おまけ

第xx話 司祭かく語りき①

私は彼を愛している。




 彼の名は……何故か名前を呼ばれるのを嫌がるから盗賊君としておこうか。


 ヒイズル人の血を引いているのが見て取れる黒髪黒目、わずかにエルフの血を引いていると思わしき少しだけ尖った耳、初めてあった時と比べるとわずかに生気の宿った死んだ目、死ぬ程目つきが悪い目の下には深い隈、眉間に深く刻まれた皺を持った中肉中背の青年だ。


 彼を簡潔に表すならクズだ。そしてアホだ。


 金が入ると調子に乗って酒場で、今日は俺の奢りだクソ共俺様に感謝して跪いて崇めたてまつれと喚きながら、金を無駄にばら撒きながら豪遊し、月末には金が足りなくなり土下座でパーティーメンバーから金を借りようとしてくる。


 粗チンの分際で百人サイズの娼館を貸切にしたかと思えば二人目で体力切れに陥り倒れ、残り98人分の金をドブに捨てた挙句、案の定月末には腹ペコで今にも死にそうなほど衰弱した顔で炊き出しに並んでいた。


 金がある時には頼んでもいないのにバカみたいに奢ってくる癖に、金が無くなるととんでもなく意地汚い奇行を繰り広げる。アイマスクを解体して中の小豆をペロペロ舐めている姿にはとんでもない哀愁が漂っていたね。


 ただ人間としてはアレでも冒険者としてはどうだろうか。


 まずはセンサーとして超優秀な点が挙げられるだろう。


 彼には【領域】という、盗賊系統のジョブのみに許された第六感にして拡張された超感覚がある、それ抜きでも異常に優れた五感を持っている


 天才と謳われる侍、アーサー君ですら気付けなかった不意打ちを感知し防ぎ、300メートル先からの狙撃を振り向きもせずに回避する。半径15メートル以内なら気配のみで対象の種族と数が分かるそうだ


 先手必勝一撃必殺を絶対の理とする迷宮戦闘においては不意打ちを完璧に決める=勝ちなのだ。圧倒的な戦力の違いがあれば別だが2倍程度のレベル差ならひっくり返せるのだ。


 そしてレベル差が2倍以上ある場合でも不意打ちを受けたら勝てることは勝てる勝てるだけなのだ。壊滅的な被害は受ける。冒険者稼業を続けるには勝つだけではだめだ。死人を出しては行けない。レベルドレインを食らっては行けない。即死攻撃を持つボーパルバニーを筆頭に絶対に行動させては行けない魔物がいくらでもいる。そいつらからもろに不意打ちを決められた時点で冒険者として致命的な損傷を受ける。それ故に不意打ち対策に長けた彼はそれだけでどんなパーティーでも無能扱いはされないだろう。



 また、彼は戦闘時の指揮官も兼ねている。

 ちょっと前までは軍略等の指揮官に必要なスキルを必死で収めた侍のアーサー君が指揮をやっていたが、盗賊君の指揮能力をみて指揮官の座を自分から明け渡していた。


 正直平時はそこまで頭がキレるタイプでは無いのに、迷宮にいざ潜れば指揮官として申し分ない知性を発揮する。狂気じみた、未来が見えているのでは無いかという洞察力。いかなる危機的な状況でも、決して取り乱さない胆力。そして魔物や罠に対する膨大な知識量。指揮官に必要な素質は、全て持ち合わせているのだ。


 人間が全身全霊を以て振るう知力と暴力を容易くねじ伏せるのが迷宮の理不尽だが、彼は知略で理不尽を更に上からねじ伏せる。


 そして彼の職業は盗賊だ。本職の罠解錠の腕はどうだろう。これに関しては天賦の才を持っている。迷宮に潜る前から異常な手先の器用さを持っていた彼の解錠率は100%とまでは行かないものの、死に至る罠を起動させた事は一回もない。本当に肝心な時に彼がミスをしたことは無い。


 最後に戦闘能力はどうだろう。

 これも信じられないほど優秀だ。レベルアップによる強化の大部分が五感強化に取られる盗賊という職についているのにも関わらず、練り上げられた戦闘技術に、未来が見えているのではないかという天才的な戦闘センス、及び汚い手で身体能力の差を埋めてなお有り余る活躍を見せてくれる。


 同レベルの戦士とも真っ向からやり合える戦闘技術を、盗賊職のレベルアップの速さと組み合わせ、本来半非戦闘職である盗賊が、盗賊ならではの身の軽さや汚い手と共に、振り回すのだ。イカれてるとしか言いようが無い。


 あの侍、私達のパーティー最高戦力のアーサー君が


「あの戦闘技術、どれだけの研鑽を積んだんだろうな。正直、肉体性能が同じなら僕よりも強い、というか盗賊職だったら大陸で一番強いんじゃないの?」


 とまで私の胸をガン見しながら評価していたのは覚えている。


 長々と語ったが冒険者としての才覚において、彼の右に出るものは居ないと確信している。


 1年前までコソ泥だったとは思えない彼の力により私達は成り上がっていった。私達も頑張ったとは言え【黄金の剣】が迷宮都市屈指の冒険者集団に異常な速度で成り上がったのは半分以上彼の力と言っても過言では無い。恐らく彼はそれ程自分の活躍を評価していないのだろうけど。



