第3話 士狼様の元へ!
私が士狼様の従者でなくなってから、数日が過ぎた頃。
私は血相を変えながら、御当主様の部屋へと駆け込みました。
「大変です! 士狼様が、服を脱ぎ散らかしたまま行方不明になってしまいました!」
ブハッ!
御当主様が、飲んでいたお茶を吹き出しました。
「ほら見ろ。だから言わんこっちゃない!」
大慌ての御当主様。
けどそれも当然。下手をすれば、愛する我が子が、痴漢だの猥褻物陳列罪だので捕まるかもしれないのですから。
もちろん、気が気じゃないのは私も同じです。
「最近の士狼様は、学校で狼の姿になっても、脱いだ服をなんとか回収してから人目につかない所に行くようになっていました。ですが今回は回収し損ねたらしく、そのまま……」
さらに、悪いことはそれだけではありません。
私が調査した結果、服の無い士狼様はとりあえず狼の姿のままでいたようですが、人に見つかりそうになって逃亡。
なんやかんやで学校から飛び出し、今は学校の裏手にある山の中に隠れているようなのです。
もちろん、服を持たないままで。
「まずいな。狼の姿を誰かに見られるのならまだいい。最近熊もよく出没するし、狼が出てもいいだろう。だが人間に戻ったところを、全裸でいるところを見られたら、士狼は社会的に死んでしまう」
「そんな……」
士朗様がずっと狼の姿でいられるのなら、なんとかなるかもしれません。
ですが士狼様は持ってる力があまりに大きいため、そのコントロールは不安定。
いつ狼になるかわからないのと同じように、人間の姿に戻るのだって、自分の意思で完璧に決められるわけではないのです。
「とりあえず、事情を知ってる退魔師を集めて士狼を探させている。だが数も多いわけではないし、そう簡単に見つかるかどうか」
不安そうな御当主様。もちろん私も、不安でいっぱい。そして、後悔でいっぱいでした。
こんなことになるなら、意地でも従者の役目を続けておくべきでした。
士狼様の一糸まとわぬお姿を見ても嫌じゃなく、むしろ大喜びしているって告げてでも。
私はバカです。例えそれで士狼様にドン引きされたとしても、そんなもの、士狼様が社会的に死ぬのと比べたらなんでもないのに。
「御当主様。私にも、士狼様を探させてください!」
気がつけば私は叫んでいました。
これ以上、じっとしているなんてできません。
「だが咲夜。それではまた、全裸の士狼に服を届けるという役目をお前に任せることになる。士狼はそれをさせたくなくて、お前を従者から外したのだぞ」
「構いません。そんなことより、士狼様の無事の方がよっぽど大事です!」
私の熱意に、御当主様も心打たれたのかもしれません。
少しだけ迷って、ですがそれから、ゆっくりと頷きました。
「咲夜。また辛い役目を背負わせてしまってすまない。だがお願いだ。士狼を頼む」
頭を下げる御当主様。
そんな。どうかお上げください!
思わぬことにアタフタしてしまいましたが、今はそんなことを言ってる場合でもありません。
すぐに士狼様を探しに駆け出す──と言いたいところですが、そうはしませんでした。
その前に、学校で回収しておいた士狼様の服を用意します。
士狼様を探してこれを届けなければならないわけですが、それともうひとつ。この服には、大事な意味がありました。
「今こそ、士狼様の従者としての務めを果たす時。私に流れる狼の力よ、目覚めよ!」
決意を固めた瞬間、自分の中から力が溢れてくるのがわかりました。
実は私の家系も、士狼様の家と同じく、狼の神様の血を受け継いでいるのです。我が家が代々士狼様の家の従者を担っているのも、そのため。
とはいっても、私の力は士狼様と比べると遥かに弱く、姿を変えることなんてできません。
ただある一点で、狼にも負けない力を発揮することができるのです。
それは、嗅覚!
「士狼様の服の匂いを嗅いで追っていけば、きっと見つかるはず!」
それから私は、士狼様の服を思いっきり顔に押し当てクンクンした後、お屋敷を出て駆け出しました。
「士狼様、待っていてください。すぐに服を届けます!」
学校の裏山に入った後は、道無き道を駆けていきます。人が通るには危険な場所もありましたが、そんなの気にしてられませんでした。
全ては、士狼様のため。
そうして山の中を走って、ついに見つけました。
狼の姿でうずくまる士狼様を。
「士狼様!」
すぐに駆け寄って、服を渡そうとします。
しかし──
「来るな!」
士狼様の叫びが、私の足を止めました。
「力のコントロールがもう限界に近づいている。もうすぐ俺は、人間の姿に戻る。人間の姿で、全裸を晒すことになる。そうなる前に、早く俺から離れるんだ!」
こんな状況であっても、私にセクハラしないようにしてくれる士狼様。
でも、違うんです。
「士狼様、聞いてください。私は……」
「いいから早く! もう長くは持たない!」
士狼様が叫ぶと同時に、その体が光に包まれました。
もう、狼の姿を保っておけなくなったのでしょう。人間の姿に戻る時が来たのです。もちろん、全裸のままで。
もちろん私は、それを見ても平気どころか眼福だと思っているのですが、この場合どうするべきなのでしょう。
空気を読んで目をそらす?
それとも、嫌じゃないって伝えるためにガン見する?
迷っている中、光に包まれた士狼様は、さらに叫びます。
「くそっ! くそぉっ! 俺がほしかったのは、こんな力じゃない。敵を倒すことは出来ても、咲夜にセクハラして傷つける、そんな力、俺はいらない!」
「士狼様……」
私のことを思って、そんなにも嘆いているなんて。
グッと、胸が熱くなります。
「狼になるなとも、人間に戻るなとも言わない。だがせめて、せめて咲夜にセクハラすることのない力がほしいーーーーっ!」
その時です。士狼様の体が、より一層激しい光に包まれました。
その眩しさに私は目を覆います。
それから少しして、恐る恐る開きます。
もう、光は消えていました。
今の士狼様のお姿は、人間と狼、どっちなのでしょう。
どちらにしろ、私の真実の思いを伝えなければ。
そう思って見た、士狼様。
しかしそこにいたのは、私の知ってる士狼様ではありませんでした。
狼の頭に、全身に生えた銀色の獣毛。ですが二本の足で立っていて、物を掴む五本指の手も備わっていました。
それは、人と獣の中間。まるで、獣人と呼ぶにふさわしいお姿でした。
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