猫と秘密と恋のおしゃべり ―後編―

 窓が面した道からは店の入り口まで距離がある。店の外から私たちを見かけ、走ってきたらしいレットムさんは、少し息を切らせながら、友人だという警官を問いただした。

「なんで二人でいるのとか、二人って知り合いだったのとか、色々聞きたいことあるけど、それより! 今すごく、カミラさんが悲しそうな顔してた。なんの話をしてたのさ!」

「彼女の秘密について聞いていたところだ」

 いけしゃあしゃあとした警官の言葉に、私の両手が再びこわばる。レットムさんが声を荒げた。

「お節介だよ、ダフロート。そのことなら僕は気にしないって言ったのに」

 はっと肩を震わせたことに、彼は気がついただろうか。

「何者だろうと、カミラさんはカミラさんです」

 振り返った彼の銀色の瞳が私の目をまともに見つめた。ドキリとする。

「だから話してくれてもいいし、話してくれなくてもいいんです。ダフロートの言うことなんか気にしないで──」

 と、そこまで言って慌てふためく。

「な、なんで泣くんです!? 大丈夫ですか!? どうしよう僕ハンカチ持ってなくって!」

「……ハンカチは、自分で持ってます」

 なんとか冷静な声を出したが、実際は彼にも増して動揺していた。ハンカチで顔を隠しながら、私は絞り出すように尋ねた。

「いつ知ったんですか? 私の、母が飲食種だってこと」

 私の涙と自分のポケットをわたわた往復していた視線がピタリと動きを止めた。

 困ったような表情を銀の目に束の間たゆたわせて、それからレットムさんは答えた。

「たった今知りました……」

「…………」

 涙も引っ込んだ。

「でも、『そのことなら僕は気にしない』、と」

「何か僕に言えないことがあるんだろうな、とは思っていて」

 確かに具体的な内容を示唆する言葉ではなかったけれど。

「隠し事が何かまではわからないけど、それが何だったとしても、ずっと話してくれなくても、僕はあなたが好き、ということです」

 私の早とちりだったということか。

 警官が呆れた顔でシガーをくわえる。そもそもの元凶は彼だと思えば、他人事のような態度が腹立たしい。その帽子にぶら下がったうざったいヴェールで後ろから首を絞めてやりたい。

 私の殺意に気づいたか、警官は「今度言い訳させてくれ」と友人の肩を叩きそそくさと立ち去った。テーブルに残された小銭は彼が注文したシガー代ぴったりで、その嫌味な几帳面さに私は舌打ちをこらえる。

 奥まったテーブル席での騒ぎはフロア全体に聞こえたようだが、暴力沙汰でないとわかると、様子を見に来た店員はすぐに戻っていった。彼はそわそわ周りを見回し、いつまでも立っているのは不自然だと思ったのか、店を出た友人の席にちょこんと腰かけた。

「お母さん、飲食種なんですね。ああ、だからコーヒー」

 飲食種の文化に詳しいのは、自分自身が半分は飲食種だからだと察したらしい。

「あれから図書館で調べたんです。何層にも深い、神秘的な味わいだって」

 あなたにぴったりだ、と微笑む彼が、あまりにいつもと変わらないので、私はどんな顔をすればいいかわからなくなる。

「何も思わないんですか」

「何がです?」

「私のこと……」

「それは、びっくりしましたけど。……でも、何も変わりませんよ」

 ふにゃりと柔らかな笑顔に、ようやく体の芯が理解した。もう隠さなくていいんだと。

 知られたら離れなきゃいけないと思っていた。でも、隠す理由はもう霧のように溶けて消えてしまった。

「食事のことなら僕も隠していることがあるし……。あなたの声、僕にはとても美味しくて、初めて聞いたときびっくりしたくらいで。だから一緒にいたいと思った最初の理由は食欲なんです」

「えっ。知ってます」

「えっ」

 言いづらそうにリボンタイの先端をもてあそんでいた彼が、驚いた表情で顔を上げた。その反応にこちらの方が驚いてしまう。初対面であれだけ恍惚とした目を向けておいて、気づかないと思っていたのか。

 指先が触れるリボンタイの結び目には、コーヒー色の花が咲いている。ナイチンゲールのイヤリングと交換に、私が買ったブローチだ。ナイフとフォークを向けるだけの対象が買ったものを大切に身に着けるとは思えないから、初めが何だろうと今は気にすることじゃない。

 コーヒー色を綺麗と言ってくれた彼だから。

「言おうとして、言えなかったことがあるんです」

 ジャケットの袖を引くと、彼がテーブル越しにこちらに身を寄せた。ピンクの髪に隠れた耳に、そっとささやく。

「あなたの髪、ワタアメみたいで、とても可愛い」

「ワタアメ?」

 銀色の目が不思議そうに瞬いた。

「子供の頃の思い出なんです。両親と一緒に出掛けたとき買ってもらって。今度それが出てくる本を持ってくるので、一緒に読みましょう」

 顔を輝かせる彼は、デートに誘われたと単純に喜んでいるようだった。

 場所はあの公園がいい。噴水の見えるベンチで、二人で本を開きたい。

 そこでなら、伝える勇気も持てるだろう。あなたとこれからも一緒にいたいと。

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おいしい恋のおしゃべりを君と 矢庭竜 @cardincauldron

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