行った気になれる店~魔王討伐証拠写真編~

秋月流弥

行った気になれる店~魔王討伐証拠写真編~

パーティーを追放された。


「どうしてこんなことに……」

敵の本拠地、魔王城の門前で僕たち勇者パーティーはもめた。

魔王城を前にしてはりきる仲間に僕・アルトだけが引き返そうと発言したからだ。


「今のレベルじゃ魔王討伐はおろか、城内の雑魚にも勝てない! 一旦引き返そう」

「なんだ? アルトお前今さら怖じ気づいたのか?」

「せっかく盛り上がってきたのに水をささないでよ!」

「この意気地無し!!」


怒った仲間たちは自分だけを追いて魔王城に乗り込んでしまった。

取り残された僕は魔王城に背を向け自分の住んでた村を目指してとぼとぼ歩きだした。



山を越え海を越え自分の故郷が近くなってくると胃が痛くなってきた。

「どうしよう。村中の人からボコボコにされる」

あんなに盛大に旅立ちを祝ってもらったのに魔王を倒さず一人だけ帰ってきたら、皆激怒するに決まってる。母なんて恥ずかしくて次の日から外出できないだろう。


あまりの体裁の悪さに家に帰るのが辛い。胃もキリキリ痛む。

「はあ、足が重い……」


何もない街道を歩いていると、その先に一軒家があるのが見えた。

よく目を凝らすと看板のようなものが見える。

「こんなところにお店?」

アルトは看板が見える位置まで行ってみることにした。



『行った気になれるお店~渡異物語~』



看板にはそう書いてあった。


「とい……なんて読むんだ?」

行った気になれるとはどういう意味だろう。

好奇心が勝ち僕はそのお店に入ってみることにした。


ギイ……


木製の重いドアを開けると店内は外観より広々としていた。

店の中にはいろいろなものが置かれていた。

ミントやセージなどの薬草にパンや缶詰などの食料、よくわからない何かの肉。なにかの化石や角、鱗に髭。武器に防具。

さらには衣服や装飾品まで置いてある。

壁には肖像画のギャラリー、窓枠には奇妙なオブジェ、あちこちに変わったものが置いてあった。


「こ、これは」


あるテーブルの上にはお土産用といわんばかりに綺麗に包装紙にくるまれた饅頭。

「お土産品も売っているのか」

買っていこうかな。

僕は饅頭の箱に手を伸ばす。


そこで僕はあることに気づく。

「ああ、これってもしかして」


僕は店内に置いてあるもの見渡す。よく見ると店内にあるものは様々な街や村の特産品や名産品が多い。

さっきの看板を思いだす。


行った気になれる店。


「もしかして、行った気になれるように世界中のアイテムが集められているのか」

「その通り」


ぎょっとした。

振り返ると人がいた。


「『行った気になれる店~渡異物語といストーリー~』へようこそ。ここでは様々な世界を旅した気分になれるアイテム・体験ができるお店です」

「怒られませんか」

なんかいろいろと。


どうやら店主らしい。

店主は僕の言葉をスルーしてニコニコと笑い店の説明をする。

「最近世の中魔王の侵略で物騒でしょう。旅行したくても旅行できない。そんな人たちのために旅行に行った気分を味わってもらう。それがこの店のコンセプトです」

「はあ」

「ちなみにお土産販売だけじゃありませんよ。奥には撮影ブースがありなんちゃって記念撮影もできるんです」

チェキ! と手でフレームを作る店主。

へえ、そんな店があるんだ。

変わった店は世の中にあると聞くがこんなヘンテコな商売もあるんだなとぼんやり思う。

「お客さんはどんな旅行をご所望ですか」


ご所望、所望……


「あ、あの、こういうのって可能です?」

店主に耳打ちをする。

「ふむふむなーるほど」

店主がうなずいた。


そう、僕は思いついてしまったんだ。



***



「はーいとってもいい感じ」

「……おお」

手渡されたミラーを見ると僕の頬に立派な傷がついていた。ついでに腕にはボロボロの包帯が巻かれている。

「いいですね。まさに魔王と戦った勲章って感じ」

「すごい、生傷ってかんじだ」

「じゃあこっちの撮影ブースへ来てください。魔王城のセットあるんで」


魔王討伐に行った気分。


僕は店主に魔王を討伐した風を装えるプランを頼んだのだ。

魔王を倒した証拠品をこの店で作ってもらい、それを母や村の人につきつける。証拠さえ持っていれば僕を責める人なんて誰も現れない。


……後ろめたさは感じるが。


僕の頼みを聞くと店主は人良さそうにうんうん、と首を縦に振ってくれた。

そしてノリノリでなんちゃって魔王討伐プラン進行中で現在に至る。


「撮影前にこの服に着替えてください」

「なんですかこのズボン!?」

「大ダメージジーンズです」

「大ダメージジーンズって何!?」

「見ての通りダメージが大きいジーンズです」

「股の部分がビリビリじゃないですか! どこに大ダメージ受けてるんですか!」

「魔王を護衛する四天王の一人・ドリールの角攻撃を受けた際こうなります。これを履けば四天王をやっつけた証拠にもなります」

「そ、そうなのか」

ていうかなんであんたがそんな詳細知ってるんだ?


