夜の戦い
スパイ人形
夜の戦いの一幕
ようやく静かになった。先程まで騒がしかったのが嘘のようにぴたりと止み、男はほっと胸を撫で下ろした。
男の相方は、今は死んだように眠っている。日中の警戒は相方の比重が大きく、夜の警戒は男が買って出た。
ここ最近はずっとこの体勢だ。男とその相方に休みはなく、 互いが互いの為に、少しでも心と体を休めるようにという思いで日夜戦いに及んでいる。
しかし、この戦いは男たちの信念のために必要なことだった。決して諦めたり、心が折れるわけにはいかなかった。
そもそもなんでこんな戦いになっているのかと言えば、ひとえに男に愛するものが居る故であった。それは男の相方も同じく言えることで、この戦場において二人の間には確かな絆が存在していた。
だからこそ頑張れるのだと、男は原点を思いだし己を奮起させる。それでも、なかなかどうして夜間の警戒は退屈してしまう。
特に、夜は"それ"が活動を停止し静かに眠っているが為に、息を潜め物音を立てることを許されない。そうなれば、男に今できることは、どうか"それ"が突然目を覚まして暴れたり、変な音が起きて"それ"を叩き起こさないでくれと祈ることぐらいだ。
身動ぎもせずにひたすらに"それ"の様子を監視し続ける。気の短い面倒な上司の顔色だってこんなに伺ったことはないな、なんてことを考える。
「はぁ……」
男は浅くため息を吐き、そろそろ同じ体勢でいるのもしんどくなってきた為に体を慎重に動かす。
そんな時だった。
カン、と男が体を動かし、そして何かに軽くぶつけた音がしたのは。
男が顔を青くしたその瞬間――。
――それは爆発した。
「……ふぇ……? ……びえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「しまったああああああああ!! よーしよしよし」
「びええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
男は目を覚ました"それ"を抱き上げる。大声を上げて泣く"それ"をあやす事に必死だが、泣き止む気配はまるで無い。
「ミルクとかオムツも……問題ないか、頼むなんとか泣き止んでくれよーしよしよし……」
男の祈りも虚しく、一度起動した"それ"は中々に泣き止まない。疲れている相方を起こしたくない気持ちもある。
しかし男の努力が実を結ぶこともなく、相方は眠そうな顔をして起き上がった。
「……渡して」
「……はい」
相方は慣れた手付きで"それ"を男から受け取り、あっという間に寝かし付けた。そして今度はそっと男へと戻した。男は情けなくも、なんと頼りになるんだと感動していた。
「……もうちょっとそうしてて。それでも起きなかったら戻してよし」
「頼りにならなくてすまねぇ……すまねぇ……」
「一緒にいて、一緒に育てる気概があるだけよし」
「……今度、うちの母親とかにも相談してみるね……」
「…………それはお願い」
そして、男はまた静かに寝息を立て始めた"それ"――赤子を寝台に戻し、人生の相方である妻の就寝を見届けると、また警戒体勢に入った。
今日の夜の戦いはまだ始まったばかりだ。
夜の戦い スパイ人形 @natapri
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