第37話 発条足ジャックの童歌――二番の歌詞


 ボブの脚本ほん――『リヴァプールの発条足男』も書き上がり、私達は舞台へ向けて大忙しの毎日である。内容は『オペラ座の怪人』と『ロミオとジュリエット』をくっ付けた様な話ではあるが、其処は流石のボブである。オマージュでもパロディでも無く、其れなりにオリジナルの面白い話に仕上げてしまうのは見事としか云い様がない。此の才能こそが私達がボブを見捨てられない一番の理由なのである。彼は卒業後、売れるか否かは別として、間違い無く其れなりの物書きに為れるだろう。


「セットは無くても良いんだ。役者だったら照明の明減で観客に場面を想像さろ‼」

「視覚効果なくして、現代演劇語るんじゃねー‼」

「小道具の使い廻しなんて出来るか! 新しく造らないと意味が無いんだよ!!」

「マーク、ケイン、いい加減に殺陣の稽古参加しろ! 個人練習は始まってんぞ!!」

「ねえ、アン。私の衣装、もう少しスリットを深めに入れられない?」

「そんなキワドイ衣装にして、学長から抗議でも来たら洒落に為らないわよ‼」

「御前等、予算にも練習時間にも限りが有るんだ‼ 勝手ばかり云うなぁ~!!!」


 侃々諤々、喧々囂々――新たな公演前の恒例行事で部室内は、しっちゃかめっちゃかの有様である。普段は大人しいケインも自身の分担には決して妥協はしない。他の連中も我を貫き通して、予算配分と合同練習の調整会議は紛糾している。まあ、之も何時もの事ではあるが……。

 漸くに大まかな調整が決まり、各々の作業や練習に取り掛かった。私は今回の公演では其の他大勢の端役なので殆ど舞台には上がらないで済むから、衣装造りに時間を費やせるので正直、有難い。

 ボブは皆を捌く議長役から解放されて、ミシンを掛ける私の前の椅子に、へたる様に座り込んだ。


「皆、我儘で困るよ……もう一寸、協調が出来ないのかね……」

「どの口が云ってんのよ……でも取敢えずは御疲れ様。後は行程表を書き終えれば、一息付けるわよ」


 ボブはカレンダーと睨めっこしながら、一ヶ月が五週間あれば良いのに等と下らない事を呟いている。そんな事をしている内に部室の扉がガラリと開くと、去年卒業した先代部長のブライアン先輩が遣って来た。


「ああ、先輩! 御久し振りです‼」

「よう、ボブ。アンも久し振り~、元気だった!」


 学生時代は長髪でサイケデリックな服装をしていた彼も、現在では髪を短くして背広姿である――今では地元の銀行員として働いていた。しかし今も地方紙のコラムに原稿を寄稿したり、古文書や地元の歴史研究等もしており、趣味で文筆業に携わっている。御金には為らないが、何か物を書くのが好きなのだろう。先輩は以前、ボブに頼まれた発条足ジャックについての資料に使う古い文献を幾つか持って来てくれた様である。

 発条足ジャックが現れた一九〇四年当時の新聞記事や小冊子に似顔絵――エリス御婆ちゃんのアルバムに貼ってあった新聞記事も有る。そして当時の子供達が作り歌った、童歌の歌詞等も幾つか有った。


「まあ、マザーグースには拾われなかった、十把一絡げの童歌だけど――君達には丁度良いだろ? 発条足ジャックを題材にした童歌だからね」


 よく、こんな物を見つけたなと感心してしまう。一九四〇年代頃迄、リヴァプールで音楽教師をされていた方が、子供達の歌う童歌を纏めて書き残していたそうだ。先の戦争の空襲の中、よくぞ焼けずに残ってくれたと感謝したい。

 幾つか存在する発条足ジャックの童歌――其の中の一つは何と、エリス御婆ちゃんから聴いた歌も交じっていた。話しの通りに三番の歌詞迄、有るのだが――一番が御馬鹿さんで二番は御間抜けさん、三番は助平さんと、如何にも子供らしい……代り映えのしない歌詞である。そして既に持っている例の一八三〇~一八四〇年代にロンドンの一角で歌われた童歌も有った。件の四人の男の子達がスタッフェル先生経由で教わった歌だ。

 私とボブは思わずにやけてしまう。本当に面白い偶然も有ったモノだと……しかし、よく見ると先輩が持って来た歌詞には――が有る。

 あれ? 確かボブがロンドンの友人に探してもらった発条足ジャックの童歌は、一番しか無かった筈だけど……。

 ああ、そうだった。確か四人の男の子達は新たに二番の歌詞を作ると云っていたのだったな……でも……あれ? 何だ?? 此の歌詞は??? 

