心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。

 わたし母のことほんとうにすきなんです。だから父のことゆるせなかったんです。父っていってもほんとうの父じゃないんです。母のふたりめの結婚相手なんです。だから父じゃなくてほんとうは他人なんです。母はほんとうに母で、やさしくて、きれいで、わたしを産んでくれました。なのにそんなすてきな母を父はなぐりました。いつもなぐりました。結婚していっしょに住みはじめた日から毎日なぐりました。母をなぐって、それからわたしもなぐろうとしました。でもそうしたら母がとめるので、また母をなぐりました。だからわたしはなぐられませんでした。でもずっと痛かった。

 父はお堂の堂守です。お堂はお地蔵さまをおまつりするお堂です。お堂でおまつりしているお地蔵さまはへんなお地蔵さまです。わたしお地蔵さまのお話がとってもへんできらいなんです。だってほんとうに供養したいんなら女の子を家にかえしてあげてそこにおはかをつくればよかったんです。だからお地蔵さまもお堂もお祭もきらいなんです。

 わたし十六になったとき母に言ったんです。父からはなれてとおいとおい街にいってほしいって言ったんです。でも母はできないって言ったからわたし父を誘惑したんです。ほんとうはずっとお父さんのことをすきだったって言って、お母さんと離婚してわたしと結婚してくださいって言ったんです。父はよろこんでそうしました。父は若い女がとってもすきなんです。それで父は母をすぐ家からおいだしたんです。それで母が家からいなくなってすぐ父は、いいえ夫はわたしをなぐりました。母のことはもうなぐりませんでした。だって母はいないからです。だからわたし痛くありませんでした。だって母がなぐられていないからです。わたしずっと痛くありませんでした。それからずっと痛くありませんでした。

 でもひとつだけこわいことがあって、夏のお祭のときに夫のところに知りあいのひとがいっぱいくるんです。そのときわたしはかくれていて、それは夫がわたしと結婚したことをかくしているからなんです。でも母と離婚したことはかくしていないので、だからお祭のときに知りあいのひとが夫に言うんです。おくさん残念だったねって言うんです。いいおくさんだったのにって言うんです。わたしそれがすごくこわくて、だってそれで夫が母のことをおもいだしてやっぱり母がよかったっておもったら、夫はきっと母がいるところをさがすんです。だからお祭がいやで、でもわたしが二十になった年に病気がすごくはやったからお祭をやらなくて、それがとってもうれしかったんです。その次の年もその次の年もやらなくて、もうやらないんだったらすごくいいのにっておもったんです。

 なのに今年はお祭ができることになって、四年ぶりだからって町のひともみんなはりきって、いっぱい話しあいをして、どんな屋台をどこにたてるかのしるしを地面にたくさんかいて、毎日がんばって準備をやっていました。やぐらをたてる場所のしるしと、お祭のさいごに木の人形をもやす場所のしるしも地面にかいてありました。わたしお祭をもうやらないようになってほしかったんです。だからそのやぐらのしるしをけして、人形をもやす場所の近くにかきなおしたんです。やぐらにすこしでも火がうつってくれたらいいっておもって、それでけがをするひとがいたらもっといいって、それぐらいです。あぶないからお祭はやめようってなってほしかったんです。

 でもお祭の日は風がちょっとつよくて、人形をもやす火はすぐにとってもおおきくなって、やぐらは全部もえました。夫と、それから町のひともひとりかふたり、いっしょにもえました。それからもっといっぱいの町のひとがけがをしました。わたしとってもうれしかったんです。とってもとってもうれしかったんです。今もうれしいんです。

 お祭の日からしばらくはお堂の近くにひとがいっぱいいて外にでられなくて、わたしずっとまっていました。ほんとうは母のところにすぐかえりたかったのに、まっていました。だから、もうかえってもいいですか。母もまっているんです。ニュースになったから母はきっとよろこんでいます。わたし母のことほんとうにすきなんです。

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空が焦げるまで クニシマ @yt66

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