夢・心残りの幻影。
さんまぐ
第1話
失敗について回る余計な能力。
小学五年生の夏休み。
少年はある事に気付いた。
家族旅行で海と山を選ぶ時に、少年は山を選んだ。
だがそれは失敗だった。
車は渋滞で全然進まず、ようやく到着したのに天気は雨。
父母の機嫌は悪く「お前が山にしたいなんて言うから」と言われた。
その帰り、ふと海で親子3人仲良く笑顔の情景が浮かんできた。
疲れから来る夢みたいなものだろうと諦めて、目の前で夕飯をどうするかで揉める両親を見て、夢の中で見た海鮮丼に舌鼓を打つ両親の姿との乖離にガッカリとした。
その日から夢をみる事が何回もあった。
回数を重ねると、ようやく発生条件がわかってきた。
選択を迫られて、選んだ先で後悔した時に見る能力だと気付くと、なんとか有効利用して自身の平和に使いたいと思い、思案したがどうしようもなかった。
そもそも、この夢をみるのは後悔した時なので、後悔しないと起きない。
後悔してからもう一つの可能性を見せられても何にもならない。
高校選びでも、失敗をした気になった時に明るい校舎と笑顔溢れる教室、見たこともない友達と弾ける笑顔で笑う自分を見て愕然とした。
人生初めての彼女。
モテ期と言っても良かったが、苦痛だったのは同時期に好意を寄せてくれた2人の女性から彼女を選んだ事だった。
熟考しなかった。
選んだ先の後悔を意識したら出来なかった。
ただ、偶然に身を任せて時の流れに身を任せた。考えずに受け身になって会えるタイミングで会い、早い者勝ちの捨て鉢で先に告白をしてくれた方と付き合った。
見たくなかった。
幸せなもう一つの夢を見たくなかった。
必死に向こうはもっと酷いと決めつけて夢から逃げた。
だが大小の不満は散見していた。
特に酷いのは、出来た彼女は付き合うまでがメインコンテンツで、付き合った後はオマケのように何もなかった事だった。
そうなってしまえば夢を見てしまう。
デコレーションされた付き合わなかった方の彼女の部屋に招かれて、クリスマスパーティーを2人で楽しみ、片付け一つすら笑顔で彼女の両親からも歓迎されている。
代わって今の自分は、彼女が居るのに部屋で動画配信者のクリスマスライブ動画を観ながら買ったゲームをプレイしている。
彼女は友達優先とのたまって女子会に行っている。
本当に女子会かも怪しい。だが確かめる術もない。
親から「彼女と会わないの?」とバカにされて、嫌な気分で食事を腹に押し込んで動画を観ながらゲームを起動したら夢を見た。
その彼女からは年明けにフラれた。
別になんでも良かった。
新たな攻略対象が見つかったからフラれた。
ただそれだけだった。
その後も彼女はできたが、選択を迫られて後悔するたびに、もう一つの夢を見させられた。
就職も結婚も散々だった。
不景気でも内定が二個取れた。
今度こそ当たりを引くと思ったがダメだった。
そして結婚はその時に1人しかいなかったので選択はないと思ったが甘かった。
「結婚をしない」という選択を失念していた。
妻になった女性が親離れ出来ず、親も子離れ出来ずに夫婦の時間を削られて後悔した時に、自由気ままな独身の自分を見て流石に吐いた。
結婚をして性交渉をすれば子も授かる。
その後は夢の連続だった。
育児が思い通りにいかずに荒れる妻を見て夢をみる。
初めは独身の自分だったが、子供が一歳になって高熱を出した時、妻が行きたがらず義母から汚れ仕事はお前がやれと言われて、大雨の中、救急病院を目指して自分がずぶ濡れで、子供はほとんど濡れて居なかった事を看護師に褒められた後、待合室のソファの上で別の女性と結婚式をする自分の夢を見た。
そして大雨と子供の風邪を貰ってしまい高熱を出してしまうと、妻と義父母からはバイ菌扱いをされて子供と妻を義実家に連れて行かれ、ただ1人自宅に放置された中、仲睦まじい顔も知らない妻と仲睦まじく暮らす自分。
妻が頬を染めて、妊娠の報告をしてくれた姿。
妻と子供の服や道具を揃えて微笑み合い、妻のお腹に手を当てて子供の無事を願い生まれてきた子供を見て喜ぶ自分の姿を見て、絶望の嗚咽を漏らしたが事態は好転なんかしない。全身の倦怠感と痛みや熱に悶える孤独な時間の中で、次々と見たくもない夢をこれでもかと見させられた。
この日に壊れた。
心を閉ざしても夢と現実との乖離に心がすり減り続けた。
自分からは妻を求めなくなった。
同じ空間にいても清々したと聞こえるように義母に言う妻を見て、夢の中では妻になった女性が電話で自身の親に「会いにこないでって仕方ないでしょ?家族で居るのが楽しいの」と言っている姿が見えてきた。
そのくせ妻は自分の性欲処理に仕方ないからさせてやると言ってくる。
事が済むとベッドから追い出される。
余韻も何もない愛もないやり取りの中で見た夢は、愛に満ち溢れていて自分は愛されている。
