校内のパソコンでレポートを仕上げて喫煙所に行った。もう夜の九時だ。吸っているのは僕だけだった。

 放置していたスマホを確認すると、着信履歴とメッセージがあった。何度か客になってくれていた直人なおとという男だった。今夜タバコを渡したいらしい。

 疲れているから一箱だけならいい、と返信して帰宅した。部屋の前には直人が既に待っていた。


「よう、美月」

「寒いし入ろか」


 直人は基本的には女が好きで彼女だかセフレだかが何人もいるというのを本人の口から聞いていた。僕と違って男らしい顔立ちだしそれなりにモテるのだろう。

 タバコを受け取ってベッドにあがったのだが、直人はこう言った。


「なぁ……生でやってええ? 中に出してみたいねん」

「あかんって。絶対ゴムして」

「妊娠とかせぇへんねんし、ええやん」

「気持ち悪いねん」

「ええやん、なぁ……」


 そのまま覆い被さってこようとするので僕は直人の腹を蹴った。


「いってぇ……!」


 どうやらまずいことをしたらしい。直人は殴りかかってきた。体格では圧倒的に僕の方が不利だ。何発も顔に拳を受け、最終的には蹴られ続けた。僕は吐いた。


「ほら、脱げやこのクソビッチ」


 歯向かう気力も体力もない僕は下半身を丸出しにされて生で挿入された。


「嫌……嫌やっ……」


 自分の吐瀉物の臭いがする中メチャメチャに犯されて、気分はどん底だった。直人は行儀のいい客だと思っていた。彼も蒼士の紹介だった。僕の顔と身体を褒めガラス細工のように丁寧に扱ってくれていたのに。

 終わって僕は直人を睨み付け叫んだ。


「お前は出禁や。二度と来るな!」


 最後に尻を蹴られた。白濁した液体が体内から落ち、吐瀉物の掃除もしなければならないしシーツは丸洗いだな、面倒くさい、等と思った。

 高ぶった気を落ち着かせるためにタバコを吸おうとしたがライターがつかなかった。買いに行く元気もない。僕は蒼士に電話をかけた。


「……蒼士?」

「美月、どうしたん?」

「ライター買ってきて。もう最悪やねん。直人っておったやろ。生でやられた」

「ほんまか……すぐ行くわ」


 僕はうろうろと部屋の中を歩き回った。タバコが吸えないとこんなにもイライラするのか。異臭が漂っているしシーツも早く替えた方がいいのだが、とにかく一服してからにしたかった。


「美月、来たで」


 蒼士はサングラスをかけておらず、やけに大きなビニール袋を提げていた。その中身も気になったがまずはライターだ。僕は蒼士からそれをひったくって火をつけた。ようやく生き返った。


「なんや、美月……吐いたん?」

「うん。ボコボコにされてな」

「シーツ、俺が替えたるわ。座っとき」


 その言葉に甘えて僕はタバコを吸い続けた。身体中が痛いし情けないしやっぱり蒼士には悪いしで、今さらになって泣けてきた。シーツを替え終わった蒼士が寄ってきた。


「美月……大丈夫か?」

「わからへん」

「おいで」


 僕は蒼士に抱き締められた。何回もやってはいるがこうして肌をぴったりと寄せるのは初めてだ。蒼士は赤子をあやすかのように僕の背をポン、ポンと軽く叩き、それがあまりにも温かいので、僕は蒼士のシャツを涙と鼻水でグシャグシャにした。


「なあ美月、こんな生活もうやめよう。俺、もう客紹介せぇへんから」

「タバコ……」

「それなら俺が買ったる。ほら」


 蒼士はビニール袋の中身を見せてきた。セブンスターのカートンが入っていた。


「とりあえず最低十回は俺や。切れそうになったらまた買う。それならええやろ?」

「僕は……」

「俺、美月のこと好きやねんて」

「こんなヤニカスの腐れビッチが?」

「うん。俺が一生面倒見たる」


 依存するならタバコだけで十分だった。タバコは人と違って裏切らない、いつも手の届くところにあって僕に安息をくれた。

 そう考えていたから、蒼士の申し出は嬉しいよりこわいが先立つ。いつか捨てられるのなら最初からすがらない方がいいに決まっている。そんな考えを読んでいるかのように蒼士は言うのだ。


「美月、一回くらい信じてみぃひん? 大事にするから。俺が側におったるから。それに、俺のことちょっとでも信用してくれとうから呼んでくれたんやろ?」

「うん……」


 僕は顔をあげて蒼士のきらめく瞳を見つめて言った。


「捨てたら殺す。どつき回して、腹かっさばいて、内臓引きずり出して殺す」

「物騒やなぁ。ええよ。それが美月の答えやな?」


 そして、僕の方からキスをした。舌を絡ませ、奥の方まで追い詰めて、呼吸も満足にできないくらいに。

 隣からは相変わらずわめき声がして雰囲気は最悪だったが、僕はこの時男との交わりで初めての充足感を得た。


「蒼士、蒼士……」

「身体まだキツいやろ。今日はやめとこか」

「嫌や。する」

「どうなっても知らんで?」


 さすがに一度に一カートンを使いきるのは無理だろう。いや、できるならじっくりと味わいたい。蒼士の言葉を完全に信じきれたわけではないし、いつか来る終わりのことを思うと身をゆだねるのはリスクが高かったが、今はその肌の温もりに賭けてみよう、そうして長い夜が始まった。

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セブンスター・シンドローム 惣山沙樹 @saki-souyama

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