第13話

~~やがて死が追い付いてくる~~


「えっ?」


 爆散するオレンジ3のセレストムーンを見て、ユウトの口から洩れた最初の一言がそれだった。戦術モニターからもオレンジ3のマーカーは焼失している。一瞬動きを止めた所に前衛突撃種が猛然と突進してくるのを反射的に回避したが、まだヴァネッサが居なくなったことが受け入れられない。


「ホワイト2。何をしているんだ。今は戦闘中だぞ!」


 オレンジ1からの鼓膜が破れるかと思う様な音声通信で我に返るユウト。即座に操縦桿を操作して、迫る前衛突撃種の間を縫うように移動しながら肩部にラッキングした大剣を引き抜き魔力炉と回路を接続させる。


 ユウトの駆るアーレスが片手で持った大剣で前衛突撃種の片足を切り飛ばしながら左手に装備した55mmアサルトライフルでS級射撃種を撃ち抜いていく。


「俺が助けてあげられたはずなのに!」


 ユウトの左目の蒼い炎が燃え上がる過剰な出力で魔装騎を動かしていることの証明だ。左目から首筋、左腕さえ蒼い炎を噴き出しながら周囲の眷属を薙ぎ払う。


「ホワイト2飛ばし過ぎだ!」


 歪神の眷属は蒼炎化率の高いものを優先的に狙う。歪神の眷属たちがその無機質な目で一斉にユウトのアーレスをみる。突き刺さる無感情な視線の圧力を感じるが、今のユウトにはそんなことはどうでも良かった。


「くそ。ホワイト2、蒼炎化率を下げるぞ!」


 ホワイト小隊の指揮官機、ホワイト1に搭載されている蒼炎化抑制装置が作動し、ユウトの蒼炎化を抑えにかかる。だが、それでも足りない。今やすべての眷属がホワイト2を狙って殺到している。


「こっちも蒼炎化率を上げる。ホワイト3援護は任せた!」


 ホワイト1に搭乗しているベルンハルトの右腕から蒼い炎が噴き出し右半身を覆う程に広がる。すると、ホワイト2に殺到していた歪神の眷属たちが今度はホワイト1へと目標を替えて動き出した。


「あぁ、もう。二人とも無茶しすぎ!」


 ホワイト1へと殺到する眷属たちを背後から105mmスナイパーライフルで次々と撃ち抜きながらエステルが愚痴を吐く。後方からは砲声が絶えず、前衛突撃種に追従してきたM級格闘種やM級射撃種を吹き飛ばしている。今ここを凌げば、状況は好転するはずだ。


 ホワイト1は大盾を上手く使い前衛突撃種の突撃を逸らすと、その勢いを利用してその足を持ち替えた戦斧で叩き切る。勢いに負けて転倒するのを見ることなく戦斧を腰部にラッキング。肩にラッキングしてた55mmアサルトライフルで射撃種を次々と仕留めていく。


 ホワイト2、ユウトは55mmアサルトライフルを両の腕部に一丁ずつ構え、射撃種を優先的に撃ち倒している。少なくともこの場では前衛突撃種の突撃を行えるだけの距離がない。ならば、優先的にたたくのは射撃種だ。FCS、射撃制御装置が次々と目標をロックオンしていきホワイト2は跳躍しながら銃弾を吐き出し続けた。


 ホワイト4に乗るシュシュは、203mm榴弾砲を機甲騎士中隊が撃ち漏らした足の速い眷属たちに向かって撃ち込み続けている。シュシュの方でモニターしている損傷度合いはホワイト1が限界近いことを示していた。


「ホワイト4より、ホワイト1へ。損傷が限界よ。ホワイト2と交代して!」


「ホワイト1了解。ホワイト2暫く頼む!」


 蒼炎化抑制装置を自身に使用して蒼炎化を抑えるとホワイト1はホワイト4の位置まで下がり、入れ替わるように右腕部で保持していた55mmアサルトライフルを肩部にラッキングし、代わりに大剣を引き抜いたホワイト2が前に躍り出る。


 先程の荒々しい動きとはまるで別物のように、的確に前衛突撃種の脚部を切り飛ばし、左手の55mmアサルトライフルで止めを刺していく姿は漸くユウトが冷静になった証拠だろう。訓練通りの動きが出来ている。


「ホワイト1へ。こちら第32機甲騎士中隊!」


「こちらホワイト1。取り込み中ですが何がありました?」


「こちらから成熟個体の突出を確認した。そちらに向かっている!」


「了解。こちらで処理します!」


「頼んだよ!」


 通信が終わると同時に八本の脚を蠢かせながら全長20mを超える巨大な成熟個体がホワイト小隊に向かい突き進んできた。全身を金属質な装甲に覆われた蜘蛛を思わせて生理的な嫌悪感を湧きたたせる。


 地面を高速で走りホワイト2へと突っ込んでくる。振り上げられた前肢を大剣で弾き飛ばす。勢いに押されて距離が開く。


「うぇ。アーレスを吹き飛ばすとかマジかよ」


 55mmアサルトライフルの連射で牽制しつつ、態勢を整えるユウト。蜘蛛型の成熟個体が威嚇するように二本の前肢を振り上げる。金属の鈍い輝きを放つ装甲にうっすらと傷がついてるのが見える。


「ホワイト1より各騎へ。こいつを倒せば一段落だよ。気合いを入れよう!」


 応急修理が終わり前線に復帰したホワイト1が声を掛ける。大盾を構え55mmアサルトライフルを乱射しながら成熟個体の前に出る。乱射された弾頭は強固な装甲に弾かれてしまうのを見て、白兵用の戦斧を腰から引き抜き構える。


「今のうちにホワイト2も応急修理を受けて置くんだ」


 ホワイト1の指揮に従い、ホワイト4の位置まで下がるホワイト2。援護するように105mmスナイパーライフルを撃ち込むホワイト3。精密作業用のアームを伸ばし、各部の修理を始めるホワイト4。


「この部品は駄目ね。交換するから前線はもう少し持たせて」


 シュシュは手際よくホワイト2アーレスの脚部の装甲を取り外し、内部パーツを交換していく。駆動系のパーツが大分ヘタっていたがこの場では応急処置が限界だ。


「帰ったらフルオーバーホールね。相変わらず無茶苦茶な機動するわね」


 シュシュの小言を聞きながら、ユウトは前線の様子が気になった。前線ではベルンハルトのホワイト1が大盾で敵の前肢を逸らしながら戦斧を振り降ろすが、浅い傷をつけるだけに終わっている。


「ホワイト1。少しだけ動きを抑えて!」


「承知した!」


 前肢を振り上げたタイミングでホワイト1は大盾を構えブースターに点火し突撃し、成熟個体の態勢を無理矢理崩し、そのまま大盾で抑えつける。


「流石。とったわよ!」


 動きが止まった成熟個体の頭部に105mmスナイパーライフルの弾頭が突き刺さりはじけ飛ぶ。頭部を半分吹き飛ばされた成熟個体が抑えられてた肢を無茶苦茶にあばれさせ、ホワイト1を弾き飛ばす。


 吹き飛ばされたホワイト1はピクリとも動かず、ホワイト4のバイタルセンサーでもバイタルが低下してるのが見える。


 4つに減った複眼がホワイト3を見やり、一気に走り始めた。センサー越しに迫る半分になった頭部がエステルの視界いっぱいに映し出される。


「うそっ、まだ動けるの!?」


 頭部を吹き飛ばし片が付いたと思っていたホワイト3は完全に虚を突かれ、そのまま巨大な蜘蛛の様な肢で絡め取られる。そのまま成熟個体は背部から昆虫の翼を生やし飛び立とうとする。


「させるかよ!」


 ホワイト2が55mmアサルトライフルを連射するが強固な装甲に阻まれ、成熟個体は離陸を始める。ホワイト4が203mm榴弾砲を撃ち込むが、離陸を止める事はかなわなかった。


「ホワイト1より各騎へホワイト3が鹵獲された。軍務規定に基づきホワイト3を破壊しろ!」


 歪神はあらゆるものを取り込んで混ぜ合わせ眷属として生産する事が出来る。あらゆるものには魔装騎も例外ではない。つまり、魔装騎が鹵獲され歪神によって生産されるのを防ぐ為に軍務規定上、魔装騎が捕獲されそうな場合は友軍騎がこれを破壊する事が義務付けられているのだ。


「いやだ…...助けてよ。助けてよ!」


 エステルの悲鳴が通信回線越しに聞こえる。ホワイト3を狙う55mmアサルトライフルの銃口が動揺で揺れる…...敵味方識別装置、IFFは既にホワイト3を味方とは扱われていない。火器管制システムが照準が完了したことを示すロックオンのブザー音を鳴らす。


「助けて!ユート!」


「ああああああああ!」


 その言葉に答えるようにホワイト2の55mmアサルトライフルから銃弾が飛び出す。狙いは外すことなくホワイト3の胴部へとはしる。


 55mmの殺傷能力の塊はホワイト3を破壊するはずだった。突如成熟個体の胴部から伸びた副肢が多重にホワイト3を守り、弾頭はホワイト3に届くことなくその力を失った。成熟個体はホワイト3を抱えたまま飛び去っていく。ユウトの脳裏には助けてというエステルの言葉が繰り返し聞こえてくるのだった。

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