最終話 大切で大好きな主様

 私の通う高校にある、いつもは使われていない空き教室。

 滅多に使われることのないへの部屋のドアを、私は開く。


「士狼様、やっぱりこちらにいましたか」


 そこにいたのは士狼様。ただし人間の姿でも狼の姿でもない、獣人のお姿でした。


「咲夜か。別に、わざわざ様子を見に来る必要はなかったのに」

「いいえ。私は、士狼様の従者ですから。いついかなる時もお傍にいます」


 あれから数日。結局私は、士狼様の従者に戻った。

 そして、大きな変化がもうひとつ。


「力のコントロール、できるようになってよかったですね」

「ああ。コントロールって言っても、獣人っていう中途半端な形態になれるようになったってだけだけどな」


 あの日、私に全裸を見せないよう必死だった士狼様。その強い思いが奇跡を起こしたのか、獣人化という新たな力が覚醒したのです。


 どういうことかというと、これまでみたいに強制的に狼の姿になりそうな時、うまいこと力をコントロールして、狼でなく獣人の姿になることができるようになったのです。


 たったそれだけ? なんて思ってはいけません。

 強制的に変身すると、人に見られないよう素早く身を隠す必要があるというのは、今までと変わりません。

 ですが、狼と獣人とでは、決定的な違いがあったのです。


 それは、変身しても服は着たままでいられること。

 獣人になったことで体格は人間の頃より大柄になりましたが、多少ピチピチになりながらも、人間だった頃の服をしっかり身につけられるようになったのです。

 もちろん今だって、見事に服を着ています。


「その姿なら、服を脱いで置き忘れるってことはありませんね」

「ああ。全部の問題が無くなったってわけじゃないけど、ずいぶんマシになったよ。これで、お前に全裸を晒す心配もなくなったわけだ」


 ついでに言うと獣人モードなら、長い獣毛のおかげで、士狼様が見られたら恥ずかしいと思う部分は全て隠れています。


 おかげで、初めて私の前でこの姿になった時も、服は着ていませんでしたがギリギリセーフな状態でした。


 変身しても服は着たまま。万が一服が脱げても獣毛で隠せるという二重セキュリティ仕様です。


 あの時士狼様がこの姿に目覚めたのは、私にセクハラしてはいけないという思いが起こした奇跡なのでしょう。

 少なくとも、私と士狼様の中では、そういうことになりました。


「まあ、私は別に晒されても、役得って思ってたんですけどね」

「俺が気にするんだよ。それはそうと、お前がそんな風に思ってたって聞いた時は、心底驚いたよ」


 士狼様が初めて獣人モードになり、きちんと服を着た後、私はずっと胸に秘めていた思いを打ち明けました。


 それを聞いた士狼様は、最初予想通り引いていましたが、自分だって全裸でいるところに服を持ってこさせてたんだからおあいこかと言ってくれました。

 その時のお顔が若干引きつって見えたのは、きっと気のせいでしょう。


「けど残念だったな。この獣人モードになれるようになった以上、もうお前の望んでいる役得シーンは見れないぞ」

「いいんです。役得と思ってたのは確かですけど、士狼様が嫌な思いをしないですむなら、その方がずっと大事です」


 これは、紛れもない私の本心。

 士狼様の一糸まとわぬ素敵なお姿もいいですが、やっぱり、大切な人には笑顔でいてほしいですから。


 それに……


「一糸まとわぬお姿は、もう今までみたいには見れないかもしれません。ですが、この獣人モードなら、たっぷり拝むことかできますから!」


 私はそう言って、うっとりと士狼様のお姿を眺めます。


 獣人化した士狼様。一糸まとわぬ姿でこそありませんが、これはこれで大変素晴らしい。というか、最高です!


 だって、狼の顔ですよ! たくさんの体毛によってモフモフになってるんですよ! それでいて骨格は人間に近いといういいとこ取りなんですよ! しかも、筋肉は肥大化していてムキムキ感がアップしているんですよ!

 これを最高と言わずなんと言うんですか!


 既に素晴らしさが限界突破していると思われていた士狼様に、まだこんな可能性があったなんて。


 世間ではこういう獣人的キャラが好きな人のことをケモナーと呼ぶらしいですが、私、見事にケモナーに目覚めました!


「獣人化した士狼様、サイコーです!」

「そ、そうか。そんなに興奮しながら語られるとなんだか複雑だが、全裸で興奮されるよりはマシか」


 というわけで、私はこれからも士狼様の従者としてお仕えし、その素敵なお姿をしっかり目に焼き付けます。


 今度は隠すことなく、しっかりと自分の気持ちを伝えながら。


「俺も、いつか咲夜に気持ちを伝えたいな」

「ん? どうしたんですか?」

「なんでもない」


 士狼様が何やらよくわからないことを言いましたが、なんでもないのならまあいいでしょう。


 これからも、ずっとそばにいさせてください。

 私の、大切で大好きな主様。




 おしまい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

従者少女、今日も狼な主様にお仕えします! 無月兄 @tukuyomimutuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画