二〇二十年九月十三日のGJ部

 いつものファミレス。いつもの日曜。

 向かいに座る真央は、今日はちょっと不機嫌だ。不機嫌っていうよりも……元気がない?

 テーブルにほっぺたをくっつけて、ぜんぜん起きあがってくる気配がない。

「部長、元気出してくださいよー。部長が元気ないと、僕まで元気なくなっちゃいますよー」

「う……、おま、なにイキナリ口説き文句を」

 ほっぺたをテーブルから引き剥がして、真央は言う。

「え? 僕、口説いてました? いつですかどれですかどのへんからですか」

「素かよ」

 よくわからなかったけど。よかった。ちょっとは元気が出たみたい。しかし取り戻した元気は、またすぐに尽きてしまったようで、真央はぐてーっとテーブルに突っ伏した。

「だいじょぶだー。ゲンキがないっていうかぁ……、へこんでいるだけだー」

「なぜ部長はへこんでいるのでしょう?」

「六月だったはずじゃん? それが、ころな、とかゆーので流れちゃったじゃん? もう九月じゃん? いったいいつになるんだろうなー、と思ったら、なんかブルーになっちゃってさー」

「ああ……」

 部長の言ってることが、ようやくわかった。

「やっぱ、あれなのかなー。オリンピックとおんなじで、延期ってのはオトナの建前でー、もうほとんど一〇〇パーセント近く中止決定なのかー。そうかー。そうなのかー」

「僕は気にならないですけどね。むしろほっとしたというか」

「おま。なにげにそーゆーとこ、昔と変わらないよな。ヒドイやつだな。中止でへこんでいるヤツがグチっているその前で、〝僕は中止で嬉しいんですけどね〟とか、言えちゃう?」

「ああすいません。配慮が足りませんでした」

「アト、その敬語調。いつになったら直すわけ?」

「ははは」

 僕は力なく笑った。敬語をやめて「僕」から「俺」となって、オレマン口調で話しはじめると、真央は「ムズムズするからヤメー!」と言うのだ。いったいどうしろと?

「でも部長も乙女だったんですねー」

「なんだよその言いかた」

「うちの霞とか、式とかいいからそのぶん貯金する。なんてしっかりしたことを言ってまして」

「うお。漢前っ」

「むしろケンケンのほうが未練たらたらっていうか。式に」

「あの二人も不思議なやつらだよな。アレだろ? くっついたり離れたりを繰り返してるんだろ? 高校の時から。一度くらいヨリを戻すならわかるが、何度ともなると、ワケがワカラン」

「そうですね。初回は中学の時でしたけど」

「それはいいのか? 妹ラブな兄的に?」

「最初の一、二回は死闘を繰り広げましたけど、何回目かで、もう飽きました」

「飽きたかー」

「まあ兄的には安心ですけどね。何回もって、つまり、一時の情熱や気の迷いでなくて、一緒に人生を過ごすパートナーとして選んだというか妥協したっていうか、実利的な判断なので」

 そんな話をしつつ、部長の様子を伺う。

 真央はまだぐでーっとテーブルに伸びたまま。乙女症状は深刻だ。

「まだ元気でませんか?」

「そだなー。乙女としてはなー。やっぱなー。……はぁ」

 同情したいが、こればかりは、やっぱりわからない。

 こういうとき無理に合わせない。無理にわかった顔をしない。自分の感性を丸めない。そういう、二人のあいだの約束事がある。長いこと付きあって得た知見だ。長続きさせるコツだ。

「ケンケンにも存在する乙女心、おまえにはカケラもないのか? 式に憧れは?」

「名より実を取る、とでも言っておきましょう」

「実?」

「だって僕らもう二人、同棲してるじゃないですか。形ばかりの式より、そっちのがずっと大事ですよ」

「ど、どうせい――って! それ! ヤメ! その言いかた! ヤメ!」

「え? だめですか? なんでです?」

「な、生々しいから……禁止だっ! 〝ルームシェア〟とか、そう呼べ!」

「ルームシェアは単なる友達同士がするものですよ。僕ら、単なる友達同士ですか?」

「う……、そ、それは……」

 真央は真っ赤になった。

 カワイイ。もうちょっとイジめてみたい。でも紳士としては、ぐっと我慢。

「お子様ランチとおろしハンバーグ、お待たせしましたー」

 いつものウエイトレスのお姉さんが、いつもの鉄面皮の笑顔で料理を持ってくる。

「わぁい♡ まおおこさまランチだいすきー♡」

 彼女は途端に明るくなった。元気な小学生だ。

 ちなみに本日はデート中。よっておめかししている。真央のよそ行き衣装はJSルック。いまだに似合ってしまうのが恐ろしい。まったく違和感がない。

 元気な彼女を眺めながら、ごはんを食べた。おいしかった。

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