番外編④ 先輩後輩をやめた日
※この話は第39話「大切なお知らせ 後編」後の時間軸です。
つまり、本編終了後とエピローグを繋ぐ話になります
(なんでなんでしょうね)
リツはふてくされていた。
メタマちゃん――レイの卒業配信から、すでに一週間が経っている。
最初はお通夜のような雰囲気が漂っていたけど、二人は少しずつ普段の生活を取り戻していた。
だけど、どうしても戻らないこともあった。
(なんで、ギスギスするんでしょうね)
仲が悪いわけではないけど、会話がうまく続かない時や、妙に距離を感じる時がある。
その原因はなんなのか。
きっと、ハジメとリツの関係が変わってしまったせいだろう。
レイがいるときは『妹の親友』と『親友の兄』という繋がりがあった。
それが無くなった途端、二人はどう接していいかわからなくなってしまったのだ。
(いえ、きっとそれだけじゃないんでしょうね)
レイは常に、ハジメとリツの関係を取り持とうとしていた。
そんな彼女がいなくなって、仲直りの仕方もわからなくなってしまったのだ。
(いなくなってから有難みが分かるなんて、情けないですよね)
考えに
パジャマを着ていて、髪もボサボサ。
明らかに寝起きだ。
もう14時なのに。
最近はハジメの生活リズムが乱れていて、夜型になってきているのだ。
現在、少しずつ修正している。
「あ、先輩。起きたんですか?」
「すまん、昨夜はつい寝てしまって……」
二人の声はどこか固い。
まるで付き合いたての少年少女カップルみたいだ。
「別にいいんですよ。先輩も疲れているんでしょうから」
「すまん。これからすぐに配信をしなくちゃ」
「そうなんですね。がんばってください」
「ありがとう」
お礼を言い残すと、ハジメは洗面所へと向かっていった。
後姿を見送った後、テーブルの脚を軽く蹴る。
(なんか、もっと甘々なのがいいんですけどね)
不満がたまってきて、つい考えてしまう。
(結局、先輩も
ハッと気付いた瞬間、性格の悪い自分に嫌悪感が湧いてくる。
なんだか無性にハジメの声が聞きたくなって、スマホを取り出す。
(この後配信するって言ってましたもんね)
配信が始まった。
だけど、すぐに後悔することになる。
さっきはぎこちなく笑っていたのに、配信の中ではハイテンションに話していた。
しかも、リスナーとはとても仲がよさそうだ。
家の中ではただの冴えないオッサンなのに、配信の中ではVTuberのアバターも合わさって、輝いているように見える。
そんな姿を見れば見るほど、胸の中にモヤモヤが湧いてしまう。
(あーもー、いっそのこと配信部屋に突撃してやりましょうか)
だけど、すぐに思いとどまる。
ハジメがどれだけ努力して配信を続けているか知っているからこそ、本当に壊そうとは思えなかった。
気分転換のはずが、さらに気分が悪くなってしまって、深いため息をつく。
(もっと心を落ち着けないと……)
おもむろに、リツは自分の胸に手を置いた。
ほとんど膨らみがなくて、コンプレックスを感じているけど、今は少し便利に感じる。
大きな胸があると邪魔になっていただろう。
自分の心臓の鼓動を感じながら、自分の心をつぶさに観察する。
だけど――
(うーん、心は落ち着きましたが、何もわかりませんね)
自分の気持ちを整理できても、理解はできない。
なんだかキツネに包まれた気分になる。
(なんで心はオープンソースじゃないんですか? 神様は仕様書も作れないんですか?)
