因習を!無から起こして!村興せ!

春海水亭

生贄を捧げる余裕はない


 ◆


「これからはワシらも因習デビューじゃ!因習村ブームに乗ってガンガン因習を作って、移住者と観光客ガンガン呼び込むぞおおおおおおおおお!!!!!」

「因習村は部外者排斥する傾向にあるだろ」

 因習村――例外はあるが、大抵は閉鎖的で古くから伝えられてきた非合理的、非道徳的な風習が今も伝わる村のことをいい、ホラー作品の舞台になることも多い。

 令和の日本に因習村がどれほど実在するかはわからないし、現実で他所の風習を因習扱いした場合、ものすごいトラブルにもなりかねないが――それでも因習の持つ妖しさは古くは明治から令和現在まで人の心を引き寄せてやまない。

 というわけで、近畿地方のある過疎村である猛威下限尾張もういいかげんおわり村でも因習を利用した村興しを行おうと思ったのである。


「で、因習デビューって言っても実際どうすんだよ」

 大して広くもない集会所の下座、村に唯一残った若い男である丹生たんじょう技太郎ぎたろうが言った。村長、丹生たんじょう偈那曾げなぞの孫である。


「なんかこの村に伝わる風習とか神様とか、聞いたことないんだけど俺」

「ない」

 上座にどっしりと座った偈那曾が断言する。


「ない!?何かしらの古文書とか遺跡とかを見つけて復活できそうだったから因習ブームに躍り出るとかそういう話じゃなくて!?」

「猛威下限尾張村にあるものなんてフリーのWIFIと柿の木ぐらいじゃ!!何もない!!じゃが、何もないということはゼロから作れるということ……さぁ、皆の衆!因習を無から起こして村興していくぞ!!」

「全然グッと来ないタイミングでタイトル回収するなよ」

 技太郎の態度は冷めていたが、集会所に集まった村人たちは村長の言葉にウンウンと頷いている。生まれ育った場所には思い入れがある。どのような形であっても故郷には存続して欲しいのだ。


「というワケで、この村を因習村としてドッカンドッカン盛り立てて行きたい……そこで皆の衆のアイディアを伺いたい!」

「因習村といえば、やっぱり何かしらの儀式が欲しいねぇ……」

 毎朝麓まで走ってヤクルトを自分の足で買いに行く掛須那かけすなの婆が言った。

「やっぱり因習村と言えば怪しげな儀式じゃからのう、ここは景気よく生贄とかも行ってみるかよ!?」

「なんで自分から過疎化爆速にしようとしてんだよ」

「儂……神を祀った祠があったらええと思うんじゃ……立ち入ってはいけない祠……これはきっと若いもんにドッカンドッカン受けて、インスタ映えスポットになると思うんじゃがのう……」

 震える手を上げて、か細い声で濃無こなきの爺さんが言った。


「立ち入り禁止の場所に立ち入らせようとするなよ!!」

「しかし、因習村と言えば立ち入り禁止のスポットはやっぱりマストじゃからのう」

 そう言って、技太郎の父親の親父こと偈那曾がホワイトボードに村人が出したアイディアを記入していく。


「オラァ、村に伝わる怪しげな童歌が欲しいだ」

 場端ばたんが太い手を上げて言う。


「村に来た主人公が怪しげな手毬唄を口ずさみながら毬をつく子供を見て、不気味に思うのは因習村の王道と言っていいからのう」

「……この村に子供がいたらこんな怪しげな会議しねぇだろ」

「技太郎、オメェがやりゃあいい。一番若いからな」

「俺もう今年で三十だぞ!?」

「やっぱり、この村の因習の核となる神様は外せないでヤンスねぇ、神様がいれば因習に統一感が出てくるし、キャラクター商売やグッズ展開でも金が稼げるでヤンス」

 技太郎と村長の言い争いを尻目に、黄色い衣に身をまとった光宙ヒカチュウが金歯をきらめかせながら言った。


「確かに神様も作らんとのう……それも他所の神様に負けないぐらいの奴を!」

「宗教戦争のゴングが鳴りそうなセリフだな……」

 それからいくつかのアイディアが村人から出てきたが、最終的に神様、祠、儀式、童歌の四点を煮詰めていこうということに決まったのである。


 ◆


「ま、一応調べては見たんだが……」

 そう言って、村長が集会所の中央に資料をぶち撒けた。

 猛威下限尾張村に関して記された古文書であるが、量は少ない。


「土着神は特に見つからんかったし、神様は完全にゼロからじゃの……というワケで」

 叩きつけるように、村長はホワイトボードにプリントアウトされたイラストを貼り付けた。

 腕は六本、金色の甲冑を纏い、髪は炎のように逆立ち、そして赤々と燃えた神の似姿である。目からはビームが出て、六本の腕にはそれぞれ最強武器を装備しており、攻撃力、防御力ともに最強。その他細々とした設定が神のイラストの左右に書かれている。


