第7話 計画


 一国の征服である。


 執務室に続きの間である会議室において、開口一番ショウは言った。


「今までとは、ずいぶん違うのは覚悟してほしい」


 人は成功体験が大きければ大きいほど、それに引きずられるものである。


 ショウは、それを警戒していた。


 自分自身を戒めると共に、参謀となるべき人々、そして国政の中枢となるメンバーに繰り返し、繰り返し説いて聞かせる必要を感じていたのだ。


「そもそも、アマンダ王国の時は、巨大な災害というか人災にツケ込む形だったのは覚えていると思う。例のローディングという愚行が与えた巨大な傷はつけ込むには十分なスキとなった。だから、あれはたまたまである」


 居並ぶ人々は内心で「たまたまで、征服されちゃう国なんてさすがにないです!」と激しく突っ込んでいたが、顔に出さない程度にはソフィスティケートされている。


 しかし、確かに、タイミングが良かったというのは事実であり、そのタイミングをつかんで、上手く利用したからこそ、ショウの英雄ぶりがあるわけだが、それをわざわざ言葉に出すと、若き皇帝が途轍もなく恥ずかしがるだろうと、黙ってもいたのである。 


 なにしろ、ボロボロになった国の中枢部をいち早く押さえ、権力機構を乗っ取る形を取ったのだ。しかも北方遊牧民族の脅威を利用して、懸念されていた宗教勢力の力もガツンと一撃で粉砕した形をとった。


 その戦略眼は他の誰にももてなかったであろう。エルメスですらローディングへの「対処」こそ考えたが「利用」することまで考えもしなかったのだ。 

 

 正確に言えば、機に乗じての国土の回復までは頭にあったが、丸ごと国を乗っ取るなどとは、つゆ考えもしなかったというのが事実である。


 天才が成し遂げた物事は、後から振り返れば必然であったとわかっても、それを思いつくからこその天才なのである。


 お陰で宿敵である国家を完全征服したのに、人的損耗は極めて少なかった。国政の移行も極めてスムーズにいった。民のレベルの話であれば「キュウシュウ」を受け入れて、サスティナブル帝国の民となったことに大きな反発はまるで見られない。


 口さがない人々は「アマンダをしたってことだな」と言うほどである。


 けれども、その反動として、民に密着した宗教の力や旧貴族達のあれこれは、常にトラブルを引き起こすことになった。もともとの国民性もあるのだろう。小さな陰謀は後を絶たないのが現実だった。


 おかげで、最高戦力であるエルメスをかかりっきりになる形で張り付けざるを得ない。3年という約束をしているが「最低3年」という形になりそうだった。


 一方で、今回のガバイヤ王国は、アマンダの時よりも民にとって、もっと悲惨な状態からのスタートだった。


 恐れていた「ヒドリ」によって、国も民もボロボロとなった。サスティナブル帝国が全面的に食糧配布をしなければ、国民の8割は餓死していたのではないか、というのが今になって出された推論である。


 しかし、ボロボロの状態であるにしても、ガバイヤは国家としての形をなしており、各貴族家も健在のままであった。よって、完全征服までには、クラ城の攻防戦やシュモーラー家の飛び地での戦い以来、それなりの戦いを強いられた。


 皇帝に率いられたゴールズの圧倒的な力を背景に、いくつもの大きな戦いを制することで制圧することができたのである。


 結果として各貴族家を驚異的なスピードで統制下に置くことができたため、見逃されがちだが、背景には皇帝の操る圧倒的な軍事能力が支えているのである。


 そのカラクリを理解した貴族家は「オウシュウとは押収のことであったのか」と独り合点するほどであった。 


 ともかく、圧倒的な武力を見せつけたがゆえに、キュウシュウとは逆に叛乱の芽は育ちようがないほどに綺麗にまとまった。


 それは胸を張っても良いが、しょせん、滅亡スレスレにまで疲弊した民を救うことが優先されている。


 現段階において、オウシュウ=旧ガバイヤ王国への食糧援助の負荷はサスティナブル帝国にとってもけっして小さくない。

 

