第3話 猫、妖精に会う

 私がテーブルに座って鳥籠を眺めていると、中に居る妖精は百面相を続けている。 


「ちょっとっ。ねえ、居るよ。猫。猫がっ」


 この妖精はこの家の小間使いか何かだろうか。

 町でそういうのを見たことがある。悪趣味なものだと思ったものだが。


 それにしてもこの鳥籠……上等なものだ。魔封じが施されている。

 碧銀の作用を使ったものだ。とすると、この妖精は魔術を使えるのかもしれない。


「こらっ。あっち、あっち行って」


  妖精は腕を振り上げると何事かを唱えている。

 僅かに魔力の揺らぎを感じたが、魔封じのせいか何も起きない。

 やはり、魔術師か。


 妖精の魔術に興味はあるが今はそれどころではない。

 夜明けにはここを出て、私の身体の下に向かわなければ……


「そうそう、あっち行って」


 テーブルから降り、改めてあたりを見てみる。

 この部屋にはランプが幾つかある程度で薄暗く、悪趣味なオブジェが並んでいる。

 魔物か何かの剥製の足元を通り抜け、窓があるだろう所に向かう。


 窓の上から板が打ち付けられている。

 姿を隠すためか、何かを逃がさない為か。


 後者であるのなら……あの妖精か。


 未だ鳥籠の中でこちらを窺っている妖精。

 ここを出るのに使えるかもしれない。


 一つ、試してみるか。


 この身体にも魔力の流れは感じられる。

 杖が無ければ、唱句も出来ない。だが、私を誰だと思っている。ゼラだぞ。

 このくらいのこと、為せない訳がない。


 風が立ち、寄せ集う。


 思ったより少し……頼りのないものではあった。

 これでは扉を傷つけるくらいがせいぜい。吹き飛ばすことなんて出来ないだろう。

 だが。まあ、魔封じを外すならこれで十分。


 「えっ⁉な、なに?」


 私がもう一度風を呼ぶと鳥籠が揺れ、横に倒れる。

 そのまま転がって、床に落ちた。


 近付いて見てみると、ちゃんと碧銀を留めていた金具を外せている。

 さすが、私。完璧だ。


 落とした弾みで鳥籠の戸が開いて、魔封じを外した意味がなくなったが……

 まあ、結果良ければ全て良しだ。


「痛ててて」


 鳥籠から妖精が出てきた。

 頭をぶつけたのか少し血を流している。


「もう……今のキミ?」


 仕方がない。私が包まれていた手拭いを咥え引きずりながら近づく。

 妖精の頭の上に手拭いを落とした。


「え、何?ああ、血ぃ出てるのか。もう……」


 妖精は腰に差してた小さな小刀を使って手拭いを破くと、頭に当てて巻いた。

 そのまま、こちらを見る。


「それで。今のはキミがやったんだね」


 答えの代わりに小さな風を起こしてやると納得したようだ。

 顎に手をあて少し考え、探り当てるように口を開いた。


「魔物に言葉が通じるだなんて……本当に分かるんだよね?じゃあ、ボクの言ってることが分かったら鳴いてみて」


 試されているようで少し腹立たしが、仕方ない。

 

「すごい……凄いよ、キミ。いったいどこで習ったんだい?えと、誰かから教わったんなら一回、自分で覚えたのなら二回鳴いて」


 言葉かそんなもの親に教わるに決まっている。私の場合は本当にそれだけだった。

 ああ、腹立たしい。思い出すだけでムカムカしてきた。


「おぉい。聞こえてるんでしょ。教えてよ……んん、そっか。カリナが戻る前に何とかしなきゃ」


 髭が引っ張られる。


「ボクは帰らなきゃいけない。キミだってそうでしょ、ここから出たいんでしょ?」


 私は一度鳴いた。


「なら、手伝って。ボクはウナ。一緒にここから出よう」


 もう一度大きく鳴いた。


 ウナと名乗った妖精は私の背によじ登ると窓を指さした。

 連れて行けという事だろうか。偉そうにして、不愉快だ。


「わっ、えっ⁉」


 首を振ってウナを振り落とすと、服の襟首を咥えた。

 喚いて暴れているが、知ることか。誰かを担ぐなんて御免だ。

 

 私は咥えてウナを運んだ。


「吐きそう……気持ち悪いから、やめてよ。これ。」


 そう簡単に人を足に使えるだなんて思わないことだな。

 

 そんなことよりも、さっさと妖精の魔術を見せて欲しいものだ。

 使えるのだろう。確か尖孔とでも言ったかな。


「分かった、分かったよ」


 私が一声鳴くと、ウナは小刀を窓の板に向けて構える。

 耳に唱句が入って来ると同時に、魔力の揺らぎと衝撃を感じた。


 窓に目を転じると、板に人の指ほどの穴が開いている。

 なるほど、確かに尖孔だ。これでは兜も役に立たないというのも本当だろう。


 「どうだいボクの魔法は、すごいだろ」


 確かに、悪くない腕だ。

 だが。こんな小さな穴一つでは何の役にも立ちはしない。


「分かってるって……ん?」


 足音がする。

 あの女、もう戻って来たのか。

 料理というのはそんな簡単なものではないのに。速すぎないか。


「サラちゃん。ウナちゃん。美味しい御飯の時間ですよ」


 喧しい音を立てて、この部屋の主であろう女が部屋に入って来た。

 

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人嫌いな魔術師が煤猫として生きざるを得なくなった訳と顛末。 午前零時 @am00-00

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