そんなくだらないことを考えてしまう。
(なんだか、自分を理解できない自分が許せなくなってきました)
ムカムカしてきて、頭を掻きむしる。
細かいことが気になると、ずっと考えてしまう。
考えない方が楽だと知っているのに。
(ボクって、いい加減になる才能がないですよね。生きづらくて仕方がないです)
悪循環のように暗い気分が煮詰まってきて、ついついタバコに手を伸ばしてしまう。
一度吸い始めると止まらなくて、灰皿に吸殻がどんどんたまっていく。
どこか廃退的な空気に染まっていく中――
「お、吸ってるな」
タバコを吸っている間に配信を終えたのだろう。
配信部屋から出てきたハジメが声を掛けてきた。
配信する前よりも、ハジメはいい顔をしている。
逆に、リツの顔はどんどん不愉快に染まっていった。
「見世物じゃないですよ」
不機嫌を隠さずにリツが言うと、ハジメは苦笑した。
「そんなつれないこと言うなよ。タバコを吸う姿を見るのが好きなんだよ」
その言葉に、リツは目を丸くした。
「……初耳です」
「言ってなかったか?」
「一体どこが好きなんですか? 今までの彼氏は嫌な顔をしてましたよ」
「元カレと比較しないでくれよ」
苦言を呈した後、ハジメはリツの問いに答える。
「本当にうまそうに吸ってるんだよ。タバコが好きな想いがダイレクトに伝わってくる。見ていて気持ちがいいぐらいにな」
息を呑んだ後、自然と舌が回る。
「ボクって、そんなに顔で出てますか?」
「かなり出てるぞ。犬のしっぽよりわかりやすい」
指摘されると急に恥ずかしくなって、そっぽを向く。
(ああ、そっか。ボクって顔に出やすい性格だったんですね)
顔を背けたまま、リツはハジメと会話を続ける。
「先輩って、案外ボクのことを知ってますよね」
「まあ、これでもよく見てるつもりだからな。恋人だし」
「下手すると、ボクよりも詳しいですよ」
「まあ、恋人とか夫婦って、そういうもんだろ」
ハジメは何気なく言った言葉だったのだろう。
だけど、リツには衝撃的だった。
(自分で自分が分からなくても、理解してくれる人が傍にいてくれるだけで、十分ですよね)
そう思った瞬間、急に心が軽くなった。
まるで羽が生えたみたいに、テンションがぐーんと上がっていく。
「ねえ、先輩。なんでボクたちはギスギスしてるんでしょうね」
「やっぱりギスギスしてるよなぁ」
「正直、寂しいですよ。今までの時間が無くなったみたいで」
パン、と。
リツは大きく手を叩いた。
たったそれだけで、空気が一変した。
「だから、荒療治と行きましょう」
「荒療治?」
ハジメのオウム返しに対して、リツは堂々と言い放つ。
「ボクはこれから、先輩のことを『ハジメさん』と呼びます」
「……さん付けなのか?」
ハジメが不満そうに漏らすと、リツはニタニタ笑いながら返す。
「さん付けの方が可愛いじゃないですか。ボクに合ってます」
「そんな理由?」
「ボクにとってはこれ以上ない理由ですよ。ハジメさん」
試しに「ハジメさん」と呼ぶと、ハジメはこぼれんばかりの笑みを浮かべた。
「あー。悪くないな」
「そうでしょうそうでしょう」
そして、リツは催促する。
「ほら、ボクのことを呼んでくださいよ」
「リツ」
ハジメは少し照れながらも、まっすぐに言い切った。
「はい、ハジメさん」
「リツ」
「ハジメさん」
示し合わせたわけではなかった。
当然のように、唇を重ねた。
(あ、今幸せを感じてます)
でも、この瞬間が永遠に続かなくてもいいと思っている。
幸せがずっと続かないことは痛感しているから。
ただ、この瞬間を何度も繰り返したい。
いや、この人となら死ぬまで繰り返せる。
そんな、不思議な確信に満ちていた。
唇を離して、息を整える。
「はあ。ボクってチョロいですね」
「いや、面倒くさいの間違いだろ」
ハジメはすぐに自分の失言に気付いて、手で口を覆った。
「……いいですよ。今は機嫌がいいので見逃してあげます」
そう言った後、少し悪戯っぽく微笑む。
「ですけど、一つお願いを聞いてください」
「なに?」
「一緒にタバコを吸ってください」
「お、久しぶりだなぁ」
ハジメが禁煙していたのは『メタマちゃんが喫煙者を嫌っていたから』だった。
もうメタマちゃんはいないから、禁煙する理由はない。
リツがタバコを咥えたままおねだりをすると、ハジメが火を点ける。
今度はリツがハジメのタバコに火を点ける。
それからしばらく無言だった。各々がタバコを楽しんでいる。
タバコを一本吸い終わると、急激に唇が寂しくなって、ハジメの方向に振り向く。
すると、ハジメも同じことをしていて、目が合った。
自然と『彼の瞳に映った自分の姿』が見えてしまう。
かなり顔が真っ赤で、今の感情がモロだしになっている。
(恥ずかしいです)
照れ隠しをするみたいに、頭を差し出す。
すると、何も言わずにハジメは撫でてくれた。
その感触を味わっていると、新しい気づきがあった。
(よくよく集中してみれば、院長の撫で方と大分違いますね)
だけど、リツの顔は穏やかなままだ。
(でも、これはこれで……)
頭を撫でられているうちに、うつらうつらとしてきて、瞼が重くなっていく。
頭がボーッと溶けていって、意識が落ちていく。
安心して、まどろんで、ゆっくりとした呼吸は寝息へと変わっていく。
そんなリツの寝顔を見たハジメは
「本当、いい顔するなー」と安らかに笑った。
ギスギスもトゲトゲもなく、ただ穏やかな時間が過ぎていく。
そんな、二人っきりの時間だった。
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読んで頂き、ありがとうございます!
カクヨムコン選考ラストの更新です(2/8の12時まで)
この二人の関係が尊く感じたら、☆や♡、フォローをよろしくお願いします!
もし、まだ☆を入れていない人がいましたら、一個だけでも入れて頂けると泣いて喜びます(*´ω`)
一旦、番外編の更新はこれで終わる予定です
(よっぽど面白いネタを思いつかない限り)
改めて、ここまで読んで頂きありがとうございました
この2か月近くの期間は、作者としては幸せな時間でした(*^^)v
顔バレしたVTuberは■■■■した双子の妹で…… ほづみエイサク @urusod
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