 別の冒険者パーティーからも、なんの苦労もせずに、涼しい顔で迷宮を探索するその姿、悪意の迷宮からただ一人寵愛を受けたかのように迷宮の悪意を容易くねじ伏せる英雄として嫉妬と羨望と尊敬の対象となっている。


 なんにも苦労せずに益だけ得るやつは大体は嫌われていくけれどあまりにも度を越せば尊敬に変わっていくしね。


 かつて最高の冒険者と言われていた【白銀】を継ぐものと言われるのも頷ける。



 そして特異な、異常な程の冒険の才を持つ彼の最も特異な点は上位冒険者の中で唯一死亡した経験が無い事だ。冒険者の死亡率が何パーセントか知っているだろうか。答えは324%だ。大体の冒険者は3回以上死亡と蘇生を繰り返す。それ故冒険者は死亡を前提として行動する。全滅した時に死体を寺院に持っていく為複数のパーティーが助け合う【同盟】に加入するとかね。というか一度私達も彼以外死んでるしね。

 しかし彼は、彼だけは違った。どんなに死線をくぐろうと死が彼を避けていく。迷宮という悪意による死をねじ伏せる。死を嘲笑いながら死とは無縁とばかりに盗賊は迷宮を歩く。


 それ故に大量の二つ名がある彼の、最も有名な二つ名は【不死者】だ。


 これは謁見の際に、やけに彼をお気に召したトレボー王に承った名だ。言われた盗賊君は名誉名声大好きな癖して何故か苦虫を噛み潰した様な顔をしていたが。



 自分でも彼を褒め過ぎだとは思うんだけど、愛すべきパーティーメンバーからの認識も似たようなものだし許して欲しい、もっとも人格面に対する認識は結構違ったけど


 侍のアーサー君はデリカシーと配慮の無さにより友達がいないため、ブチギレながらもまともに相手してくれる盗賊君にとてもとても懐いている。


「ああ、盗賊君。凄い奴だよ。初めてあった時は真っ当に働けない薄汚れた小汚い怠惰で下賤で僕の英雄譚の面汚しになる蛆虫を超えた蛆虫だと思っていたけど、今では僕のヒーローさ、偽善者と言ってくれた事も宝物になっているよ」


 僧侶のスヒリアさんは無償での白魔術での行使が禁じられたこの都市で、医学による治療で貧しい人を如才なく助ける等の活動をしている紛う事なき善人、ではあるのだが狂気と正気のボーダーラインを常に高速反復横跳びしている為トラブルを撒き散らし盗賊君をキレさせる。


「盗賊さん? どんなに怒ってても絶対に暴力振るってこないし、【死ね】とか【殺す】とか言ってこないから大好き! 【コナゴナにしてやる】とか【消し飛ばすぞ】とか【埋めるぞ】とか言ってくるけどね!」


 ドワーフ戦士のグレゴリーさん。善人ではないが信頼できる奴ではあると言う、定評をもらっている傭兵。

 あまり盗賊君と話す事は無いようだがお互い嫌いあっては居ないようだ。


「ああ、盗賊か、あいつ馬鹿だから恩売っときゃ絶対に返してくんだよ、小間使いとして使い勝手が良ンだわ」


 魔術師のソーンさん。というかソーンちゃんか。

 とある地方の領主の娘であり、父親の死をきっかけに父親が雇っていたグレゴリーさんと共に迷宮都市にきたようだ。

 いつも迷宮探索後には盗賊君と二人で盗賊技能の訓練をしているので彼を師匠と仰いでいる。まあ本人の目の前だけでだが。


「あのクズ盗賊? ああ、まあ変な奴だよな、自己中心的で俗物で、はっきり言って人間としてはクズの部類に入る……んだが変なとこで真面目で妙に面倒見が良いし……マジなんなんだアイツ」

 ■■■■

 今日の迷宮探索はお休みだ。

 理由はうちの戦闘面での最高戦力と貴重な癒し手の兄妹が病院送りになったから。

 妹の方は何を思ったのかゴキブリを捕食し感染症にかかり、兄の方は梅毒だ。


 例によってブチギレながらもあいつらから目を離したらなにが起こるか分かんねえとか言いながら兄妹の付き添いとして【黄金の剣】の支柱である盗賊君も抜けていった。主戦力である三人組が抜けて、とてもじゃないけど今日の迷宮探索は出来なくなっている。


 ので現在はいつもの酒場に残ったメンバーで集まりバーベキューだ。


「ゴキブリ捕食して病院送りってなんだよ! あのまな板本当に人間か? 男だとカモフラージュする為の嘘告白だったとはいえやっぱあの馬鹿に告白したの間違いだったんじゃねえか?」