立ち尽くして泣いてしまったら妻から「気持ち悪い」と言われた。
だがやれば出来る。
2人目の子供が出来た。
子供と言えば妻と義父母が仕込んだのだろう。
子供はまったく懐かない。
嫌われる度に夢の中の子供が「パパ、パパ」と名前を呼んで懐いてきて、横に座ってご飯を食べさせてくれ、遊びに行こう、風呂に入ろうと誘って来る。
もう限界だった。夢と現実の区別がつかなくなって来る中、義父母が立て続けに亡くなると、妻は今更夫婦円満を願ってきた。40代で20代のような付き合いなんて出来るわけもなかった。
夢の中でも義父母や父母が亡くなり、妻とは徐々に年齢に見合った距離感になっていた。
散々深く愛し合っていたので、肉体的な距離が出来ても心の距離は近いので、なんの問題もない。
身勝手に甘えてくる妻を受け入れずにいると、懐かなかったと言って妻は風当たりを更に強めた頃、子供が結婚をした。
その後は孫が沢山産まれた。
夢の中とはまた違っていた。
コレに関してはハズレもアタリもない。
夢を見てしまったのは、子供のお祝いをするからと、自身の老後の資金を妻と子供に半強制的に使われてしまったからだった。
懐かない孫。そもそも子供が懐いていないから、自分が心を閉ざしているから致し方ない。
子供の伴侶は申し訳なさそうでいて、不思議そうに世間の常識に当てはめておかしいと思っても、「これがウチの普通」とされてしまえばそれで済ませるしかなくなる。
あっという間に死期が迫るとすぐに家を追い出されて終末治療の病院に入れさせられる。
病院には誰も来ない。
看護師が、申し訳なさそうに「ご家族に連絡をしてるけど皆さん忙しそう」と謝ってくるが、その度に夢をみるので謝られたくなかった。
忙しいのはそもそも後回しにされ続けているから、割くべき時間、割くべき労力などが一切ない。
暖かいのに寒々しい病室で起きているのに見る夢では、孫たちに囲まれて孫たちが自分を奪い合うように争い、子供達が仲裁しながら夢の中の妻が「あなたは人気者ね」と言葉をかけてくる。
どこで道を誤ったのか。
どうすれば良かったのか。
一日中、窓の外と天井を見て考える。
もう終わりが近いと言うのに誰も来ない。
看護師達の憐憫の目にも、もう慣れた。
慣れてしまえば夢を見る回数は減る。
今日が何月何日かわからなくなったころ、病室に1人の子供が来た。
子供と言ってももう26歳。
2番目の子供のところの2番目の子供。男の孫だった。
少し変わった男の子で、努力して入った難関大学をわずか3ヶ月で辞めてきて、少し学力の低い大学を受け直し、就職にしてもせっかく入った有名企業なのに、僅か3ヶ月で辞めていて中小企業に入り直し、結婚も式をやったのに僅か3ヶ月で離婚して今は彼女がいる。
あまり接点のない孫。
その孫が来てくれた事に驚いてしまう。
そして心を閉ざしていても嬉しさからつい涙が出てしまった。
こんな終わりに来てくれるとは思わずにいると、「爺ちゃん、泣くほどだった?来られて良かったよ」と言った孫は、次にとんでもないことを言った。
「流石にこれで心残りの幻影を見てもやり直せないしさ」
この言葉の意味を察した時、男は震える手で孫の袖を掴み、震える声で「お前もなのか?」と聞いていた。
孫は「あれ?爺ちゃんも見えるの?」と言いながら、「ならなんで今こんななの?」と聞いてきた。
言葉の意味がわからない男を見て、何かを悟った孫は「心残りの幻影が見えたのならそっちを目指せばいいのに。もしかして一度もやらなかったの?」と聞いた。
その後の話は目からウロコだった。
この孫が周りから変わり者と言われても、本人が名付けた心残りの幻影を見ると、その度に人生を軌道修正していたこと、修正先は幻影で見た通りだったことに感動してしまった。
「大学も心残りの幻影が見せてくれた方が楽しそうで、受け直したら幻影の通りで仲のいい奴ができたし、会社だってそうだよ。結婚もね。まあ爺ちゃんが婆ちゃんで我慢してくれたお陰で俺は幸せになれたから感謝してるよ」
感謝してる。
この一言で報われた男は「良かった」と漏らし、「初めて心が動いた後で夢を見なくて済みそうだ」と言った後はあっという間だった。
機器がけたたましい音を立てて看護師と医師が病室に入ってくる。
看取る家族はこの孫だけだった。
誰もが1人でも行けば十分だと思い、間に合う者でも来なかった。
男も孫もそれで良かったのかも知れない。
男は嘘でも孫が誰か来ると言えば、待つ希望と来ない現実の乖離で夢を見ただろう。
孫も嘘をつけば心残りが生まれて幻影を見てしまう。
誰も来ない。
だからこそ男は夢を見ずに済み、孫も幻影を見ずに済んだ。
夢・心残りの幻影。 さんまぐ @sanma_to_magro
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