【カクヨムコン9短編】銀行強盗

麻木香豆

🔫

 とある地方銀行での出来事である。


 閉店作業をし、女性新入社員の里奈が玄関を閉めに行った。


 奥の椅子に座る高安はフーっとため息をつく。デスクには妻と可愛い娘の写真。その前には山積みの書類。


「営業のやつはなんでも俺に仕事を回せばいいってわけじゃねぇよ」


 支店長代理である高安は、お人好しの性格もあってか仕事のできない営業の部下とノルマ発達を目標に掲げる、口ばかりで威圧のある支店長に挟まれるている。


「これだと家に帰れるのも家族が寝てからだなぁ」


 里奈がこの時間になるとコーヒーを持ってきてくれるのだがそれどころか戸締りから帰ってこない。

 他の行員も気づいたようでお局女性行員の花田がカウンターから出て入り口に向かう。


「きゃぁっ」


 高安は立ち上がると同時に入口から手をあげてブルブル田中と花田が歩いてくる。その後ろには全身黒尽くめの大柄な男。手には拳銃を持っている。


「手を上げろ」


 大きな声で威嚇して男は前二人にいる里奈と花田を手をあげさせたまま座らせて、他の行員も拳銃を持った右手で同じフロアに集めさせ座らせた。


 行内に残っているのは10人の行員たち。そのうち一人の男性行員、風原はニヤニヤしてる。


「やっべー、リアル」


 ヘラヘラし続けているところに強盗が拳銃を向ける。風原は突きつけられた拳銃をまじまじと見ている。


「銀行強盗のシミュレーションは今週って聞いてたっすけどまさか今日だなんて。めっちゃ精巧な拳銃っすね、なかなか手に入らない型の……」


「るせぇ! ヘラヘラすんな!」


「ひいいいっ」


 風原は座り込んだ。


「警察には連絡してないよな?」


 花田が小声で言う。


「高安代理、こういう時に緊急ボタンを押す係でしょ! また評価下がるわよ」


「す、すいません」


 どうやらこの店に長くパートとして勤めている花田の方が高安よりも優位のようだ。


「このカバンにお金を詰めろ! あと、ここで偉い奴は!」


 あまりの大声に里奈は泣き出す。


 偉い……とみんなの目線は支店長に目が行くがその支店長の目線が高安を見る。


「今度おごるからお前が今日一番偉いやつな」


「はああ?」


 強盗が足元のゴミ箱を蹴った。


「その顔色の悪いやつか」


「え、えっ、は、はい……1日支店長やっております」


「1日支店長?! わけわからんが金庫案内しろ! お前らもそこから離れたらこの鞄の中に入ってる爆弾ぶっ飛ばすからな!」


 ドン! といつの間にかあったカバンを強盗が行員たちの前に置くと、皆全て後退りして悲鳴をあげた。


 高安は強盗に金庫を案内し、お金を出した。


「入るだけ詰めろ!」


「はいいっ」


 あっという間にお金を詰め込まれたカバン。行員たちはさっきと同じ位置にいる。


「このままお金を持っていく! お前、車に乗れ。車は駐車場にある!」


「は、はいいいっ」


 強盗は高安をつれて裏口から出て行った。残った行員たちは爆弾が入ってると言われたカバンに手を出した。


「おい、爆弾入ってるんだぞ!」

 里奈は首を横に張る。

「これは今日お客様の忘れ物で……わたしが回収し忘れていたんです」


「て、ことは?」


 里奈が開けると鞄の中には本がたくさん入っていた。



 ガチャっ! 



 裏口から誰かが入ってきた。


「おい! 強盗だー! カネを出せー!」


 大声で棒読みして叫んでくる黒ずくめの男が行内に入ってきた。


 行員たちはその黒ずくめを茫然として見ている。黒ずくめの男も不思議そうな顔をしている。


「なんで今ここに集まってんだ……」


「……あなたは本当に強盗?」


「さっさと所定位置につきなさい。何か起きた?」


 黒ずくめがマスクをとる。するとみんなが見慣れたここによく立ち寄る警察OBの男であった。


「じゃあさっきのは」


「ん、どした?」


「高安さんが強盗に連れ去られた! お金と一緒に!」












 強盗が運転する車に高安は乗っていた。だが先ほどの顔とは違って朗らかである。


「うちの立ち寄りのOBの刑事よりも演技うめぇな」

 強盗役の男にそう話しかける。


「だてに売れない役者をやってますからなー」

 高安は強盗の男と昔からの仲であった。


 昔から色々と恵まれ良い大学、良い職場……何も刺激もなく、結婚した妻は子供を産んでから高安をATMとしか見なくなり、夫婦の関係も冷めていて写真たてに写っていた娘はその写真から15年経ち、反抗期真っ盛りで口も聞かない。


 昔から手癖の悪い強盗役の鶴田と手を組み今回の強盗を計画した。


「高安、お前は途中で下ろす。俺はこの金持ってアジトに戻る。しばらくしたらこの金は山分けだ」


「裏切るなよ、鶴田」


「大丈夫さ」


 鶴田のカバンから拳銃を高安は取り出した。


「すげえなーこれ、よく手に入ったなこんなリアルな拳銃。重みもあるし……部下の風原さ、ミリタリーオタクでさぁ……」


「そんなに触るなよ、それはほんも……」


 パァン!


「……えっ……?」


 持っていた銃から大きな音が鳴った。熱い……。すごい衝撃だった。


 高安は横を見ると血だらけの顔の鶴田。


 即死だ。



 同時に車が右に傾く。目の前にはトラック。


「あああああああああああああああっ」






 ドーン!






 トラックにぶつかった車は燃えに燃えた。







 事件は強盗を拳銃で撃った高安の正当防衛が認められた。


 終

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【カクヨムコン9短編】銀行強盗 麻木香豆 @hacchi3dayo

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