 

 私とボブは絶句していた……ブライアン先輩は、そんな私達の機微には気付かずに、「此の童歌の編集者である、マードック音楽教諭は几帳面な人でね……童歌が如何云う経緯で出来たのか、態々一つ一つ細かく記しているんだよ。其の注釈の原稿が之ね」と、件の童歌の注釈原稿を渡してくれた。其れを私とボブは食い入るように読み始める。


【此の発条足ジャックを題材にした童歌は、元々は私の良き理解者であり先達の同僚、スタッフェル教諭が子供時代の一八四〇年代頃に、出身地のロンドンの小さな町の一角のみで歌われていた詩である。一九〇四年――突如として我が街リヴァプールに現れた発条足ジャックに昔を思い出して、生徒達に教えたそうである。二番の歌詞は其の時の生徒達が考案した物である。しかし此の歌詞の中の『怪物巨人』と云うのは、子供達の創作であろうと思われる】


 何か面白い歌詞だろう。此の資料を貸してくれたマードックさんの御孫さんから、更に面白い話を聴いたんだと、先輩は其の内容を語り出す。

 マードック音楽教諭がスタッフェル家の人から後年聴いた話しによると――此の歌詞は如何云った経緯で思い付いたか訊ねたら、四人の少年達は『発条足ジャック』に遭遇したとの事。そして発条足ジャックを追い掛ける、身の丈七フィートはある大男、『ティタン巨人族の末裔』に出逢ったと云う。発条足ジャックの後を追い掛けると、人気の無い原っぱで二人は決闘を始めた。発条足ジャックは銃を放ったが、何とティタン族の男は剣で全ての弾丸を叩き斬ったそうだ。焦った発条足ジャックは両手の鉤爪で襲い掛かるもティタン族の男の強烈な一撃で胸を貫かれて斃された。其の際に、ティタン族の男は左頬を切られたそうだが、唾を付けた指で頬の血を、そっと拭い去ると。最初、少年達は常識外れの治癒能力を目の当たりにして、彼の事を吸血鬼か悪魔だと思ったそうだが、男は自分はそんなに上等な存在では無いと……自分の事は『怪物巨人』とでもしといてくれと云ったそうだ。そして此の事は秘密にしといてくれとも頼まれたそうである。秘密を守る代わりに彼が叩き斬った弾丸を御褒美として貰ったという。

 始めは馬鹿げた子供の空想だと思っていたそうだが、後年にというのを知る事に為ったと云う。


 一九一四年から始まった世界大戦――且つての教え子達が大勢、戦地に赴く事と為り、スタッフェル教諭の元には何人もの元教え子達が挨拶に訪れたそうだ。其の中に件の発条足ジャックの童歌の二番を拵えた者達も居たそうだ。しかし例の四人組は揃って戦死してしまったという。正確にはだったそうだ。あの銃器よりも恐ろしいと云われた、スペイン風邪に罹患してしまったのだ。でも奇跡的にティムという青年だけが傷病兵として生きた侭、帰国出来たのであるが……其の命は風前の灯火であったという。其の知らせを受けてスタッフェル教諭は且つての教え子の元に御見舞いに向かった。其処でスタッフェル教諭はティムから御守りチャームを託されたそうだ。

 半分に切り割かれた弾丸――彼が、彼等が、子供の時から身に付けていた例の『怪物巨人』が叩き斬ったという、あの半分の弾丸を……。

 ティム曰く――自分達は此の御守りを身に付けてた御蔭で、敵の弾には一切当たらなかったと云う。


【此れは最高の『弾避けの御守り』だよ。此の戦争は未だ未だ続く……先生の孫も、そろそろ成人に為る頃だろう? 何時、兵隊に採られてもおかしくない。流行り病には敵わないが、敵の攻撃からは守ってくれる御利益が有るから、渡してやんなよ】