 これが短期間に宿敵を二つも滅ぼしたサスティナブル帝国の現状である。


 そしてシーランダー王国もヒドリによって国力は衰えているのは確かだ。しかし、今の帝国にとっては「そこにつけ込む」だけの体力が残されてないのが現実問題だった。


 単に「一矢報いる」だけの戦を仕掛けるのは簡単だし、勝利も計算できる。しかし、シーランダー王国全体を占領するためには、いろいろな意味で力不足が身に染みてしまう状態だった。


 しかも、シーランダー王国は「連合王国」の性質をいまだに残している。過去の2国の時のように、一気呵成に王宮を押さえれば終わるわけには行かないだろうと言うことは容易に予想できた。


「だから、5カ年計画で考えるしかないよ」


 国の中枢達にそう言った時、ショウは反発を覚悟した。


 しかし、そろいもそろって、全員が目を剥いてショウを見つめたままだ。思ったような反応がなかったのには戸惑った。


「あ、えっと、弱腰過ぎるって思うかな? でも、あのぉ~ ほら、無理をするといろいろと綻びが出ることもあるし」


 こういう時に遠慮なく発言できるのが、つい最近、正式に外務大臣に任官アーサーだ。


「5年で、大陸統一を果たされるおつもりだとは、一同言葉もありません。われわれは歴史にどのように証言を残せば良いのですかな?」


 それを追いかけるようにノーブルが発言した。


「我々は幸せ者です。英雄が伝説となる時代に居合わせることができたのですからな。長生きはするものですぞ。ひ孫もこの手で抱かせていただけるようですし」


 発言の後半は、ジィジの欲得まみれとしか思えないが、少しも隠そうとしてない姿はいっそ清々しいまでだ。


 おそらく「孫」が出産体勢となったら、一気に政務は滞るのだろう。しかし、それは帝国全体が予想しているので、今さらではあるのだが。


「えっと、みなさん、それでもいいって思った?」


 凡人宰相アレクが「もちろん」と言葉を引き受けた。


「これでダメと思うなら、3年でやる方法を自分が出さねばなりませんからな」


 こういう時のアレクは、ひらめきよりも常識を元にした「わかりやすい」発言をするだけに、多くの者達は肯きやすい。


「良かった~ じゃ、とりあえず、これからの計画ですけど、この図を見て下さい」


 大陸の大きな地図が壁に掛けられる。


「今回は、あちらでの戦いそのものに3年必要だとみています。逆に、3年間戦えるだけの体制を取らねばならないということです。そのため、今年と来年は、準備期間という位置付けです」


 手を挙げたフレデリック侯爵は「国内で戦力を育てるおつもりですか?」と控えめに尋ねる。「一国の征服が実質3年で終わる」と聞こえてしまったせいだ。


 よほどの巨大戦力を育てない限り不可能であろう。


 しかし、今までの皇帝の行動からして、ただ巨大な武力を作って敵を叩きつぶす。そんな発想はしそうにない。


 そのため、ついつい出てしまった発言である。

  

 ショウは、極めて申し訳なさそうに答えてきた。


「もちろん、戦力を充実させるのは大切です。でも、その戦力が巨大すぎても意味がありません。むしろ、今の戦力があちらの地で自在に力を発揮できるだけの基盤を整備する必要があるんです」


 バンっと、壁に大きな紙を貼った。


 廃棄されたカレンダーの裏紙を貼り合わせてA1サイズにしたものだが、紙の質自体は上等だ。


『事情を知ってると異常に貧乏くさいけど、ま、みんな分からないから良いよね』


 カレンダーはコート紙など上等の紙を使っているだけに貼り合わせても光沢があって、見映えがする。


 そこには3行、巨大な文字が書かれていた。


1 戦略的な補給基地の建設

2 皇都との通信連絡手段の整備

3 征服戦を見定めた要地への城建設


「ご説明をいただけますか?」とアレックス。


「ガバイヤ王国の時はクラ城が力を発揮してくれました。アレをもっと計画的、かつ大規模な形で再現します」


 全員が肯いた。先例があるだけに、特に質問はないのだろう。いや、ブラスが「具体的な候補地はありますか?」と尋ねてきた。

 

