第4話 アイリスのライバル。

 明けて朝。

 今日は有給を取っていたけど、本来今日すべきことは既に昨日のうちにやり終えた。相澤さんが飼い主なら、きっともうアイリスに連絡が行っているだろう。

 それで今私は猛烈に悩んでいる。

 アイリスのモーニングに行く。それは私の夢だった。けど行けば相澤さんとバッティングする可能性がある。何故なら相澤さんはアイリスの朝の常連らしいから。

 昨日県庁で聞いた話を頭の中で整理すると、相澤さんは仕事はめちゃめちゃできてかっこいいけどちょっと抜けたところがあって、皆にご飯を買ってきてもらえるほど愛されている。完璧に人に好かれるタイプだ……。


 どう考えても太刀打ちできそうにないどころか、近くにいると自分のショボさが目立つだけでは……。自分のポンコツぶりが中々刺さる。

 いや、でも行こう。せっかくの有給だ。これを逃すと恐らく行く機会などない。そうすると結局後悔するのは目に見えている。相澤さんが相澤さんなのは間違いないしどうしようもない。見えなくても相澤さんは存在する。シュレディンガーの猫みたいだ。

 なのでまあ、普段着の中でもちょっと上等な綺麗めの服を来て、とりあえず出かけた。


 平日のアイリスの朝はそれなりに賑わっているようで、窓ガラスから覗き込めば、お客さんがたくさん入っていた。いつも喜び勇んで開けているアイリスのドアに手をかけ、ちょっとだけ躊躇う。いつもよりその扉が少しだけ重く感じる。

 いやでもさ、私は推しの役に立てればそれでいいわけで。

 そう思って思い切って押し開けた扉はカラリと音を立て、代わりに内側からふわりと珈琲の香りが漂った。これはブルマン……じゃなくてクリスタルマウンテン?

 きょろきょろと見渡すとカウンターの上にサバカンがいた。サバカンじゃなくてミケかもしれないんだっけ。見回しても綺麗なお姉さんはいなくてほっと息を次いた。まだ来ていないか、違う猫だったか。

 そう思ってマスターを見るとニコリと微笑んだ。尊い。


「いらっしゃいませ、吉岡様」

「本日の珈琲をお願い致します」

「もちろんですとも」

 いつもどおりカウンターに腰掛けるとミケがニャンとないた。三毛、じゃないよな。

「相澤様、こちらの方が吉岡様ですよ」

 その瞬間、隣に座っていたおっさんと目が合って、次の瞬間強烈なタックルを受けた。

「ぎゃあぁあ何だ? 何‼︎」

 なんだ。痴漢か。慌てて抵抗しようとしてもガタイの差がいかんともしがたい。何故こんなことに!?

「誰か助けて!」

「ありがとう! ありがとう! あなたがいなければミケが!」

「相澤様おやめ下さい!! 警察を呼びますよ!!」

 マスターの鋭い声も貴重で尊い。混乱する頭にその言葉の意味が浸透するにはしばらくかかった、気がする。

「……え、相澤さん?」

 慌てて離れる男を見れば、イケメンだった。やけに彫りが深くて身長は180ほど、きりりとした眉毛に通った鼻筋、澄んだ切れ長の瞳に鍛えてるっぽい体格。めっちゃモテそう。

 あれ? 相澤さん? 頭をなんとか働かせる。うん? 男? 伊織って男名だっけ。そして気づくと相澤さんはアイリスの床に綺麗に土下座していた。

「吉岡様。ありがとうございます。この相澤伊織、吉岡様のためであれば炎の中でも」

「相澤様、本当におやめ下さい。吉岡様が困っていらっしゃいます」

 頭がちっともおいつかないぞ?

 どうやら今朝マスターがアイリスを開けようとすると入り口でミケと同じように相澤さんが土下座をしていたらしい。慌てて店にいれるとミケに飛びつこうとしてミケはぴょんと逃げていったようだ。塩対応。

「吉岡様、相澤様に悪気はないのですが、相澤様、土下座はおやめください」

「そうです。マスターの迷惑になります、あれ?」

 その日、号泣する相澤さんにお礼のモーニングを奢ってもらうという羞恥プレイで落ち着いた。なんか愛されそうな人だなとは思った。

 ともあれ相澤さんがライバルでないことにホッとした。イケメンは興味ない。


 以降、ミケはたまに相澤さんの家を脱出して朝アイリスの前に行き、相澤さんがミケの所在を確認して出勤することがたまにあるそうで、アイリスでたまにミケを見かけることがある。

 ライバルは結局増えたままである。


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