 魔術師ちゃんが野菜だけの串に被りつきながら、女性としてはかなり低い声で言った。


「あーお嬢が性欲モンスターとして有名な、あの金髪侍にビビって性別偽ってた時の話か」


 戦士グレゴリーさんが対照的に肉だらけの串に齧り付きゲラゲラ笑いながら言う


「あいつのきっしょい嗅覚で告白の次の日にはバレてたし、他の連中にもあっさりバレたけどな。まだお嬢の性別に気づいてないのあいつだけだろ、あのクズ盗賊」


「盗賊君そういう他人が隠したいと思っている事柄に対してクソ程鈍感になるからね、彼なりの無意識の良心の発露なんだろう」



「……お前さんが脳内ではどうあれ、絶対に他人の悪口言わないのは知ってるけど、あいつにはとりわけゲロ甘なの本当何?」

「さあ、何ででしょうか」


 私は笑った


「なんだ、おっぱいちゃんよ、あいつにコレか」


 魔術師ちゃんが下世話な笑いを浮かべながら指で下品なマークを作る。


「まあある意味では。私は彼を愛しているしね」


「は? 冷やかしがいがねぇとつまんねえんだけど、え、マジで?! そのデカパイがあのクズのものになんの? 嘘だろ、そもそもあいつのどこに惚れたんだよ! 

 あいつ迷宮内では確かに超かっこいいし、有能だし、強いし、頭もキレるが迷宮から一歩出ればただのクソチンピラじゃねえか! 


 いやチンピラとしては面倒見が良いし教えるのは上手いし化粧込みなら顔もそう悪くないしよっぽど変な事しなければ無害だし母親とペットのネズミに対しては深い優しさもあるしクールな一匹狼気取りたがるくせに表情豊かで間抜け面晒すし……」


 後半早口になりながらも魔術師ちゃんが喋る。

 うんうんその通り、よく分かってるじゃないか。彼には良いところもいっぱいあるんだ。総合すると平均以下の人格のクソ野郎になるだけで。


「ああ、このパーティー内の男だと、人間の感覚だと醜男の俺と例の性病キメラとあいつとの三択になるのか、まあ消去法であいつ一択だわな。でもお前さんなら例のイカれまな板程でも無いが顔も良いし頭も良いし性格も良い、もっといい奴いるんじゃねえの? トレボー王とか」

「あー違う違う、そういう意味じゃ無いよ。盗賊君とそういう関係になるくらいなら側溝と交尾した方がマシだしね」

「私達が言えることじゃねえけどお前も大概口悪いな」


 彼女は少し勘違いしているようだ。私は別に嫌では無いのだ。でも何も知らず、彼と私がそういう関係になるなんて、彼が哀れすぎるだろ



「そういう意味では無いんだよな。愛とはなんだと思う?」

「新手の宗教勧誘? 言っても良いけど下ネタしかでねえぞ」

「価値を認める事だろ」


「私を人曰く愛とはとある真正面から言うととても恥ずかしい言葉を言い換えたものでさ……」


 ■■■■


 でろんでろんになったソーンちゃんを宿へ送り届け、グレゴリーさんと別れて帰路につく。


 今まで人格面をボロクソに言ったがそれでも彼は尊敬に値する。


 悲惨な環境で歪みに歪んで行くところまで行ってしまったと違って彼は悲惨な環境で歪みきっても常識的なラインのクズで踏みとどまっているのだから。


 ああ、ここからが本題だ。彼は9歳の時に唯一の肉親であった母親を亡くしている。


 それまでの彼は恐ろしく貧しいながらも、責任感が強く、他者の為に手間をかける事を惜しまず、他人の命を助けるためならどんな苦痛であっても耐えられる、心の優しい少年だった様だ。


 母親の病気を治すためのお金を稼ぐためにスラム街中を駆けずり回って朝から晩まで仕事をしていた。ただ、最後には増えていく薬代に真っ当な稼ぎが追いつかずスリに手を染めていた。しかしもともとスリとして天賦の才があったのか、彼はスリ師として一種の尊敬すら集めていた。それが良くなかった。


 彼の母親が死んだ3日後廃人になりかけていた彼の前に現れたのは【盗王】という世界一のクソ野郎。彼の様な小悪党レベルのクズではなく、大陸中から殺意と憎しみをもってクズと呼ばれる正真正銘のクズ。


 容赦の無い、意味の無い、穢らわしい、悍しい、最悪な暴力によって彼は拉致され、とある組織に引き渡された。それは盗王の下部組織のアーダンとか言うゴミを首魁としたクソヤクザ。まだ九歳の子供だった彼にスリを強要し、彼を脅してクスリの売人になる事を強要してきた挙げ句断ったらボコってまたスリをさせやがったクソ共。


 彼の扱いは最悪だった。餓死一歩手前の彼にスリと空き巣を強要し、今に至っても彼の体に後遺症を残す程の虐待をゲラゲラ笑いながら行い、遊び感覚で熱湯を目にかけ彼を失明直前まで追い込み、彼の唯一の友達だったネズ吉くん(ドブネズミ、享年5歳)を踏みつけにして殺し泣き喚く彼に食わせ……


 でも私にはクソ共を糾弾する事など出来やしない、その資格が無いのだ、クソッタレ

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隣り合わせの灰とクズ(旧題:迷宮クズたわけ) @tinko1129

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