 常に具体的な思考をする男だけに、気になるのだろう。また、職務上、その付近に大量の情報部員を解き放つべき必要性の計算も頭にあったはず。


 とは言え、本当は打ち合わせ済みだけに、半ばヤラセなのではあるが。


「ファミリア平原なら場所、そして以前の戦いで捕虜を使って作った城の基盤がありますので、それを利用できるため、比較的容易なわけです。しかも場所としてはシーランダー王国の頭を押さえるべき場所です」

「しかし、あちらに近すぎませんか?」


 当然のようにアレックスは疑問を口にした。その通り、こんな場所に「エサ」を集めれば、狙ってくるのは当然である。以前の戦いも、ここを通ってやってきたのも偶然ではないのである。


 こちらにとっての要地は、あちらにとっても要地ということだ。


「先に3番を説明することになるけど、そのためにファミリア平原の南にある男山全体を本体として、山域全体を巨大な要塞地帯にする計画です」


 ブラスやアレク、ノーブル以外には話してないことだけに、さすがに皆が首を捻っった。山全体が要塞とはどういうことなのか、イメージが付かないのだ。


「城自体は男山を本丸として作ります。これは今までのイメージでいいはず。だけど、そこに至る前の山々全体に、ワナや防塁を計画的に配置しておきます。あの山々に入り込んだ敵は、袋だたきに遭うようなシカケを、あちこちに施すわけです」

「さすが、陛下。ご叡智が壮大すぎますのか、下々にはどのようなものであるのか想像できると嬉しいのですが」


 こういう時のアーサーは相手が容赦ない。変人アーサーと言われるゆえんでもある。 


「これについては、もうちょっと形になってから具体的に説明しよう。ともかく、今はファミリア平原の補給基地を守るために要塞を建設する、と言う程度で理解すれば良い」

「ひょっとしたら、既に、基地や要塞建設に着手されていらっしゃるので?」


 カルビン家のフレデリック侯爵が思わず声を上げてしまった。「オレ達に断らずに進めたのか」という文句として受け止められかねない非礼な発言だが、ショウはそれを利用することを選んだ。


「その通り。と言っても本格的な着工は東部と西部、そして南部の国軍を半分くらいは投入して、一気に建設の予定だけどね。今は、そのための現地視察をゴールズが行っている段階だ。建設は、人が集まり次第ってことになる」

「なるほど。だから、ゴールズの到着が遅れているのですな」


 ブラスが敢えて発言した。


「あぁ、今ごろ、ファミリア平原の補給基地の建設と、山々の調査に全力を挙げているはずだ」

「なるほど」


 アーサーは紅茶をゆっくりと一口飲んでから「凱旋式は冬と言うことで準備を進めましょう。どうやら今年は祝い事が多そうで、なによりですな」とニコリ。


 このあたりの読みは鋭い。


 まさしく、ゴールズの皇都への帰還は秋になることが予定だからだ。このわずかな情報だけで、アーサーはゴールズがどう動いているのかをちゃんと計算して見せたのだ。


 そして、凱旋式となればアーサーが関わることも多くなるわけであり、婉曲ではあるが「自分の満足のいく形でやらせろ」ということを皇帝に堂々とおねだりしたというのが、今の発言なのである。


 全く、食えない男だ。


「ふむ。アーサー殿は凱旋式について、またお骨折りをいただかなければなりませんな。それについては後ほど、詳細を話しましょう」

「臣も微力を尽くさせていただきます」


 すました顔であるが、明らかに楽しそうである。予算に文句も言われず、己の趣味を存分に発揮できるイベントを楽しみにしたのだろう。優秀ではあるが、趣味を抜きにしては仕事をしたがらない、誠に「ザ・貴族」なのである。


 頭は痛いが、中身が充実することを考えれば、安いと思うことにした。


 そして、ショウは「話を戻すと、2つ目だ。通信連絡手段の話。これをここからじっくりと理解してもらうよ」


 そう言うと、モデルを作らせた「腕木通信」のシカケを持ち出して、この後の整備に使う巨額の予算で人々を驚かせたのであった。


 帝国の夏は、緊張の夏であった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

腕木通信についてはガバイヤ王国(オウシュウ)の時に出てきましたね。少し先で、また出てきます。

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スキル「SDGs」 現代日本のゴミは異世界では宝の山。知識チートを駆使して家族の幸せを考えてたら大陸統一が見えました 新川 さとし @s_satosi

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