第3話
コツ、コツ、コツ、と廊下に足音が響く。
「あの人たちはもう帰ったの?」
ウィリアムはリリーの肩に手を乗せる。
「えぇ。悲鳴を上げながら走って行ったわ。あれで探偵なんてね。探偵という職業をバカにしているわ」
「まぁ、どうせ貴族のお遊びだろう」
フッ、とウィリアムが吹き出すと、リリーも笑い出した。その様子は、意地悪な義兄と、使用人のようにこき使われているはずの義妹には見えない。
「あの2人は、私たちが言うことを何一つ疑わなかったわね。私はちゃんと言ったのよ? お兄さんがいなくなって寂しいでしょう、と訊かれたから、『今もそばにいてくれていますから』って」
「ガイコツの噂を、素直に信じたんだろうね」
どうしてガイコツを持っていたら、それが大切なものだと思うのだろう。どう思っているかは、本人にしか分からないことだ。
それに、どうして双子がそっくりだと思うのだろう。男女の双子なら、二卵生双生児だ。全く似ていなくても不思議ではない。
「私たちはずっと一緒にいるのにね。リアム」
「本当にね。僕とウィリアムの髪の色が一緒でよかったよ」
「でも、顔は全く似ていないのに、バレないものね。ウィリアムは目が吊り上がっていて、意地悪そうな顔をしていたもの」
「ウィリアムは街へ行って悪い友達と遊ぶくらいで、近所付き合いはしていなかったし、他人の顔なんて、そんなにじっくりとは見ないものだよ。それに、顔が半分しか見えなければ、バレないものさ。近所の人にウィリアムと間違えられて、僕たちはこの計画を思いついたんだから」
3年前のことだ。リリーとリアムが門の前で話をしていると、近所の女性が通りかかった。するとその女性は、リアムと目を合わせて——。
「お久しぶりです、ウィリアム様」
と言った。たしかにあまり顔を合わせることはないが、両親が死んで以来、7年も屋敷に住んでいるのに、すぐ近くに住んでいる女性は、ウィリアムとリアムの見分けがつかなかったのだ。
2人は驚いたが、すぐにこれを利用しようと考えた。叔父とその家族に復讐する為に——。
2人は、死んだ両親が蓄えていた財産を奪うために、叔父が自分たちを引き取ったことを知っていた。その挙げ句に、自分たちが使用人のように使われていることが許せなかったのだ。
それからは、リアムは明るい時間には外へ出ないようにして、どうしても出なければならない時は、帽子を深く被った。
ウィリアムに悪い仲間を紹介したものリアムだ。昼間は寝ていて、夜に街へ遊びに行くようになったウィリアムは、近所の人に姿を見られることはなくなった。
リリーは積極的に庭の仕事をして、近所の人たちに姿を見せる。そして噂好きの人を選んで、
『自分とリアムは、義理の家族にこき使われている可哀想な子で、2人で助け合って生活している。でも叔父やその家族を恨んではいない。感謝している』
と話した。計画を実行した時の為に、自分たちの印象を良くしておきたかったからだ。
「あの探偵たちはきっと、男にしては小柄で、天使のような顔で微笑むリアムには、人殺しなんてできるはずがない、と思っているでしょうね。本当は、結構たくましい身体をしているのに」
「計画を実行するまでの2年半、ずっと鍛えていたからね。馬車を谷底に落とした後に、崖を下りないといけなかったし、3人を1ヶ所に集めて火をつけたんだけど、太っている叔父さんを運ぶのは苦労したよ。鍛えておいてよかった」
「本当ね。鍛えた身体は、大きめの上着を羽織って隠しているけど、顔の印象で勝手にどんな人かを決めつけてしまう人間が多いから、助かるわ。——そういえば、リアム。途中で笑ったでしょう」
「あ、気付いた? だって、あまりも簡単に騙されてくれるから、思わず笑ってしまったんだよ」
「悲しんでいるふりをして、なんとか誤魔化していたわよね。両手で顔を
「もう我慢できなくてさ。でも、どうせリリーくらいしか、気付く人はいないよ。あの探偵たちも僕の話を聞いても、おかしいとは思わなかったようだしね。石に乗り上げたとか、どんな風に落ちたとか、馬車の中にいた人間に分かるわけがないじゃないか。しかも暗い夜だよ?
それに、僕の怪我を見ようともしなかったけど、3人が大怪我を負った上に火に焼かれて死んでいるのに、馬車の中に乗っていたウィリアムだけが、顔の左側に火傷を負っただけって、ちょっと無理があると思うんだけどね」
リアムが前髪を上げると、
「傷跡があると聞くと、気を遣って見ないようにするものなんでしょうね。私だったら絶対に確認するけれど」
「僕もだよ。みんな優しいんだね。ところで、いつまで部屋に飾っておくの? 義兄さんの頭。リリーが僕のガイコツと一緒に寝ているっていう噂も充分広がってくれたし、もういいんじゃないの? 近所の人たちも気味悪がって、この屋敷に近付かなくなったし」
「ん? まぁ、リアムが死んだと思わせることには成功したけど、私たちを散々こき使ってくれたから、お返しに何かに使ってやろうと思って考えていたのよ。でも、お義兄さまはガイコツになっても、何の役にも立ちそうにないのよね。あ。探偵気取りのお坊ちゃまを驚かすのには使えるわね」
「そうだね。ふふっ、まだ子供だった僕たちに『役立たず』って、いつも言っていたくせに、それだけしか役に立たないなんてね。はははっ」
「あんなに偉そうにしていたくせにね。あはははは」
屋敷の1番端にあるリリーの部屋は、いつもカーテンが開いている。近所の人が屋敷の前を通った時に、庭越しに部屋の中を見てもらうためだ。
濃い紫色の壁には、色とりどりの蝶の標本が、数え切れないほど貼り付けてある。全てリリーが趣味で作ったものだ。棚には森で拾った、鹿やウサギの頭蓋骨が、本と一緒に飾られている。
そして、窓からちょうど見える高さに作った台の上には、ガイコツが置いてある。生きている間は毎日嫌味ばかり言ってきた、大嫌いな義兄の頭は、今はガイコツになって、すっかり静かになった。
寝る前に義兄のガイコツにひと声かけるのが、リリーの日課だ。
「少しは役に立ってくださいね、お義兄さま」
リリーは今夜も、ガイコツと共に眠りにつく——。
〈了〉
灰かぶり姫はガイコツと共に眠る 碧絃(aoi) @aoi-neco
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