第5話〈読切〉公文音頭で曇りかけた部活動の未来
部活動が始まって数週間経ち、慣れも出てきた頃、顧問である高山先生に呼び出された。
「おまえ、鼻歌歌いながら練習やってんのか?」
……は? 鼻歌? そんなことしねぇよ。別に普通にみんなと同じようにやってるよ。それになんだ、そのちょっと怒ったような口調は。
先生は続ける。
「辰吉から聞いたんや。おまえがなんか、鼻歌? か何か知らんけど練習中歌ってて、それで……」
あぁ、思い出した。この間のアレか。うん……ちょいとやべぇな。
× × ×
中学校での1学年の差というものは、1という数字が持つ性質、「最小の自然数」の絶対的定義を揺るがすほどに大きい。ましてや、中学1年生にとって中3は大人のようにも見え、歳が2つしか変わらない事実には違和感しかない。
何がかっこいいか分からないが、みんな揃って腰パンスタイルで仮入部で訪れた1年生を指導する3年生。初めての後輩という水を得た魚、2年生は先輩風(かぜ)をピチピチと音を立てて吹かせてくる。
同期は全部で7人。その中の5人が元から知り合いだ。知り合いが多いことはかなりの安心感だった。どんな嫌な先輩がいても1人になることはない。それに部活動を楽しめる。
ーーーーーそんな先輩と同期と共に、僕、蓮田(はすだ)稜(りょう)の憧れだった「部活動」が始まった。
× × ×
サッカー部に与えられた領域は運動場の半分。サッカーコートで言うとハーフコートの大きさである。
なんてことない公立中学である神狩谷(かがりだに)中サッカー部は人数もそれほど多くはないが、アップが終わると、2・3年生はそのハーフコートを使って練習をし、1年生はボール拾い……をすることもあるが、基本はサッカーゴールの裏でパス練習や一対一をしていた。
小学生の時、平日にサッカースクールに通うほどサッカー漬けの日々を送っていた稜は、同期7人の中では2番目にボール扱いに長けており、1年生のみの練習では和気藹藹の楽しさと勝負に勝てる喜びで、気分よくサッカーをしていた。
今日の練習は『一対一×3』。正方形が3つ並ぶようにマーカーを8つ並べ、その正方形にディフェンスとしてそれぞれ1人ずつ入る。ボールを持ったオフェンスは、端から端までドリブルをして計3人のディフェンスを抜けば勝ちという至極単純なメニューである。
「グッパで分かれ! 分かれてない! 分かれ……たよ!」
7人が3と4に分かれ、3側が最初にディフェンスに回ることになった。ディフェンスに入ったのは辰吉(たつよし)、岸村(きしむら)、大稀(だいき)の3人。3人はこれまでそれほどサッカーをやってきたわけじゃない、言ってしまえばディフェンスとしては鴨である。
僕も含め残った4人はそれなりにサッカー経験があったため、この3つの関門を擁する要塞を攻略することは容易だった。
第ニ関門の岸村友喜は運動神経がよく、僕も体を入れられて何度か止められた。第三関門の滝村大稀も体がどっしりとしていて、体をぶつけられると勝てない。
だが、1つ目の四角に入った辰吉藤次郎だけは体は大きいが、動きがふにゃふにゃしていて相手にならない。
4人とも1つ目の網にかかることはない。周りから茶化しの声がかかる。
「辰吉! 全然止めれてへんで!」
「おまえ止めてくれんと、俺らしんどいやんけ!」
「たつよし〜〜〜っ!」
稜にはそれがどんどんおかしく思えてきた。それにこの状況が、この優越感が気持ちいい。そして、一度たりともドリブルを止められない、情けない第一関門の弱小衛兵を煽りたくなってしまった。最近テレビでよく耳にする、公文式のCMソングに乗せて。
「だっいいっちかんもんっ、ザコ〜いかんもんっ♪
こ〜〜のディフェンス、ショボいんだっもんっ♫」
「すぐ〜に抜っくもんっ♬」
× × ×
明くる週、いつものようにウェアに着替え、アップをし終えたくらいの時、3年生のキャプテン佐多(さた)くんから稜に伝言があった。
「高山先生が蓮田くん呼んでるから、行ってきて。小会議室にいるらしいわ」
「はぁ……はい。分かりました」
顧問の高山先生からの突然の呼び出しには少し驚いたが、「1年生の中でサッカーが上手く頭もいいから、君を1年生のキャプテンに決めた」とでも言ってくれるのだろうか、と考えるほどに稜は楽観視していた。
しかし、先生の口から飛び出したのは想像だにしない言葉だった。
「おまえ、鼻歌歌いながら部活やってんのか?」
……は? 鼻歌? そんなことしねぇよ。別に普通にみんなと同じようにやってるよ。それになんだ、そのちょっと怒ったような口調は。
先生は続ける。
「辰吉から聞いたんや。おまえがなんか、鼻歌? か何か知らんけど練習中歌っててそれで……」
あぁ、思い出した。この間のアレか。うん……ちょいとやべぇな。確かにあれは少しやりすぎたと思ってる。だけど、鼻歌ではない。辰吉の説明が下手くそだったのか、イマイチよく分からないことになって、変な形で先生に伝わっている。
やった側にその意識がなくても、受け取った側がそう感じればそうなのだ。僕が歌った「公文音頭」が辰吉の心を傷つけてしまった。
確かにここ最近、辰吉の僕に対する当たりが強いと感じることが多くなった。廊下ですれ違う時に肩を思いっ切りぶつけられたり、顔を引っ叩かれたり。……あれ? どっちが加害者でどっちが被害者だ?
「鼻歌というのは正直よく分からないんですけど、まぁちょっと練習中煽ったりとかはしちゃいました。でも」
「でも?」
「なんかこないだ、階段とかですれ違うときに辰吉に殴られたりとかしたんで、自分で言うのもなんですけど、相殺というか」
僕は辰吉の下手な説明によって先生が状況を理解しきっていないことを逆手にとって、「歌」についてはほとんど触れず、辰吉にされたことを説明して、辰吉側にも非があることを熱弁した。
このときの僕の心は、「蓮田が辰吉をイジメていた」などと先生に思われて、この場で怒られることは愚か、今後楽しく部活動ができなくなる事態だけは何としてでも避けたい、という一心だった。
× × ×
結局この事件は後を引くことなく、事なきを得て、平穏な部活動の日々が帰ってきた。1つ変わったこととすれば、辰吉の参加頻度がグラデーション的に少なくなっていったという事だろう。
真っ白な青春 〜大きなプリンの下で始まり終わる物語〜 折田すや @suyaoreda
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