二〇一七年六月四日のGJ部
いつものファミレス。いつもの日曜のいつもの時間。
京夜と真央は、いつもの席にいた。
京夜は、ぐでーっとテーブルに突っ伏している。ぐったりと元気がない。
「もー、僕ー、会社行きたくないですよー」
「それ去年のたしか今時期に、わたしがゆった」
「ほっといてくださいよー。五月病ってやつですよー。日本人の八割が一度はかかる病気みたいなもんですよー」
「おまえはなんでもワンテンポ遅いな。周回遅れだな。五月病なら五月にかかれよ」
「僕、頑張ったんですよー。新入社員で会社に入って、仕事覚えようと頑張って……。でも先月、僕、残業二〇〇時間なんですよー。もー心が折れちゃいましたよー」
「えらいブラックなところ、入ったなー」
「普通ですよ。ふつー。どこもそんなもんでしょう?」
「そうか。普通なのか。じゃあそれは普通に頑張らないといかんな」
「なんで部長は元気なんですか。去年はあんなにぐったりしてたのに」
京夜はようやく身を起こした。ぴしっとスーツ姿でいる真央を見やる。
「部長、やめ……な」
真央は軽く咳払い。
「去年はあんなに、地獄だ無理ゲーだって言っていたのに。どうやって攻略したんです?」
京夜がそう聞いたところで、いつものウエイトレスさんが、いつもの笑顔とともに料理を運んできてくれた。
「おまたせいたしましたー。おろしハンバーグセットと、お子様ランチでございまーす♡」
「うゎーい! ありがとー! おねえーちゃーん♡」
ナイフとフォークを子供握りして、真央ちゃんが喜ぶ。
お姉さんはニコニコして帰って行った。
「……いつも思うんですけど。あの人スゴイですよね。あの鉄の営業スマイル。すごいなぁ」
「なにがスゴいのか一ミリもわからんが。やはりここのお子様ランチは絶品だ。……ほらおまえも早く食え」
「部長、最近、スーツで来て平然とお子様ランチ頼んでますよね。向こうも平然と〝承りました~♡〟とか言ってますよね。プロ同士の腹芸に僕は目眩を禁じ得ません」
「そういえばな。聞いて聞いて。聞け聞け。最近、わたしに部下ができたのだー」
「それでツヤツヤしていたんですね……。僕は最底辺です。ヒエラルキーの最下層です。なんで最上級生のつぎは最下級生になるんでしょう。小中高大会社って、四回もくり返されるんでしょう。あと、ぼくのスペックはですね。文化系であって体育会系じゃないわけです。うちの課のノリについていけないんですよー。うぇーい系? みたいな?」
「なに言ってるのかわからんが。わたしが教えてる後輩がな。キョロ。おまえに似てるんだ。もー。かーいくて、かーいくてー♡」
京夜は、がばりと起き上がった。
「僕に似てるというのはともかく、可愛いとかいうところは聞き捨てなりませんが」
「女だが。――その後輩」
ニマニマしながら言ってくる真央に、京夜は一瞬で自らの敗北を悟った。
やっぱり年上の女のひとだなぁ。かなわないなぁ。と思う。
「女で僕に似てるっていうと……、キョロ子みたいな感じですかー?」
「そのキョロ子ってゆーのには、わたしは会ったことがないのだが」
「女装させられた僕とコンパチですよ。特に後期は見分けがつかないと思いますよ」
「後期ってなんだよ後期って」
おろしハンバーグを片付けて脇へのけると、京夜はまた、ぐでーっとテーブルに突っ伏した。
「会社行きたくないですー。月曜が永遠に来なければいいのにー」
「あー思った思った。わたしも思ったそれ。おまえのリアクション、オリジナリティないなー」
「なくていいんですよー。部長と違って僕は中庸道を歩んでいるんですからー」
「だーら、部長、ゆーなっての。最近、わたし、会社でもそれ言われるんだよなー」
「え? 〝部長〟ですか? なんでどうして? もう部長に昇進ですか?」
「するわけないだろ。――ほら。真央ちゃんかわいいねー、とか、セクハラしてくる課長がいたろ。あれ、とっちめてやったら、なんでか、わたしのあだ名が〝部長〟って……」
「部長は会社でも部長だったんですねー。やっぱりちっちゃな怪獣ですねー」
「怪獣ゆーな」
「あー、紫音さんはいいなぁ。ずっと学生で」
「院は学生じゃないっぽいぞ。どっちかっていうと研究者に入るっぽいぞ」
「部長。ダメ出しばかりですよー。優しくないですよー」
「しっかりメシは食っといて五月病だとぬかす仮病患者を、わたしはどう扱えばいいのかね」
「慰めてください」
ほっぺたをテーブルに貼り付けたまま、京夜はそう言った。
「んー、じゃ……、目をつぶれ」
「え? なんでです?」
「いーから、目をつぶれ」
言われるままに目を閉じると、覆い被さってくる気配――。それから髪の毛が降りかかってきて――。テーブルに貼り付けていない側のほっぺに、ちゅっと、柔らかな感触。
すぐに離れていったその感触を追いかけるように、びっくりして顔を持ちあげると――。
彼女のとびっきりの笑顔があった。
「ゲンキ、でたか?」
真央からゲンキをもらった。
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