 

 そう云って其の弾避けの御守りを譲り受けたそうだ。ティムは其の数日後に亡くなったそうである。そして二年後に御孫さんが出征する時に件の御守りを渡したそうだが、御孫さんは傷一つ負わずに帰還したそうである。そして曾孫が大二次大戦の折、戦地に赴く際にも件の御守りを託した処、矢張り傷一つ負わずに生還したそうである――あのノルマンディー上陸作戦の最前線でだ。御守りの効果は覿面であり、ティムの云う通りにティタン族の末裔――怪物巨人の加護でも付与されているかと思ったそうである。勿論、ティタン族だの超回復力等は本気で信じている訳も無いが、現在でも件の御守りは、スタッフェル家で大切に保管されているそうだ。


 超回復能力と凄い剣技を持つ、ティタン族の末裔――怪物巨人か……何か、面白そうな話が書けそうじゃないかと、ブライアン先輩は笑いながらボブに此の話を元に、一つ脚本でも書いてみたら如何かと、軽い口調で進めている。先輩は其の他にも何か世間話等をしてから帰って行ったのだが、内容は頭に入ってこなかった。私とボブは、深く長い溜息を吐く。


「ねえ……エリス御婆ちゃんの話し……何処迄、本当だと思う?」


 ボブは忙しなく頭を掻きながら……ああだ、こうだと小声で呟いている。適当な言葉が見つからないのだろう。無理も無い……何せ今、聞いた話しはエリス御婆ちゃんからでは無い、別経路から入って来たケムラーさんの、怪物巨人の、フランケンシュタインの逸話なのである。マードック家でもスタッフェル家でも、怪物巨人の事は真面に信じてはおらず、其れ程に重要視はされていない話という扱の様だが――確実にケムラーさん達の普通とは違う、異常性を示す逸話が僅かながらにも、此処リヴァプールの街に伝わっているのである。

 でも何でリンダの叔父さん達は、此の話に辿り着けなかったのだろうかと述べたらボブに、「普通は、あの話しの流れで『発条足ジャックの童歌』を調べ様とは思わないさ」と云われた。確かに其の通りだわ……私達が此の秘事に辿り着けたのは、偶然なのよね。いや、不思議男ボブが無意識に振り撒く引力のせいかも……。

 ボブは考えが纏まらない様で、取敢えず此の話はリンダは元より、誰にも云わずに保留としようと云って、此の場を立ち去った。いや、逃げたのかしらね。

 もし之が恐怖ホラー映画だったのなら、気のせいだと思っていた悪鬼悪霊の類が実在すると判明し……派手な効果音と共に陰鬱な終幕と為るのだろう。ボブは今雅に、そんな感覚なのだろう。

 でも私の感覚は其れとは違い、何だか晴れやかな気持ちである。エリス御婆ちゃんの話は本当の事だったかもしれないという嬉しさを感じていた。


 あの強くて優しくて一寸、間抜けな人造人間達が――フランケンシュタインの怪物達が今も何処かで、大騒ぎしているのかと想像したら楽しい気持ちになるわ。

 彼等の『終わらない御茶会』は今も続いており、エリス御婆ちゃん達みたいに偶々、迷い込んだ人達と相も変らぬ馬鹿騒ぎを繰り返しているのだろうか。


 ――私も彼等に逢ってみたい――。


 例え彼等の記憶に残らなくても、自身にとっては一生の思い出と為るでしょうね。

 そんな子供じみた事を思いながら……四人の男の子達が作った発条足ジャックの童歌の二番の歌詞に――再び眼を落とした。






 発条足男ばねあしおとこがやって来た。

 

 ピョン、ピョン、ピョンと飛び跳ねて。


 怪物巨人を呼んで来い。


 鋭い剣でスパ、スパ、スパ。


 やれども発条足男は、カラ回り。

 

 怪物巨人は不死身なり。


 発条足男は降参だ。

 


 

 

                  了

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人造人間 ~リヴァプールの発条足男~ 綾杉模様 @ayasugimoyou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