「じゃあこのパネルに顔を覗かせてくださーい」

「おもいっきり手作り!」

魔王城を模した背景パネルはいかにも手作りと思わせる手書き風のものだった。顔を覗かせる部分の周りには絵で書かれた仲間たちがいて、左から万歳している魔法使い、ピースしている盗賊、ヤンキー座りの僧侶。どんなパーティーだ。

おそらく顔を切り抜いてあるやつが勇者ポジションなんだろう。剣持ってるし。

「しかもちょっと絵下手だし」

「いやー自分絵心ないもので」

店主が描いてた!

「あの、偽物感が半端じゃないのでこれはちょっと……それと僕弓使いですし。剣だとアレ? って皆思うし」

「じゃあCG撮影でいきましょうか」

「CG!?」


突然の横文字を言い放つと店主は隣の緑色の壁があるブーストまで僕を引っ張っていった。

「ここで先にポーズだけ撮って後で背景を合わせる方法です」

「合成ですか」

「便利でしょう。魔法タブレット。最近の魔法アイテムって何でもできるんですよ。進んだものですよははは」

……それ本当に魔法?



「さあ魔王に立ち向かってる感じで弓をかまえてー!」

「……」


ちなみに弓もレンタル。魔王戦なので伝説級の武器の方が説得力があると店にある伝説の弓を貸してくれた。なんでそんなのあるの?



ーーカシャカシャッ。


シャッターが連続で切られあっという間に撮影終了。


「じゃあ背景を選んでもらいます。魔王戦の背景はこちらですねー」

「……あの、なんか」

背景のグラフィックも魔王のリアリティーも素晴らしいものだった。先程の手作り感満載の絵とは大違い。エフェクトもかかっていて迫力も満点。

なのに。


「なんで魔王めっちゃカメラ目線なんですか!」


魔王城の背景で僕と戦う魔王はすべて首をこちらに向けている。

恐ろしい形相でこちらを睨む魔王は全部カメラ目線。しかもとってつけたような決めポーズをしている。

「これじゃ合成ってバレバレですよ! 凄い技術なのに凄い残念になっちゃってますよ!」

「所詮CGなんで。ちゃっちいグラフィック。なーんちゃって」

ぶん殴ったろか。

「もういいや、とりあえずこれ現像お願いします」

「まいどー」

とりあえず魔王討伐の証拠になる(?)写真は手に入れることができた。



結局合成写真でいくことに決定した。

「こちらです。とってもいい感じ」

完成した写真を受け取る。わお、とっても不自然。

だが誰も魔王など見たことがないんだ。魔王がカメラ大好きの目立ちたがり屋かもしれないと思ってくれるはず。

「そうだ。これ持ってってくださいよ。サービスです」

店主は僕に薬草やアイテムなどいかにも大冒険してきたようなお土産品を渡してきた。

「あと帰る時はもっとボロボロの服に着替えた方がいいですね。傷メイクも増やしましょう」

更にボロボロコーデにされる。

ズボンは言わずもがなだが上の服まで破れほつれで露出してる肌の面積の方が大きいくらいだった。もはや魔王討伐より追い剥ぎにあった人のそれだ。

「大袈裟なぐらいが信憑性が出るんですよ」

ドヤ顔する店主。



***



「お世話になりました。何から何までやってもらって」

一応証拠になる品は集まった。

これなら村でボコボコにされる可能性はぐんと減るだろう。

「いえいえ自分も楽しめたので。それに、あなたのようなお客さんの気持ちは自分もよくわかりますから」

え? それって……

「店主もパーティーから追放されたことがあるんですか?」

「いえ、どちらかというと自分は最後まで残ってしまった類いです」

「え?」


店主は思い馳せるように遠くを見つめる。


「一緒に旅していた仲間が病なり闘いなりで次々と脱落していって……最後は自分一人だけが目的地にいました。仲間たちはさぞ無念だっただろう。そして仲間と共に最後まで旅することができなかった自分も。そんな旅しきれなかった人たちのために気軽に行った気分になれる店、この店を開いたんです」

