お父ちゃんの味噌汁

この美のこ

お父ちゃんの味噌汁

 私は三人姉妹の末っ子である。

私が生まれる時、上の二人が女の子だったので誰もが次は絶対男の子と期待していた。

大正生まれでバリバリの昔人間だったお父ちゃんは、家の跡取りである男の子の誕生を誰よりも望んでいた。

私が生まれた昭和三十年代は一家の長である家長(男)が、家族の人達に対して、絶対的な支配権を持つ家族制度の傾向がまだ根強く残っていたのだ。

だからお父ちゃんは家を守るべく跡取り息子が欲しかったのだ。


 そんな時代に三人目に生まれた私が女の子と知って、

「また女か、働く気がせんようになった」と放った。

妻への労いの言葉は一切ない。

その時の事をもちろん生まれたばかりの私は知る由もないが、お母ちゃんは必死に産んだ末のこの一言に絶望的な気持ちになったと後に話していた。

「お父ちゃん、アンタは鬼か?!」

とツッコミを入れたい。

お父ちゃん、今の時代だったら即、離婚問題に発展だよ。

お母ちゃんはあの時代の人間だから耐えてくれたんだよ。


 そんな訳で、私はお父ちゃんに可愛がられた記憶がない。

断じてない!……と思っている。

昔気質の頑固おやじそのものだった。

無口で多くは語らないが、たまに話す言葉は嫌味だった。


 更に、『男子厨房に入るべからず』を地でいったような人で料理なんてまったくやらない人だった。

そればかりか家の事全般お母ちゃん任せだった。

でもそんなお父ちゃんもお母ちゃんがおばあちゃんの介護で腰を痛めて動けなくなった時、台所に立つようになってそれを機に味噌汁だけはずっと作り続けた。

多分七十歳くらいから八十五歳くらいまでずっと……。

私が実家暮らしをするようになった時はすでに作っていた。

台所に立って包丁を持って野菜を切ってる姿を見た時はビックリした。

食材の買い出しも毎日お父ちゃんが行っていた。

人間変われば変わるもんだ。

お父ちゃんの作る味噌汁の具は、いつも決まっていた。

油揚げ、玉ねぎ、かぼちゃ、シメジ、わかめ、豆腐が必ず入っていた。

それが妙に美味しかったなぁと今でも思い出す。

いつの間にか私の味噌汁の具もお父ちゃんと一緒になった。

でも何故かお父ちゃんの味噌汁の味にならないんだよね。

もう一度、お父ちゃんの作った味噌汁を食べてみたいなぁと最近つくづく思う。

それにお父ちゃん、歳を重ねたら温和になってきた。

私が「女で良かった」なんてポツリと漏らしていた。

「そうだろ、そうだろ、やっと気づいたか」と私は心の中でニンマリした。

今だから私も言うけどお父ちゃんの娘で良かったよ。

お父ちゃんが生きてる時に言わなかったのは、ちょっと悔しいから。

生まれた時の事は覚えてないけど小さな抵抗だよ。

でもいつか天国で会えたならその時は素直に言うからね。

それまで待ってて!お父ちゃん!

味噌汁作って待っててね!




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