「この村の神なんじゃが、炎邪神えんじゃしんグリアル・エル・ウルスノアでどうじゃろうか」

「ジジイになっても少年の心を忘れずにいるんじゃねぇ!!」

 ホワイトボードに降臨した炎邪神えんじゃしんグリアル・エル・ウルスノアと照れくさそうに笑う村長を見て、技太郎が叫ぶ。


「グリアル・エル・ウルスノア!?何語!?」

「炎邪神……」

「因習村の信仰は外側から見れば邪神信仰だけど、内側としては正しい神を祀っていると思い込んでいるのが良いところみたいなところあるだろ!とりあえず邪神外せ!!」

「(炎)グリアル・エル・ウルスノア」

「株式会社興してんじゃんねぇ!っていうかグリアル・エル・ウルスノアって何!?」

「格好いいじゃろ……それに最近流行ってるみたいじゃないか……何かよくわからないキーワードで読者を引き付けるホラー」

「あれ、ひらがな四文字ぐらいでやってるから好奇心惹かれんだよ!!!」

「技太郎どん、オラの神様もちょっと見てくれや」

 野太い声で場端がそう言って、胸が頭よりも巨大でマイクロビキニを着た身長の低い美少女のイラストをホワイトボードに貼り付けた。


「これがオラの考えた神様、えちちち様……タイトルが付くとしたらえちちちの村になって良くないかい?」

「いや……場端さん、これ……」

「ちなみにえちちち様の必殺技は豊満な胸を活かした――」

「他にアイディアは無いんですか?」

 場端の言葉を遮って、縋るような目で技太郎は村民を見渡した。

 だが、ホワイトボードの偶像がこれ以上に増えることはなかった。


炎邪神えんじゃしんグリアル・エル・ウルスノアで行きましょう……」

「よっしゃあ!行くぞワシの相棒!炎邪神えんじゃしんグリアル・エル・ウルスノア!!」

 大はしゃぎする村長の一方で、場端はじっとりとした目で技太郎を見た。


「オラのリビドーはどこに向ければいいんだい?」

「コミケとか同人ダウンロードサイトじゃないですかね……?」

「ふむ……」

 納得したのかしていないのか、場端はホワイトボードに貼ったえちちち神のポスターを回収し、再び着座した。

 まだまだ因習村興しのために決めなければならないことは残っている。


「じゃあ次は炎邪神えんじゃしんグリアル・エル・ウルスノアのための祠を作らんといけんが……部外者は立入禁止の禁足地なんて所に祠を作るんじゃワシらも疲れるしのう。まあ、部外者が壊したりイタズラして事件を起こしたくなるような適当なデザインでええが、立地は重要じゃのう」

「神様を祀る祠がそれでいいのかよ……」

 技太郎の呟きを無視して、濃無の爺さんが手を真っ直ぐに伸ばして言った。

「偈那曾の爺さん、ほら……立ち入り禁止と言ったらあそこがあるじゃないか……電気柵で囲った畑……」

「おお!じゃあ……かかしの代わりに祠を建てておくか!」

「そんなんでいいのかよ!?」

「……あと、祠が一つというのも心もとないし、ここは皆の畑に一つずつ建立するというのはどうじゃろうか……」

「さすが濃無の爺さん!立ち入り禁止の祠とかなんぼあっても困らんからのう!」

「進入禁止エリアが増えるのは困るだろ!!」

 村長がホワイトボードに貼り付けた炎邪神えんじゃしんグリアル・エル・ウルスノアのイラストの下に『祠は電気柵の畑にかかしの代わりにいっぱい』と書き込む。それで祠に関する議論は終了であった。


「この村もガンガン近づいとるの~因習村に」

「近づいてるのか……?」

「そんなことより儀式を決めんとのう、因習村に相応しいあやし~い儀式じゃ、部外者絶対排斥、もしも見られたら殺さなければいけないような最悪の儀式を作らんとのう」

「部外者呼び込むためにやってんだろうが!」

「儀式でヤンスがねぇ」

 光宙が金色の笑みを浮かべながら、揉み手をして言った。


「部外者を呼び込みつつも、村人だけの秘密にしなければならない……そういう矛盾をアッシらは抱えているでヤンス……ところが、ここに――」

 そう言って光宙は自身の頭を指で突いた。


「その矛盾を解消するアイディアが眠っているでヤンス。部外者に知らない間に血肉を捧げさせ、そして部外者から頂いた血肉でアッシらが因習村に相応しい秘密の儀式を行うというね……」

「おいおい、光宙!そんな素敵なアイディアがあるなら早く聞かせてくれ!!」

「祭りでヤンス」

「祭り……?」

「村で作った野菜に仕留めた獣、そいつらを使って盛大な祭りを開催するでヤンス……そうやって部外者を集め、各種食費や宿泊費を徴収し……儲けた金でアッシらはひっそりと旨い酒や美味い飯に舌鼓を打つ……どうでヤンス?」


――ただの祭りの打ち上げじゃねーか!!

 技太郎は内心そう思ったが、口には出さなかった。

 因習村という点では間違えているが、そもそも因習村を目指すという点が間違っているし、食事の提供を中心とした祭りは今日出たアイディアの中でも最も建設的なものであったからだ。


「部外者を締め切ってアッシらだけで、ね……」

 トドメとばかりに、光宙がそう言った。

 なにが因習村の儀式なのか、そもそも取り繕うことすらしていない気がしたが、それで行こうということになった。

 根本的に手探りの因習村なのだ。


「では最後に因習村に相応しい怪しげな童歌だが……」

 そう言って村長が周囲を見回す。

 村にそのような怪しげな童歌は残っていないし、ゼロから童歌を作れるような人間はいない。

 しばらくの沈黙の後、掛須那の婆が口を開いた。


「もう、Adoのうっせぇわでいいんじゃないかねぇ……」

「良くねぇだろ!!!!!」


 ◆


 かくして第一回猛威下限尾張村因習祭は盛大に行われた。

 その来場者数が住人の数すら上回った原因は、村で祀られ始めた炎邪神えんじゃしんグリアル・エル・ウルスノアでも、立ち入り禁止の祠でも、村で提供されるジビエ料理でもなく、掛須那の婆が八十歳という老齢ながら、Adoのうっせぇわを弾き語りで歌い上げた動画がネットで大バズリしたからだという。


「まあ、因習より世間的に流行ってるものの方が強いよな」


【終わり】

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