シジミ先生の夏休み・魚

 それから一週間半ほどが経過し、苦労しながらもどうにかこうにか原稿を書き進めていた純のところへ、北門から電話がかかってきた。早くしろと催促でもされるのだろうか、と怯えつつ出ると、予想外の第一声が耳に飛び込んできた。

『おまえ、ニュース見たか?』

「えっ、いえ、見てません、忙しくて」

 原稿で、と言う隙も与えず、北門は矢継ぎ早に喋る。

『あの地蔵堂の祭の火事な、あれ事故じゃなくて事件だったんだと。殺人事件。しかもあの娘さんが犯人だってよ』

 純は静かに息を吸い、吐き出し、もう一度吸って、つぶやくように「そうでしたか」と言った。電話の向こうで北門もため息をつくのが聞こえた。

 北門が詳しく調べたところによると、あの小学生たちが広めた幽霊騒ぎの顛末が親など大人の耳にも入るうちに、純たちと同じように祭の日に幽霊が出たという話を奇妙に思う人が出始め、さらにはこれまで重体に陥っていた町内会役員のひとりが話せる程度に回復し、設営計画の段階では櫓は火を焚く場所から充分離れた位置に設置することになっていたと証言したことで、何者かの故意に因らなければ火災は発生し得なかったという線が濃厚になり、再調査が開始されたのだそうだ。そして関係者たちに聴取を行う中、堂守の娘が自白したのだという。

 純が何も応えられずにいると、北門は『まあ、とにかくだな、その、なんだ』と妙に歯切れの悪い前置きをして言った。

『とりあえずこうなった以上、今おまえが書いてるその原稿は、まあ、載せられない、というか、平たく言えば、没……ということにせざるを得ない、というか』

「はっ?」

『すまん。別のを書いてもらうことになる』

「いやいやちょっと待ってくださいよ、えっ、これ、ぼく頑張ってもう結構書いてるんですけど、没なんですかこれ?」

『悪い。また打ち合わせしよう』

「悪いで済まないですって、ちょっと北門さん勘弁してください、ぼくそんなに暇じゃ——」

 純の泣き言を無視し、北門はきっぱり電話を切る。机上で無用の長物になった原稿を眺めながら、純は大きくため息をついて肩を落とした。

 閉め切った窓の外から蝉の鳴く声が侵入してくる。空は晴れ渡り、太陽は強く照りつけている。吉島純の夏は、まだ終わらない。

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