第36話 白い南瓜の花
あのパーティーから僅か一週間後――エリス御婆ちゃんが御逝去したとの知らせが入った。余りにも急な話しに、部員一同驚きを隠せない。あれだけ元気で豪快だったエリス御婆ちゃんが、亡くなった等とは俄かには信じられない。
ケインから聴いた話しによると――日曜日の朝……何時も通りに起きて、トイレに行って、朝食を平らげて、家族皆でゆっくりと御茶を飲み終わった後に、「今日も良い日だわさ」と云って笑った。其の直後、眼を閉じかと思いきや――其の侭、眠る様に亡くなっていたそうだ。医者の診断は、老衰による自然死との事。
葬儀は近日中に執り行われるという。取敢えずリンダの友人という枠で、ケインと私とボブが参列する事になった。雅か演劇部員全員で、ぞろぞろと出向く訳にはいかないので私達が代表という形だ。
エリス御婆ちゃんの葬儀には多種多様な人達が大勢集まっていた。訪れた人の数で故人の徳が計れる等とは聞くが――其の意味で云うならば、彼女は多くの人々に愛されていたのだろう。
如何云った御縁か、訊くのは憚れるが――ドギツイ化粧の夜の商売風の女性、厳つい貌の老軍人、民族衣装の礼服を着たアジア系の方も居る。スキンズの子等も今日ばかりは親から借りたであろう、黒い上着とネクタイを締めている。未だ十代半ばの彼等は着慣れぬ礼服に、逆に着られてるという感じで服の中でブカブカと泳いでいた。
親族の方々は努めて気丈に……と云うよりも明るく振舞っていた。湿っぽいのは気が滅入いり、人を駄目にする。だから常に前向きに行動するというのが、リンダの家の家訓なのだそうである。
「母さんは幸せモンだよなぁ……こんなに多くの人に見送られてよおぉ……」
「爺ちゃんの時は病院のベッドに酸素チューブで繋がれて、苦しそうだったのに比べたら……本当に楽に逝けたのも良かったよな……」
「本当に母さんらしい、チャッカリとした良い最期だよねぇ」
皆、軽口を叩きながらも其の目尻には光る雫が浮かんでいた。此の一族なりの故人の偲び方なのだろう。唯、感情任せに泣きじゃくるよりも何だか憐憫を誘う。
棺の中のエリス御婆ちゃんは微笑む様に安らかな貌だった。
トレードマークの青眼鏡を掛けて、胸元には御主人からの贈り物の白い南瓜の花のブローチを付けている。そして組んだ手の下には例の本――『フランケンシュタイン、或いは現代のプロメテウス』が挟まれていた。
ケインは所詮は自分が作った偽物なので、棺に入れるのは憚れると申し出たそうだが、親族の皆さんから是非にとの事で納めたそうである。
エリス御婆ちゃんの痴呆騒動が起きる以前――兄姉妹弟は疎遠に為っていたそうだ。勿論、何処の家庭でも長男以外は嫁に出たり独立したりで、外に出るのは当然の事だ。しかし、親としては矢張り寂しいモノなのであろう。勝気なエリス御婆ちゃんは、そんな態度は
そんな折に件の騒動が起こり、久方振りに兄姉妹弟が揃う機会が増えた。そして例の偽物の本を作成し、リンダには恋人も出来た。
「ケインよ……御前さんは家族を再び繋いでくれて、母さんを喜ばせてくれたんだ。おまけに娘の良い人に迄、為ってくれて本当に感謝しているぜ。だから、あの本は本物偽物云々じゃ無く、俺達家族の宝物に為ったんだ。謙遜も遠慮もしないで、誇りを持って母さんの棺に入れてやってくれ」
そう云われてケインは自らの手でエリス御婆ちゃんに本を捧げたそうだ。
でも彼曰く――エリス御婆ちゃんは本が手元に戻って来た事よりも、家族が集まった事の方が嬉しかったんだと思うよと、あくまでも自分の功績なんて、単なる副産物だと云い張っている。
我が友人ながら本当に良い奴だ。リンダみたいな美人に惚れられて、其の家族に迄、愛されるのが良く解る。
そんな事を思っていると唐突にボブが上着のポケットから、「宜しかったら、之どうぞ……」と云って、白花変種の南瓜の花を取り出した。周りの親族達は大驚きだ。
ボブ曰く――近所に庭で野菜作りをしている知り合いの小父さんが居て、偶々今日、此処に来る前に其処を通り掛かったら、此の花が咲いているのを見つけたそうだ。之、貰っても良いかと声を掛けたら、季節外れに咲いた変な花なんて、雑草と同じだと云ってくれたそうだ。何でそんな変な花を欲しがるんだと訝しがられたよとの事。親族達は、「でかした、でかした、有難う‼」と云って、ボブの頭を総掛かりで撫でまわしている。此の花は是非とも棺に入れたかったが、滅多な事では咲かない花なので諦めていたそうだ。エリス御婆ちゃんの人生の内でも此の花が咲いているのを見たのは数回しか無かったと云っていたそうで、とんだ奇跡が起こったモノだと皆で大喜びである。
我が友人ながら本当に不思議な奴だ。こういう妙な事を稀に起こすから、皆が放って於けないのよね。
棺が埋葬され、葬送の鐘が鳴り響く――今頃、エリス御婆ちゃんのは天国の階段を陽気に駆け上って、御爺ちゃんの処に向かっているのでしょうねと、リンダが泣き笑いに云った。あのエリス御婆ちゃんの事だ、本当に其の通りにやっていそうである。
葬儀の後、私達はリンダの家に招待された。流石に今日は大量の食事は無いが、代りに大量の甘い物が出て来た。でもスキンズの子等が任せて置けと云わんばかりに微笑んでいる。なんと、苦いアッサムを魔法瓶に作り置いてくれていたのだ。私は、ほっと胸を撫で下ろす。ボブは皆からもてなされて、甘い物を爆食しながら喜んでいる。あの強烈な甘味に抵抗無いとは改めて驚くばかりだ。しかも紅茶が苦いと大量の砂糖とミルクを注ぐ始末。あんた将来、糖尿病になるわよと心配したくなる。
紅茶を呑んで一息付いた頃、リンダが古いアルバムを持って来た。そして私とボブに、「御婆ちゃんが、エミリー大叔母さんが初恋を引き摺っているって話しをしたの覚えてる?」と云って来たので、勿論覚えていると答える。すると笑いながらエリス御婆ちゃんの御主人の写真を見せてくれた。正直、私は件の話を聴いた後から御父さんと御兄さんの容姿を見て、何となく想像が付いていたのだけれど……今雅に、答え合わせの時が来た。
エリス御婆ちゃんの旦那さんは黒髪で身長六フィート五インチの大男であった。
結婚式の写真ではエリス御婆ちゃんも高い踵の靴を履いているのだろうけど、身長差が凄い。リンダは御父さんと御兄ちゃんも大きいけれど、御爺ちゃんは更に頭一つ抜きん出る大男だったわと云いながら、ケラケラと笑っている。ケインも此の写真を見せて貰った時は笑ったよと云い、ボブも腹を抱えて、「コイツは、とんだ伏線回収だ‼」と大笑いである。
初恋を引き摺っていたのはエリス御婆ちゃんのも同じだったのね。
そんな和やかな雰囲気で終わったと思ったのも束の間……其れから数日後、私達は更なる『発条足ジャック事件』――フランケンシュタインの怪物について、衝撃の事実を知る事に為るのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます