第12話

~~得られたものと失ったもの。等価交換など、この世にはない~~


 いよいよ間引き作戦の日を迎えた。北からの風がコクピットハッチを開けたユウトの短めの髪をなでる。操縦者たちが乗り込んだ魔装騎や機甲騎士は輸送車両から次々と降車していく。


「こう見ると壮観だな」


 魔装騎2個小隊8騎。機甲騎士2個中隊80騎が整然と並んでいる。このうち何人が生きて基地に戻れるかと、思うと不安が湧き上がってくる。不謹慎だがそれが自分ではないことを星に祈った後、指示に従い所定の位置につく。


 各機甲騎士が機甲騎士用の円匙やドーザー型のアタッチメントを取り付け野戦築城を始める。緩やかな勾配と細かい溝を組み合わせる事で前衛突撃種の突撃衝力を少しでも弱めようという工夫が見て取れる。


 外の空気を胸いっぱいに吸い込んでユウトは魔装騎のコクピットへと滑り込む。各部位の動作チェックを行いながら、今回自分たちホワイト小隊の役目を反芻する。


 基本的にはVの字、鶴翼の底辺に位置しオレンジ小隊が釣りだしてきた眷属を射撃で抑えつける。そして、陣形が崩れた時の機動防御を行うのが自分たちの役割だ。陣形が崩れる場合は凡そ二つ。成熟個体が片翼に突っ込んでくるか、オレンジ小隊が陣形の許容量を超えて釣りだしてしまったかだ。


 どの道自分のやることは決まっている。左目の蒼い炎を揺らめかせながら地平線の向こう側に突き出る歪神拠点を見やる。と、個人回線に着信があるのが網膜投影型のモニターに映る。送信者はオレンジ3、ヴァネッサ・サーブリコヴァーだ。


「こちらホワイト2。オレンジ3どうかしたか?」


「こちらオレンジ3。うん、大した話じゃないんだけど」


 ひとつ息をつく音が回線越しに聞こえる。


「ユート君は怖くないのかな。演習じゃなくて実戦だから死ぬかもしれないんだよ?」


 不安に震える声でヴァネッサの声が通信回線越しに聞こえてくるが、ユウトにとっても恐怖はあるのはある。しかし、危険性はヴァネッサの所属するオレンジ小隊の方が遥かに高い。


「俺よりも危険な役割だからな。怖いって言うのも分かるよ。けど、不整地での退き撃ちは散々訓練でやったじゃないか。訓練通りにやれば大丈夫だよ」


 小さい励ましではあるが、それが少しでもヴァネッサの力になればと思い声を掛ける。機甲騎士たちが行った野戦築城のデータを送る。


「退く時に必要になるから、これを頭に叩き込んでおかないと変なところで足を取られるから気を付けてな」


「うん、ありがとう。私頑張るね。それに、危ない時はユート君が助けてくれるよね!」


 通信回線越しに明るい声が聞こえて通信が切れる。と思うと、別の着信が入ってくる。ホワイト3、エステルからの通信だ。少々面倒だと思いながらも、通話回線を開く。


「ユート。そっちの調子はどう?」


「あー、こっちの方はチェックは終わってる。エステルは?」


「こっちも終わってるわよ。散布した地雷の位置データも確認した?」


「当然終わってる。どの道俺たちが前に出る時は地雷は無くなってるんじゃないかな」


「さて、そろそろ作戦時間になるな。無事に打ち上げに参加するぞ」


「えぇ、そうね。落とした数が少ない方が奢りってのはどう?」


「今回は演習じゃないんだ。真剣にやれよ」


 エステルとじゃれて居ると全回線に通達が入る。


「これより、Y-856の間引き作戦を開始する。各員の奮闘を期待する」


 エステルの顔が映るウィンドウにグッドラックの文字が踊る。オレンジ3の回線にもグッドラックのスタンプを送り付けて操縦桿を握りしめる。




 作戦開始と同時にオレンジ小隊がスラスターを吹かし地平線の彼方へと駆けて行く。戦況マップを見ると各地で砲撃が始まっていたが、ホワイト小隊が担当するエリアは砲撃は控えており、オレンジ小隊が釣りだしてくる眷属を待ち構えている。ジリジリと時間が過ぎていくのがじれったい。


 オレンジ小隊から釣りだしに成功したという通信が入ったのはその数分後だった。俄かに緊張感を増すホワイト小隊と第32・24機甲騎士中隊。


「釣りだしには成功。総数は想定内。成熟個体無し!」


 オレンジ1からの通信に合わせて眷属の位置データと総数を送り付けられてくる。前衛突撃種60、随伴の射撃種50。後続に格闘種や重射撃種が伸びて続いていく。歪神拠点からは砲撃種の砲撃がオレンジ小隊のいる方向に次々と着弾していく。


「流石、快速のオレンジ小隊。いい仕事をするねぇ。野郎どもあたし達の仕事の始まりだ!」


 第32機甲騎士中隊を率いるトレスプシュ大尉が殺し間に入った前衛突撃種の側面に銃弾や砲弾を叩き込む。オレンジ小隊は脚部のスラスターを反転させ前後逆転させたまま疾走し、前衛突撃種に次々と55mmアサルトライフルや105mmスナイパーライフルを叩き込んでいく。


 敷設した地雷源を上手く回避しながらホワイト小隊と隊列を組み、特火点に引き摺り込まれた前衛突撃種に一気に火力が叩き込まれる。


「前衛突撃種は潰した!後は機甲騎士の火力で押し切れる!」


 前衛突撃種に追従し長く伸びた歪神眷属が次々と88mm砲で吹き飛ばされて行くのを見て歓声が上がる。


「よし、粗方片付いたね。オレンジ小隊、もう一釣り行ってもらえるかな?」


「了解。こちらも温まってきたところだ。オレンジ小隊続け!」


 ホワイト1からの要請により、再び出撃していくオレンジ小隊を見送り無事を祈るユウト。殺し間に転がる歪神眷属たちの残骸を見ながら、この残骸の処理方法も考えないと積み上がって砲撃の威力が削がれるんじゃないかとも思う。それに、同じルートは残骸に遮られ使えなくなる。


「ホワイト1。多分今のルートが使えるのは今引っ張り出してるやつまでだ。次回以降はルートが眷属の残骸で埋まって使えなくなるし、残骸が障害になって砲撃が通らなくなる」


「ホワイト1了解。となると、戦線を上げなきゃいけないな。幸いな事に眷属の残骸で遮蔽物は十分確保できている。オレンジ小隊が戻り次第戦線を押し上げよう」


 次の交戦が終わり次第、戦線を押し上げる要請を各部隊に送ったホワイト1から秘匿通信が入る。


「やっぱり現実は机上演習通りにはいかないね」


「今は作戦中だぞ。私語はやめとけ」


 ベルンハルトからの愚痴を流し、地平線の彼方を遠距離センサーで確認する。土煙の量が多い。


「ホワイト1。多分許容量を超えている」


「ホワイト1了解。想定よりも釣れたようだ。後続を機甲騎士中隊の砲撃で切り離してホワイト小隊はオレンジ小隊の援護に回る!」


 ホワイト小隊がこちらに退避してくるオレンジ小隊と合流する為に一斉にスラスターから光を噴き出させ移動を開始する。


「オレンジ1。こちらホワイト1だ。状況は!?」


「こちらオレンジ1!すまん。予想以上に食いつかれた。眷属の残骸で足元が安定せず速度が出せない!」


「了解した。後続は機甲騎士中隊が切り離してくれる。合流して敵の突出点を叩くよ!」


 迫りくるM級前衛突撃種の群れに次々と武器を構える魔装騎達。流れるように二つの小隊は分かれ、左右から前衛突撃種の足を潰していく。転倒した前衛突撃種に巻き込まれ随伴していたS級射撃種が轢き潰されていく。


「あ、ユートく」


 ユウトの乗るホワイト2を確認したオレンジ3から涙声の音声通信が届き、助けに来てくれたのがうれしかったのか、一瞬注意をそらしてしまった。そのほんの一瞬の間に前衛突撃種の突撃に引っ掛けられ襤褸くずのように跳ね飛ばされて宙に飛んだオレンジ3の騎体にS級射撃種から発射された収束魔力光が突き刺さって爆散した。



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