「へえー……」


めっちゃ立派ですやん。


全然自分と違った。勝手にシンパシー感じてごめんなさい。


「あ! もしかしてこの店にあるアイテムや武器って……」

「はい。自分が旅の途中で手に入れた物です。CGの背景も旅で撮影したやつですね」

「あの背景本物だったんですか!? じゃあ魔王も本物!?」

「魔王は自分で制作しました。魔王城は本物の写真です。いやぁ魔王の間広かったなー」

「魔王の間まで行ったならどうして魔王だけ切り抜いて創作しちゃったの!?」

いったい本物は何してたんだ。よく撮影許可おりたな。


ていうかよくよく聞いてるとこの人すごいな。

一人で魔王城乗り込んだのか。何者なんだこの店主。


***


「なにからなにまでお世話になりました(二回目)」

僕は店主に礼を言い、完成した写真と証拠の品(偽りのお土産)を抱え、店のドアノブに手をかける。

「また遊びに来てください。今度は観光に来るような気持ちで。いつでもお待ちしています」

店主は朗らかに笑って手を振った。


カラカラン。

ドアベルが乾いたような軽い音を立てる。


ドアノブを捻り店の外へ出ると、辺りは夕日でオレンジ色に照らされていた。

これは早く帰らなければ家に着く頃には真夜中になってしまう。

「よし。魔王退治に行った証拠が手に入ったし、あとはちゃちゃっと家に向かえば……」



「あれアルトじゃん」



ドキーン!


ギギギギ、とぎこちない動きで恐る恐る後ろを振り返る。

この声は。

つい先日まで聞いていた、思いだすにはまだ早すぎる声。

「こんなとこで何やってんの?」

そこには僕をパーティーから追放したかつての仲間たちが勢揃いしていた。

「あ、あ」

アルトは今自分が立っている位置を確認するようにまた後ろを見る。そこには大きく『行った気になれる店』と書いてある。

そしてまた前を確認しさらに後ろを振り返る。

そのような動作を二、三回繰り返し僕の全身から冷や汗が噴き出した。


ヤバい。見られた?

自分が証拠を捏造していることがバレた?


「よお~久しぶりじゃん」

「何言ってるのよ。追い出したのは一昨日なんだから久しくないわ」

「こんなところで会うとは思わなかったよ」


仲間たちの反応を見るとまだ店にまで注意がいっていないみたいだ。

気づかれる前に退散したい。

ていうか追放したくせによく馴れ馴れしく話しかけてくるな。


「……や、やあ。ちょっと休憩がてらにね。故郷まで遠いし、休んでたんだ」

じりじり、と両足の裏をスライドさせて店の前から少しずつ移動しつつ不審がられないよう愛想よく答える。

「それより、君たちこそどうしたんだい? 魔王退治に行ったんじゃないのか……」


僕が質問を投げかけると同時にヒラ、と何かが舞った。


全員がそれを目で追う。

地面に舞い降りたそれはあのお店で撮った証拠(偽)写真だった。

ジーンズのポケットをまさぐる。ポケットの底は破れていた。

そこまで大ダメージなのかよ!

声にならない悲鳴が漏れる。

一番見られたらマズい奴らに見られてしまった。

魔王討伐に行った連中がこの写真を見たら一発で嘘っぱちだとわかってしまう。


地面に落ちた写真を拾うと元仲間たちはまじまじと写真を見つめ、


「おいなんだこの写真! アルトが魔王を倒してるぞ!!」

「すごい! いつの間に一人で魔王を倒したの!?」

「俺たちですら敵わなくて撤退してきたのに!」


「え」

写真を見た元仲間たちはそれを見て大興奮している。

「おお……?」

偽物だって気づかれてない。すごいぞ合成写真。


……ていうか。


「え、撤退してきた?」

「そうだよ。やっぱ三人じゃ無理があってな。ボコボコにされた」

「魔王があんなに強いとはねー」

よく見ると元仲間たちは自分と同じくらいボロボロの姿をしていた。

「そ、そうなんだ」

「まさか一人で魔王を倒しちまうなんて、お前を見くびってたぜ!」

「今夜はお祝いだわ!」

「次の村で飲み明かそう!」


元仲間たちは僕の肩に腕をまわすと陽気に歌いながら歩き出す。

なんだかよくわからないけど再びこのパーティーとの縁が戻ったようだ。


「なあ、気になってたんだけど、この写真の魔王随分カメラ目線だよな」

「まるで自分が撮られることを前提としているような」

「……ていうかアンタが全身で写ってるってことはいったい誰に撮ってもらったの?」

「う、それは」


歩いていた僕は後ろを振り返り、遠くなったお店を見た。

その窓には満足そうに頷く店主の姿があった。

いや、ちゃんと騙せてるけどさ。

いいのか?

結局魔王は誰の手によっても討伐されていないんだが。


「……まあ、いざとなったらあの人がどうにかしちゃいそうだけど」

「アルト? なんか言ったか」

「ううん、なんでもない」

僕は首を横に振ると夕日が沈み始めた道を歩いていった。


なんとなく、心が軽くなったのは確かだから。


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