セブンスター・シンドローム

惣山沙樹

 僕はヤニカスだから最初から壁紙がボロボロの安アパートを選んだ。そもそも祖父母に学費を援助してもらって無理して大学に通っているので、できるだけ切り詰める必要があったのだ。実家から通える範囲の大学は最初から選択肢になかった。昼夜問わず母親の嬌声が聞こえてくるあの家から逃げたかった。


美月みづき、また新しいお客さん紹介したるわ」


 大学の喫煙所にいると蒼士そうしに声をかけられた。彼は冬だというのに何の必要があるのかサングラスをかけていて、趣味の悪い柄シャツに黒いジャケットを羽織っていた。


「ええけど。条件ちゃんと伝えとうやろうな?」

「大丈夫やって。セブンスターのボックス一箱、ゴム持参、キスなしやろ」


 蒼士がこうして触れ回ってくれているお陰で、タバコ代を気にすることがなくなった。一回六百円が僕の値段だ。


「早速今日連れていってええか?」

「おう」


 昨日も常連が来て三箱渡してきたので、正直身体がキツかったが、ニコチンが切れる方がキツい。僕は四限が終わり学食で一番安いきつねうどんをかきこんだ後帰宅した。

 隣の留学生だか何だかがまた宅飲みをしているのか、何語かわからない声がけたたましく響いていた。僕はとりあえずタバコに火をつけて彼らが来るのを待った。家に居ると延々と吸ってしまう。灰皿はもうパンパンだ。


「美月ぃ、来たで」


 蒼士が連れてきたのは気の弱そうな肌の白い男で、目には生気がなく幽霊のような奴だと思った。蒼士がその彼の肩に腕を回して言った。


「こいつ、とおる。童貞やねんて。優しくしたってや」

「ええよ。よろしく、透くん」

「よろしくお願いします……」


 透が差し出してきたタバコを確かに受け取ってローテーブルの上に置いた。まどろっこしいことはしたくない。僕はさっさと透をしごいて準備をさせた。透は消え入りそうな声で恐々と言った。


「ほんまに、ええんですか……?」

「そっちこそ、ほんまに男で童貞捨ててええんか? 僕は構わへんけど」

「美月さんやったら、いいです。可愛いし」


 まあ僕は可愛い。高校の時に男子校でミスコンがあって堂々のグランプリに輝いた。男を連れ込むしか能がない母親にどこまでも似たようだ。この顔に産んでくれたことは感謝している。


「透くん、希望ある?」

「顔見ながら、したいです」

「ええよ。おいで」


 蒼士はローテーブルの辺りで座ってタバコを吸いながら僕たちの様子を眺めていた。サングラスをしたままなので表情はよくわからない。ただ、初めての客の時は彼が見届けるのがいつからか慣例になっていて、事が済むと連れて帰ってくれるのが常だった。


「美月さん、美月さん……」


 ぎこちない腰の動きを多少誘導させてやりながら、透の浮き上がったアバラ骨を見ていた。僕だってろくな食事をしていないがそれにしても痩せている。この様子だと固定客になるかな、などと考えた。


「いっていいですか……」

「自分のタイミングでいき」


 隣からはまた騒がしい笑い声がしていてムードもへったくれもない。透が達して身を折り曲げ僕の胸に顔を乗せてきたので、頭くらいは撫でてやるかと癖のない黒髪に触れた。


「童貞卒業、おめでとうさん」


 僕がそう言うと透はひきつった笑顔を見せた。引き抜かせてコンドームの口を縛りゴミ箱に放り投げる。ゴミの日がまだだから昨日の男のものも中にまだあるはずだった。

 蒼士も一緒に帰るのかと思いきや、彼は透を追い出して居座った。僕は新しいタバコの封を切った。


「どないしたん、蒼士、今日は」

「たまには二人でゆっくり話したいと思ってな」

「話すことなんかないで」

「寂しいこと言うなよ。俺は美月に興味があるんやから」


 そう言って蒼士はジャケットのポケットからタバコを取り出した。


「しながら話そうや」

「……ええ?」


 蒼士からタバコを受け取るのは久しぶりだなと思いながら、吸い殻を捨ててベッドに二人で乗った。


「美月、気になってたんやけどさぁ……初めては、誰やったん?」


 そう言いながら蒼士は僕のものに手を触れた。


「母親の愛人。寝込み襲われた」

「うわっ、最悪やなぁ」


 ゆっくりと焦らすように蒼士の指は動き、さすがの僕も吐息が漏れた。


「美月って誰かに挿れたことはあるん?」

「ないよ」

「こっちは使いまくってんのにな。綺麗に縦割れしとうし」


 蒼士の指がするりと中に入った。ほぐさなくても大丈夫なのにな、と思う。そして、いつまでも顔が見えないのも不気味だったので、僕は蒼士のサングラスを外した。


「……蒼士、珍しい色しとうな。カラコン?」

「ああ、目ぇやろ? 自前やで」


 青みがかかっていて美しい。蒼士との付き合いはそこそこ長いがこんな瞳をしていたとは知らなかった。


「なぁ……美月。キスしてええ?」

「あかん」


 僕はそこだけは譲らない。意地のようなものだった。無理やり奪われてもたまらないので、僕は四つん這いになって尻を突き出した。


「はよ挿れぇや」


 蒼士が入ってきた。僕はなるべく楽な体勢を探しながら彼の求めに応えた。一度始めると長いのだ。獣のような荒い声はきっと隣にも聞こえていると思う。それもお互い様だ。文句を言われたことはない。


「はあっ……美月……俺だけのもんになる気はない……?」

「ないよ。縛られるん嫌やもん」

「こんなに相性いいのに……?」

「そう思ってるんは蒼士だけや」


 どの男も正直気持ちよさは変わらない。相性の良さがどうとかそういうことは分からない。変えずにいたいのはタバコだけだ。

 さっさと終わらないかな、と僕は他のことを考え始めた。レポートの提出期限が迫っておりそろそろ始めないとまずいのだ。せっかく入学できた以上は卒業したい。

 蒼士は何度も何度も僕の名前を呼びながら果てていった。ベッドにうずくまる彼を放って僕はタバコに手を伸ばした。

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