第14話

~~想定外と例外は何時でも起きる~~

 

 成熟個体による稼働している魔装騎の鹵獲という異常事態が発生した。これまで破壊された魔装騎を歪神の眷属が持ち去る事はあったが、稼働している魔装騎を鹵獲するような行動をとった眷属は居なかった。そもそも軍務規定により鹵獲される段階で味方騎によって破壊が義務付けられている。


 しかし、今回の場合は成熟個体が魔装騎を守るという想定外の行動に出たため、稼働中の騎体が奪われることとなった。つまり、明らかに稼働している魔装騎を入手するという目的を成熟個体は持っていたのだ。


 この事を重く見た基地司令は状況を人類同盟軍司令部へと連絡し、急遽対策のための会議が設けられることとなった。


 落ち着いたクリーム色の壁紙を魔光球から放たれる光が柔らかく照らすのとは対照的に会議に参加している者たちの顔色は悪かった。ここ2週間で2箇所の基地から稼働中の魔装騎を歪神の眷属に露隠されるという報告が上がっており、つい昨日コーウェンズ監視基地よりの報告で3箇所目へと増えたのだ。


 最初の事例である激戦区である中央北部のラクトゥーナ基地ではY-792の間引きを行っている際にゲインズ重工の最新鋭機『テミス』を灯火の騎士ごと奪われ、東方においては星導教国の星導騎士団専用機『アリステリア』がY-630の攻略を失敗し、撤退中に奪われるというのが現在の状態だ。


 そして最初に魔装騎を奪われて一週間後にラクトゥーナ基地はY-792から発生した『氾濫』により手痛い損害を受ける事となった。同じく星導教国の基地も今週に入って監視していた歪神の拠点から発生した『氾濫』により被害を受けている。ラクトゥーナ基地の事例から稼働中の魔装騎を奪われた場合に『氾濫』が起きる可能性が示唆されたために防備を固めていたのが幸いして被害はラクトゥーナ基地に比べればましではあった。


 これにより、稼働中の魔装騎を歪神は何らかの形で端末の急速な増産に使用しているのではないかという仮説が立てられた。これにより、稼働中の魔装騎を鹵獲されたコーウェンズ基地も一週間後には『氾濫』に襲われる可能性が高くなってきている。


「救援を送るべきではあるが、どの戦線もひっ迫しており動かせる戦力が無いのが問題だ」


 髪に白いものが混じり始めた壮年の男が声を上げる。一つの星が抱かれた階級章は准将を表している。フェリックス・シュミット准将、ネクラーソフ・ドクトリンを実用レベルで運用可能とした俊英である。


「可能であれば眷属の増産の余裕を与えずY-856を攻略し、今回の現象の原因を究明するべきではないか?」


 参謀の1人が声を上げる。


「だが、その戦力がどこにある?」


 そこに同盟軍の司令部にいるには違和感を覚える少女と言っても良い小柄な女性が声を上げる。


「救援ならば我々が向かおう」


 背中に流された銀髪から蒼い炎が噴き上がる。


「貴官の申し出はありがたいが、エインヘリアル隊は司令部の直轄部隊だ。容易に動かす事は難しい」


 参謀の1人が反対を唱えるが、彼女はぎろりと切り揃えられた前髪から覗く赤い目でねめつける。その強い視線が自分の胸に届かない程度の小柄な体から発せられたとは思えない迫力に知らずつばを飲み込む。


「どの道この規模の歪神ならば救援がなければあのコーウェンズ監視基地は持たないでしょう。それに北方戦線に張り付かせている部隊から戦力を抽出するのも無理がある」


 言っていることはもっともだ。現状自由に動かせる戦力は同盟司令部直轄の精鋭であるエインヘリアル部隊しかいない。


「しかし、貴官らは5日前に北方前線の源泉攻略戦を終えたばかりで部隊に欠員も出ているではないか」


「お心配り感謝致します。しかし、ここで動かなければ何の為の司令部直轄部隊でしょうか」


 それに、と少女が浮かべるにはあまりにも違和感のある獰猛な笑みで言葉を続けるソフィア・ヘインズワース。


「我が隊の精鋭は多少の欠員が出たところで問題なく、何も問題なく作戦を遂行できるものと私は信じております」


 それを見て将官が一つ頷く。


「う、うむ。貴官らの能力は疑っておらんよ。わかった、これよりエインヘリアル隊をコーウェンズ監視基地へと派遣しよう。直ちに準備にかかってくれ。命令書は後ほど届けさせよう」


「了解いたしました。それでは直ちに隊を纏めて出立いたします」


 しっかりとした敬礼の後、退室しようとするソフィア・ヘインズワースを司祭服を身に纏った老人が呼び止める。


「問題のコーウェンズ監視基地じゃが、無理にエインヘリアルを出さなくても我が神聖騎士団を出しても良いですぞ?」


 星導教国から派遣されている戦司祭、他の軍で言えば左官に相当する地位の男だ。先日の源泉攻略戦では露払いの役目に充てられたことが不満なのだろう。


「なに、同じ同盟国軍の危機であるならば、我が神聖騎士団もその力を振るうのも吝かではないではありませぬ。」


 そろそろ手柄をよこせ。暗にそう言い出した戦司祭の老人に内心の嫌悪感を顔に出すことなく、将官は答える。


「では、東方戦線から戦力補充の要請がありましたので、神聖騎士団にはそちらに向かっていただきましょう」


 東方戦線は星導教国が戦線に隣接している場所だ。つまりは、こちらを気にする前に足元をどうにかしろという事だった。


「なるほど、承知いたしました」


 引き下がる老戦司祭。腹の中でどう思っているかはわからなかったが少なくとも笑顔を維持するだけの余裕はあるのだろう。


「では、エインヘリアル大隊とコーウェンズ監視基地の合同戦力によるY-856の攻略を行う事としよう」


 フェリックス・シュミット准将の一声によりY-856の攻略が決定された。人類同盟軍司令部指揮下の最大戦力であるエインヘリアル大隊が派遣されることとなった。


「ソフィア・ヘインズワース少佐。貴官の奮戦に期待する」


「ハッ!小官の最善を尽くします」


 フェリックス・シュミット准将とソフィア・ヘインズワース少佐がお互いに敬礼を交わし、ソフィアは退室していった。

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人類は六割の確率で生き残るようです~魔装幻想~ 葉崎京夜 @kyouya_hazaki

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