〇〇〇〇年〇月〇日のGJ部
新木伸
二〇一六年四月一七日のGJ部
いつものファミレス。いつもよりはちょっぴり早い時間。
京夜と真央は、いつもの席にいた。
真央は、ぐでーっとテーブルに突っ伏している。ぐったりと元気がない。
「あー、もー……。会社ー……、行きたくねー……」
「しっかりしてくださいよ部長。五月病にはまだ早いですよー」
「ちがうよー……、これは四月病っていうんだー……」
「そんなのありませんって」
スーツを着て、格好だけ〝社会人〟の彼女を見ながら、京夜はため息をついた。
真央はこの四月から会社に通っている。
「あと部長って……、それヤメロー。……おまえ、たまに言うよなー。わざとだろ。ぜったいわざとだろ?」
「ええ。もちろんわざとですよ。――やめてほしかったら、はい、会社行きましょう」
「やだー……、もうヤダー……、会社いきたくねー、おまえもいっぺん会社いってみりゃいいんだー……、あんなんジゴクだぞー、無理ゲーだぞー」
「僕も来年になったら行きますよ。もう面接はじまりますよ」
京夜はもう大学四年生。就職活動の最前線だ。
「お、おう……。が、がんばれ……。じゃなくて、がんばるな……。わたしも、がんばらないから……」
「いやそこはがんばりましょう」
「満員電車はー、あれはー、いいんだー。あれは楽しめるー……。だが会社がいかんー。あれは、無理だー」
「どのへんが無理なんですか?」
「給湯室でなー、人のワルぐちとウワサ話とがあってなー。あと、ランチの誘いを断ってはいかんのだー」
「それは大変ですね。会社内ヒエラルキーですね。乙女新党も歌ってます。たいへんですねー」
「あとな。あとな。虐待されんだよ? ……されるよ? これ五十部ずつ五分で! ――とか、コピーの束押しつけらるしー。物理法則超越してんじゃんよー。無理じゃんよー」
「それは無理ですねー」
「ヤッター! 五時だーっ! って思ってウキウキになると、いきなり補習が発生すんの」
「それは補習じゃなくて、残業だと思いますよ」
「私は愚痴言ってんの。おとなしく聞いとけよ。オンナの愚痴にツッコミ入れるとか、なんてひどいヤツだよ」
「はい。聞いてますよ。どんどん愚痴ってください」
「あとな。カチョーがセクハラすんの」
「それは許せませんね。訴えてやりましょう」
「うえっ? ……な、なにオマエいきなりエキサイトしてんの? しちゃってんの?」
「セクハラなんて許せないですよ。なんでしたら僕が厳重抗議します! その上司の名前と役職を――」
「せ、セクハラ……っていっても、アレだよ? 真央ちゃん、ちっちゃくて可愛いねー。うちの娘に欲しいくらいだよー、とか? 言ってくるだけだよ? 私のトラウマ、ビミョーに掘り下げてくるだけだよ?」
「ああ。……そういうのですか。……まあ有罪ですけど」
「有罪なのか。そーなのか」
「部長に……、真央に可愛いとか言っていいのは、僕だけですから」
「………」
「………」
ちょっと気まずい沈黙が、長く続いた。
真央はドリンクのストローを、ちゅーと吸っていた。京夜のほうは、メニューを開いて眺めていた。
「お子様ランチおまたせしましたー。あと、〝いつものやつ〟でー」
沈黙を破るように、ウエイトレスのお姉さんがやってきた。
持ってきたプレートを二つ、京夜と真央の前に、それぞれ置いてゆく。
「え? あれ? これ?」
ウエイトレスのお姉さんのいつもの笑顔と、テーブルに置かれた料理とを交互に見比べつつ、京夜は言った。
「はい。いつものでーす」
お姉さんは、にこにこと笑っている。でも注文していないんだけど。
「わーい! おこさまランチ! まおだいすきー! おねーさん! ありがとー!」
真央は先割れスプーンを子供握りして、ぱくぱくと食べはじめている。
このファミレスに通うようになって、もう五年……。部室にいたより長い時間を過ごしてきているが……。いまだに真央ちゃん一〇歳を続けている。よしんば最初は気づいていなかったとしても、五年経過した今では、論理的に気づいているはずなんだけど、お姉さんのプロフェッショナルな笑顔には微塵も揺らぎがない。
まあなにはともあれ――。元気が戻った真央に、京夜は微笑んだ。
あれ? こんな時間? モーニングタイムに、お子様ランチって、やってたっけ……?
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