エピソード』の項目があったりと読みごたえがあるのだが、きっとこれから充実していくのだろう。一点、『人物』の欄にあった「趣味はサラダバー巡り」の一文が気になった。なんだそれは。

 興味が湧き、リンク先にあったブログに飛んでみる。そこにはファミレスからお洒落なカフェまで、いろいろなお店のサラダバーを巡った記録がつづられていた。


「僕がサラダバー巡りを始めたのは、三年前、養成所に入るため名古屋から上京してきたのがきっかけです。慣れない一人暮らしで食生活が偏って、体調にもメンタルにもきてた時期があって。そんな時、たまたま入ったファミレスのサラダバーで野菜をたっくさん食べたら、元気になったんです! それからはサラダバーを見かけたらつい寄るようになっちゃいました(笑)」


 文の最後には綺麗に盛られたサラダの写真。それを眺めていたら、最近野菜を食べていないことに気づいた。

「行くか……ファミレス……」

 立花君ファンは聖地巡礼と称してブログで紹介されたサラダバーを訪れる。ネットで知り合った数人とオフ会をした際、年齢も職業もバラバラの人間たちがテーブルに立花君の写真を飾り、もしゃもしゃとレタスを食べる光景は異様だっただろう。

 

 今晩はめんどくさいからコンビニ弁当で済まそう、という日も、サラダを見かけると立花君の顔が浮かび、積極的に野菜を摂るようになった。こうして野菜不足の現代人は推し活を通して健康体へと近づいていくのであった。

 

 立花君の映画出演が決まった。原作は少女漫画で、立花君は当て馬だが主要キャストのひとりだ。今まで演じた中で一番の大役。もちろん観に行く。そして映画の番宣で出たバラエティ番組では持ち前の素直さと明るさで笑いを誘い、SNSのフォロワー数は急上昇。この前の連ドラの比ではないくらい、注目度と認知度が高まった。ドラマやCMに引っ張りだこ、とはいかないまでも、テレビで見る機会が増え、それに伴いブログの更新頻度は減っていった。しかし忙しい合間を縫ってサラダバー巡りをする様子が時々SNSに投稿され、わたしたちファンはそれを主食にセロリやロマネスコやれんこんをかじった。

 

 順調に思われていた立花君に暗雲が立ち込めたのは翌年のことだ。なんと熱愛報道が出たのだ。その時私はオフ会で仲良くなった女の子と、例によって立花君が紹介していたカフェのサラダバーでせっせと口にごぼうを運んでいた。彼女が震える手で見せてくれたスマホには

「人気急上昇中のイケメン俳優に熱愛発覚! お相手は上条あかり」

と出ていた。誰だ、上条あかりって。

 急いで自分のスマホを出す私の手も震えていた。うまく文字が入力できず癇癪を起こしそうになりながら上条あかりを検索すると、可憐な女の子の宣材写真が出てきた。

 これ、この前公開された映画のヒロイン役の子じゃないか。あの少女漫画の。

 記事によれば、二人は映画の共演を機に知り合い、交際に発展したらしい。当て馬がヒロインを射止めたのか。  

 こんなことを思うのはお門違いだとわかっているが、ぽっと出の女に立花君を獲られたようで、腹の底から嫉妬心がめらめらと湧き上がってくるのが止められなかった。敵情視察をする気持ちで上条あかりのウィキペディアを見る。趣味のところに「スープバー巡り、ドリンクバー巡り」とあった。

 一緒に私のスマホを覗き込んでいた彼女と顔を見合わせ、どちらからともなく「お似合いじゃん」と声をそろえて言っていた。


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